2018/9/23

日本のハラスメント法制を大転換させる千載一遇のチャンス  ]U格差社会
  職場ハラスメントの根絶を (『労働情報』)
 ◆ ILO初の基準設定へ
   国内でも秋から本格論議

井上久美枝(連合 総合男女・雇用平等局総合局長)

 ◆ はじめに
 #MeToo運動が日本にも広がりを見せ、世界共通の課題としてハラスメントの根絶が求められる中、2018年5月28日〜6月8日の間に開催された第107回ILO総会において、「勧告で補完された条約」を内容とする「仕事の世界における暴力とハラスメント」基準設定委員会の報告を採択した。
 今後は、ILO加盟国の政労使に対して意見聴取を経た上で、再び来年の総会で議論され、出席者の3分の2の賛成で採択となれば、ハラスメントに特化した初めての国際労働基準が制定されることとなる。

 今回、日本側労働者委員としてこの委員会に参加した立場から、委員会での議論、今後の動向について述べることとする。


 ◆ 「結論案」策定までの経過

 今委員会の議題は、2009年のILO総会における一般討議において、「セクハラやその他のハラスメントは世界共通の深刻な差別形態」、「ジェンダーに基づく職場での暴力は禁止されるべき」との結論が出され、2015年のILO理事会において、今年のILO総会の基準設定項目として議題に付すことが決定されたものである。
 2回討議の1回目となる今年の委員会では、2016年に実施されたILO調査や専門家会議報告、2017年に実施したILO加盟国における政労使の意見聴取などにもとづき、ILO事務局が策定した「結論案」をたたき台に議論が行われた。

 「A:文書の形式」に始まり、「仕事の世界における暴力とハラスメント」に関する基準を、国際労働基準の中でも一番強力な「勧告で補完された条約」とした上で、「B:定義と範囲」、「C:条約を想定した結論案」、「D:勧告を想定した結論案」で章立てし、37の項目で構成されている。

 「結論案」の内容については、連合も加盟組織であるITUC(国際労働組合総連合)が、「労働組合にとっては過去稀にみる良文。内容を如何に守りきり、採択まで持っていくかに重点を置く」として、修正案は必要最小限にとどめて委員会に臨んだ。

 ◆ 委員会における主な議論

 オープニングステートメント(冒頭発言)では、労働者側をはじめ多くの政府が、「勧告で補完された条約」の提起に対して支持する表明を行った。
 一方で、2日目の一般討議では、使用者側から「多くの加盟国の批准を得られるには規範的ではないものを。細かい基準は馴染まない」との発言や、日本政府も「各国の体力を踏まえれば勧告がふさわしい。条約を策定する場合には柔軟性を持った枠組み条約が適当」と発言するなど、「多くの国が批准できるよう柔軟性を持つべき」との意見も相次いだ。
 一般討議を行った後に、「結論案」に対して提出された修正案について具体的な討議に入った。

 修正案は、政労使合わせて307本(政府側191本うち日本政府32本、労働者側28本、使用者側88本)で、修正案の審議を行う際にもさらに多くの修正案が出され、議論は困難を極めた。
 しかし、2019年がILO100周年の記念すべき総会となることから、労働者側をはじめ多くの政府が、「仕事の世界における暴力とハラスメント」の根絶に向けた条約が採択されるよう、一定程度の妥協もしつつ、非公式な折衝も含め、連日深夜におよぶ粘り強い議論が行われた。

 ◆ 議論の順番から動議

 修正討議は、「A:文書の形式」から順番に議論される予定だったが、使用者側から「結論案にある『B:定義と範囲』には非常に重要なテーマが入っている。『文書の形式』を議論する前に、『定義と範囲』を先に議論すべき」との動議が出された。
 労働者側は、「『定義と範囲』を確認した後、直ちに『文書の形式』に戻るのであれば動議を支持することも可能」と、柔軟な態度を示した。
 オーストラリア、日本、ノルウェー政府などが使用者側を支持。「勧告で補完された条約」を支持している政府の多くも、「『定義と範囲』を先に議論することは、重要なテーマに対する適切なアプローチだ」との支持が相次いだため、使用者側の動議が採択された。

 ◆ 採択された内容

 最終的に採択された報告は、「勧告で補完された条約」とした上で、ジェンダーの側面を重視しながら「暴力とハラスメント」の定義を、「身体的、精神的、性的または経済的危害を引き起こす許容しがたい行為」などとし、対象となる「労働者」に、契約上の地位にかかわらず働く人々も含め、「加害者および被害者」には、取引先や顧客などの第三者を盛り込むなど「結論案」の包括的な内容が維持する形となった。

 また、「加盟国は仕事の世界における暴力とハラスメントを禁止するための国内法令を採択するべき」など、日本の国内法整備の前進につながるものとして期待できる具体的な対応策も明記されている。

 一方で、LGBTを含めたハラスメントの影響を受けやすいグループのリストを条約に入れることについて、議論の牽引役だったアフリカグループから反対の意見が出され、「脆弱なグループ」と表記することで条約案から削除された。
 しかし、リストからの削除については労働者側や一部政府側に不満が残り、勧告に盛り込む非公式折衝が断続的に行われた。そして、委員会の最終日、EUが「削除されたリストを勧告に盛り込み、先にこのテーマを議論すべき」との動議を提出した。
 動議には多くの政府が支持したが、アフリカグループは「LGBTのリストが入ったいかなる文書も容認できない」と議場を退出して議論は中断。
 アフリカグループが不在のまま、「結論案」37項目中23項目の途中までの採択で時間切れとなり、議論できなかった項目は「保留」として来年討議することとなった。

 ◆ 今後の動向

 国内においては、この秋以降、労働政策審議会雇用環境・均等分科会において、パワーハラスメント対策、セクシュアル・ハラスメントも含む男女雇用機会均等法の議論などが行われる予定である。
 また、働き方改革関連法案の参議院厚生労働委員会における附帯決議に、「ILO総会の動向や国連人権機関等からセクハラ等の禁止の法制度化を要請されていることも念頭に、実効性ある規制を担保するための法整備やパワーハラスメント等の防止に関するガイドラインの策定に向けた検討を労政審において早急に開始すること」などが盛り込まれたことから、法改正となれば来年の通常国会での法案提出が想定される。

 日本には、職場における暴力とハラスメント全般を規制する法律はない。来年のILO総会に向けて、ハラスメントに関する国内法と国際的な条約の議論が同時並行的に行われることは、日本のハラスメント法制を大転換させる千載一遇のチャンスであり、条約採択に向けた世論のうねりがカギとなる。
 連合は、メディアへの情報発信を含めた世論喚起を行いながら、ILO条約採択と批准に向けた国内法整備を求めていくとともに、あらゆるハラスメントの根絶に向けた取り組みを強化していく。

『労働情報』(2018年8月)


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