2016/8/24

むのたけじさん追悼  ]平和
 ★ 101歳 反戦の遺言 (東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(ルポライター)

 今日、埼玉の斎場で、拙著『反骨のジャーナリスト』の最後の生存者、むのたけじさんのお骨をあげる。訃報は二十一日朝、同居している末っ子の大策さんからきた。
 とっさに思い浮かんだのは五月三日、東京湾岸の有明防災公園。仮設舞台に車イスで登場、マイクを握った右手を振りまわしている雄姿だった。
 「憲法九条が平和の武器だ」と語った。その大音声はマイクがなくとも、会場を埋めた五万のこころの隅々にまで届いているようだった。
 その日は自宅のあるさいたま市から、大策さんが混雑を避け、車イスを押して電車でやってきた。帰りもだったから、無理をお願いしたわたしは不安だった。案の定、体調を崩されてお茶の水の病院に入院、回復することなく、他界された。


 集会のあと、故郷秋田県横手市で、旧制中学の恩師、石坂洋次郎の没後三十年の集いに出席するのを楽しみにしていた。石坂さんにはかわいがられた、とむのさんは少年のような笑顔になった。

 「憲法を守れ」は五月三日大集会での百一歳のアピールだった。
 敗戦を迎えたあと、大本営発表を記事にしていた自分を恥じ、朝日新聞を退社。帰郷してローカル紙「たいまつ」を創刊し、反戦を訴えつづけた。
 九条破壊が叫ばれ、たいまつは一段と輝く。相手に負けない考えをつくれ。むのたけじの遺言である。
『東京新聞』(2016年8月23日【本音のコラム】)


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