2018/4/15

不起立処分撤回!大阪市人事委員会申立て「不起立の思い」  X日の丸・君が代関連ニュース
 ◆ 国旗・国歌学習資料配布を禁じた大阪市教委
   生徒が教職員の不起立を目にすることが処罰の理由?

[大阪市立中学校教員(再任用)] 松田幹雄

 私は、58歳で転勤した中学校で、転勤1年目に担任した生徒の卒業式(2015年3月)での「君が代」不起立を理由に、5月に戒告処分を受け、7月に大阪市人事委員会に処分取り消しの審査請求を行いました。それから3年後の今、やっと、今後の進行について話し合い、証人を決める準備手続き(2018年4月24日)の段階に来ました。
 誰を証人申請し、何を明らかにするために何を聞くか、補佐人の人たち(弁護士・支援者)とともに検討しているのですが、私がこの人事委員会審査請求を通して問うべきことがはっきりしてきたように思います。
 それは、「卒業式で生徒が教職員の不起立を目にすることは教育を阻害することなのか?


 「大阪市教委が、私が作成し2015年3月卒業式前に生徒に配布した国旗・国歌学習資料について、『個々の記載内容が事実であったとしても全体のトーンが問題』として、私の処分後に、学校長に活用禁止を命じたのはなぜか?
 ということです。

 私は、2017年10月31日、弁駁書(5)の添付資料として、「君が代」不起立に至る経過と思いを記した「陳述書」を人事委員会に提出しました
 その陳述書が「陳述書 松田」で検索すれば、支援組織D-TaC(Democracy for Teachers and Children〜「君が代」処分撤回、松田さんとともに〜)のホームページで見ることができるようになっています。ぜひ、一度見ていただけたらと思います。

 1.不起立が見えないように工夫したが、「見た生徒がいた」(弁明書)
 卒業式前の校長の「説得」の主な内容は、不起立なら混乱が起こって大変なことになり、生徒に迷惑がかかるというものでした。実際、国旗国歌条例がつくられた年、2012年3月の中学校卒業式で2人の不起立があった時には、すぐにタレこみがあり、市教委自ら学校名をリークして大騒ぎにし、さらに、不起立者に対して、生徒や保護者に「ルールを教えるべき者がルールを破って申し訳ない」と謝れと理不尽な要求をするようなことまで行われました。
 しかし、私の場合、卒業式後の学級での別れのホームルームも和気あいあいとでき、何の苦情もありませんでした。そもそも私の不起立について卒業式当日に知っていたのは、学校職員以外では、校長が事故報告書に私の不起立の事実を伝えて謝罪したと書いているPTA会長とPTAOB会長くらいだったのではないかと思います。
 式の進行に私の不起立が影響なかったのはもちろん、式の「秩序や雰囲気」を損なうこともなく、式参列者へのその他の何らの影響もなかったというのが実際ではなかったかと思います。
 市教委が弁明書(2)で書いている私の不起立への苦情、批判というのは、校長が私の不起立を伝えて知った人ばかりです。(校長は事故報告書に、卒業式翌日、市会議員や連合町会長に報告、謝罪に回ったと書いています。)
 市教委は、弁明書(2)で、「平成27年(2015年)夏ころ、同校のある卒業生らは、校長に会った際に請求者について言及し、『卒業したクラスでは噂でもちきりです。せっかくいい友達のいるクラスだったのに(残念です。)』等と述べた。」と書いていますが、その卒業生たちが私の不起立と処分を知ったのは、2015年5月13日処分発令時の私の記者会見の様子を記録したユーチューブの映像を見た誰かがその情報を流したことによるものです。それまでは卒業生の間でまったく話題にものぼらず、ほとんどの卒業生は知らずにいたのです。

 市教委は、弁明書で、全国紙での報道・掲載(発生時2015年3月21日、処分時5月14日、不服申し立て時7月11日)を取り上げて、「卒業式という節目となる式典において騒動を起こしたことで、生徒としてもその記憶は生涯にわたり残りうるのであり、その影響は極めて大きい」としています。
 しかし、処分者の学校名も名前も書いていない新聞記事は、私の処分について知らないほとんどの保護者・卒業生等の関心を呼ぶはずはなく、「騒動」という言葉は現実からかけ離れたものです。

