2006/4/17

システィーナ礼拝堂のオルガンの話  舞台裏のひとりごと
楽器の歴史は全然知りませんが、いつの頃からか、
パイプオルガン、というのは、電源が入っていないと音が出ないのですね。
自動ドアが、電気がなければドアの役割を果たさないのと同じ。

と、妙なことに感心したわけは・・・。

今日は、復活祭の日曜日で、私も俄か教会音楽家として
チューリッヒの教会でミヒャエル・ハイドンのミサ曲を弾いてきました。

まあ、クリスマスと復活祭は教会へ、というスイス人が
多いのも確かなようですが、午前中はまあまあのお天気で、
あちこちの教会に人が集い、世の中静かになごやかに、
復活祭の日曜日を祝っていました。

で、始まる前、オーケストラとの音合わせのときに、

スイッチが入っているのにオルガンの音が出ない・・・。

礼拝堂には人々が集まり、復活祭のお祝いのミサの始まりを
静粛に待っている、鐘もそろそろ鳴りおわり、
司祭たちの入場も間近、というのに

二階のオルガンの周りでは、オルガニストとコーラスの人たちが
右往左往、色々試して。オーケストラの奏者は楽器を手に
ぼんやりそれを眺めているしかない・・。

ま、もちろん、じきに問題は無事解決したのですが、なんとなく可笑しな光景でした。
ミサがオルガンなしでは、やっぱり格好付かないものねえ。

ハイドンやモーツァルト、ほか、名だたる作曲家も数多く残していますが
ミサの曲というのは、どれもキリエ・グロリア・サンクトゥス・・・
というように、礼拝の式次第にのっとって書かれていて
曲の合間に、お説教や、聖書の朗読、聖体拝領などが執り行われる
訳です。

曲の合間に、暇つぶしに、なんていったら不謹慎ですが
見るともなしに、そばにごちゃごちゃ積まれた楽譜などを見ていたら、
かの有名なバチカン・システィーナ礼拝堂のカヴァー写真が
載っているヴィデオがおいてありました。

なんだろう、と思って手にとって見たら、
「スイスのオルガン、システィーナ礼拝堂へ」というタイトル。

カヴァーの説明によると、マティスというスイス銘柄のオルガンがシスティーナ礼拝堂に
収められていて、そのいきさつを記録したドキュメントのヴィデオでした。

なんでも、2002年に設置され終わった、4トンもあるそのオルガンは、
システィーナ礼拝堂で演奏されるたびに、
礼拝堂の真上にある特別室から移動されて来るんですって。

以上、ヴィデオのカヴァーの説明の受け売りですが、
システィーナ礼拝堂でオルガン演奏を聴かれる機会があったら
それは、ネーフェルスというスイスの小さな山村で作られたオルガン、
なんだそうですよ。

3

2006/4/25  5:02

投稿者:noriko
>考えてみれば、そういったハプニングなしには、あの有名な『清しこの夜』は作曲されなかったんですよね。

あら、そうなんですか?オルガンが壊れて、窮余の策、で生まれたとか?グルーバー、でしたっけ?

>>システィーナ礼拝堂
>以前、行きそびれて、結局未だに訪ねていないですね...。

そう、私もローマまで行っているのにね・・・。

>物を捨てるのは、辛いですよね。

人生観、変わりましたよ〜。なあんて大げさですが・・・。もったいない、というのは「愛惜の念」
のことなのだな、と思いました。マータイさんとはちょっと意味が違うかなあ・・・。

2006/4/24  19:04

投稿者:michiaki01
何か書き忘れたなと思ったら、オルガンのことでした。
ミサにオルガンなし、というのは確かに物足りないわけですが、考えてみれば、そういったハプニングなしには、あの有名な『清しこの夜』は作曲されなかったんですよね。
なんて思い出してました。

2006/4/22  6:02

投稿者:michiaki01
>>システィーナ礼拝堂
以前、行きそびれて、結局未だに訪ねていないですね...。

物を捨てるのは、辛いですよね。

http://diary.jp.aol.com/pgunjttff/

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