 あまりに説得力のない主張だと思ったのか、2012年1月16日最高裁判決の「(不起立は)式典の秩序や雰囲気を一定損なう作用をもたらし、式典に参加する生徒への影響を伴うものであった」を私の場合にあてはめるため、弁明書(2)では、私の不起立が参列者から見えないように席の位置を工夫したにも関わらず、「教頭及び生徒指導主事は、少なくとも何人かの生徒が、請求者が起立・斉唱していない状況を見ていたのを目撃している」と書いています。
 生徒が教員の不起立を目にすることが、あってはならない犯罪的な意味を持つと言っているわけです。では、来賓の場合は?保護者の場合は?これらもすべて許されない行為だということになるのではないでしょうか。
 市教委の主張は、保護者・市民・生徒には保障されていたはずの「思想・良心の自由」をも否定するものです。
 「『君が代』を起立・斉唱しない者がいるという現実を知ること自身が、生徒たちの現実認識を広げ、考える基盤をつくる上で大事なことである」「教育を阻害するどころか、教育にとって大切な要素といえるものだ」と主張していきたいと思っています。

 2.市教委は国旗国歌・「日の丸」「君が代」について歴史の事実をまとめた学習資料の活用を禁じた
 2014年4月に転勤し、3年生の担任になった私は、生徒たちに起立・斉唱が求められる卒業式までに、「君が代」がどんな歌なのかということについての説明責任を果たし、どんな態度をとるかは一人一人が考えを深めていく課題だ伝えることが必要だと思っていました。それは、単に私個人の思いにとどまらず、卒業式の中に「君が代」斉唱を入れ、生徒に起立・斉唱を求める学校に求められる最低限の義務だと思っていました。

 2015年2月に、私は、その年度に公募で着任していた校長に、私が作成した「卒業式・入学式の国旗・国歌について」という学習資料(A3表裏1枚)を渡し、市教委に「この学習資料を生徒に配布していいかどうか」聞いてほしいと言いました。

 これに対して市教委は、中身に対する見解を述べず、「教育課程の編成は学校が行う」=学校で決めたらいいと言ったというのです(校長の言)。
 その後、紆余曲折ありましたが、卒業式練習時に学年主任から「卒業式の国旗・国歌」について簡単な説明をしてもらった後、各学級でこの学習資料を配布することができました。校内論議で、事実を伝えることが大事と確認できた結果です。
 そのことについて、2015年3月16日の事情聴取に同席したO主任指導主事(校長に市教委の立場を説明した人)は、「教育委員会はこのペーパー(『資料:卒業式・入学式での国旗・国歌について』)をどう考えるかということですか。それは子どもに対しての指導に関しては教育課程ですから校長が、主体性をもって、学校の指導としてやるということで、今回教育課程検討委員会をされましたね。そこで話しあわれて校長が最終判断して実施し、子どもにも指導されたんですよね。」と述べています。その時までは、学校長の判断で活用することを是としていたわけです。

 ところが、私の処分発令後、市教委は立場を変更し、「今後この学習資料を活用してはいけない」と校長に命じたというのです。
 2016年の2月に、その年の卒業式に当たっても、前年配布した学習資料を使って生徒説明をしようと提起したことに対して、校長がその事実を明らかにしました。結局、この年、学習資料は活用できませんでした。
 2016年2月と3月のD-TaCと市教委との「協議」において、その問題についてO主任指導主事を追及しました。
 O指導主事は、市教委がその学習資料の活用を禁じたことを認めた上で、その理由について、「国旗・国歌を尊重する態度を子どもたちに育成するという視点で教材全体を見たときに適切でないと判断した」「内容のひとつひとつを具体的に検討したのではなく、全体のトーンで、適切でないと判断した」と説明しました。
 教育委員会の権限を越えて、学校に対して、「国旗・国歌尊重」という教育目的のために事実を教えることを禁じたことは異常なことです。

 私の処分は2015年5月12日の教育委員会会議で最終的に決められたのですが、私たちが要求して、不起立の経過と理由をまとめた私の『上申書』が各教育委員の手元にわたっていました。その中には、この学習資料も含まれており、それが生徒に配られたことも書いてありました。
 この時の教育委員は、大森委員長・高尾委員をはじめ橋下市長が押し込んだような人物ばかりでした。そして、この時期は、大森委員長・高尾委員らが主導して大阪市中学校教科書に育鵬社の歴史・公民教科書を採択しようと準備していた時期であり、瑞穂の國記念小學院設立を維新が応援していた時期でもあったのです。
 教育委員会の判断変更、むちゃくちゃな校長権限の侵害・介入には、大森教育委員長等の指示がなかったのか、経過を明らかにし、過ちを認めさせることが重要な課題であると思っています。

 3.中学生への「『君が代』って何?」ビラ配布と学校への要請行動
 「君が代」の歴史にふたをして、参列者全員が起立・斉唱をする場面を強制的につくり出すことで、「日の丸」「君が代」、そして国家への敬意を刷り込むことが国・市教委の「教育」方針となっています。これは教育ではなく「調教」です。
 「君が代」の歴史を隠さず正しく伝えて、生徒たちの中に考える基盤をつくり、どんな態度をとるべきかは一人一人が考えていくべき課題であると主張して、戦争のための教育支配を跳ね返していきたいと思っています。
 そのための実践として、下校時の中学生に「『君が代』って何?」ビラの配布を続けています。2年半かけて全市中学校130校のうち90校以上でビラまきを行いました。また、2017年度卒業式に向けては、大阪市内全小中学校にメール送信で、「君が代」指導の改善を求めました。

 【以下、学校に送信したメールの要旨】
 私たちD−TaCは、大阪市教委と、この間市民協議を重ね、以下のことを確認しています。
 ●学習指導要領をふまえて、各学校が『「君が代」にかかわる歴史的事実を正しく伝え、どう考えるかは児童・生徒一人ひとりであるとする立場での指導内容に転換すること。児童・生徒に「君が代」起立・斉唱が強制でないことを伝えること。』は問題ない。
 ●子どもの権利条約に「自分に関係することについて正確で十分な情報を受け取り、意見を表明する権利」が規定されていることからも、「君が代」にかかわる歴史的事実を正しく伝えることが必要である
 以上を踏まえて、「君が代」指導について、以下二点について児童・生徒への説明をしていただくようお願いいたします。
 1.「君が代」の歴史と歌詞の意味について、児童・生徒に、戦前の歴史についてもふれて正しく説明してください。
 2.「君が代」斉唱が「思想・良心・信教の自由」にかかわる問題であるため、児童・生徒に「起立・斉唱」を強制するものではないという説明をしてください。

 4 自分の人権と生徒の人権を主張し、調教教育と手を切ろう!
 理不尽な「君が代」強制の中におかれた私たち自身の現実を批判的にとらえ返すべき時だと思い、以下の個人ビラ(要約版)を職場で配布しました。あきらめずに職場からも声を上げていきたいと思います。
 ● 「君が代」強制は教育を荒廃させている!
 維新の会が強行制定した大阪市国旗国歌条例と、生徒にしっかり「君が代」を斉唱させること、及び、率先垂範の教育活動として教職員の起立・斉唱を位置付ける教育長通知のもとで、私たちも隠ぺい、改ざん、捏造で責任を問われている財務省・文科省・厚労省の役人たちと同じような立場に置かれているのではないでしょうか。

 「生徒がしっかり歌うよう指導しろ」という教育委員会は、「君が代」がどんな歌かをどう説明するのか、指導内容を示すわけでもなく、そのための研修をするわけでもなく、とにかく命令するだけです
 唯一の手がかりである音楽の教科書では、「日本がいつまでも平和で栄えるようにとの願いがこめられています。」(教育出版)などとなっていて、正確でないだけでなく、虚偽と言えるものです。

 私たちは、学校が、生徒に対する犯罪行為を行っていることを自覚しなければならないと思います。そして、自分の権利に目ざめなければならないと思います。
 「国歌『君が代』をしっかり歌わせろ」と指示する教育委員会に、どう指導するのか、指導内容を示してくれと要求しなければなりません。
 そして、私たち自身が生徒への権利侵害の現実をつかむ努力を行い、何ができるかを考えていく必要があるのではないでしょうか。生徒に「『君が代』の歌詞の意味を知ってる?」と聞くことから始めてみませんか。
     以上


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