2019/1/25

小出裕章さんの声明を世界各国のオリンピック委員会に送った手紙  ]Xフクシマ原発震災
◎ 東京オリンピック開催にあたり、皆様が訪れるであろう
東京とフクシマ原発事故の真の現状を伝えさせていただきます

 2020年東京オリンピック開催にあたり、選手としての参加、及び観客として来日を予定している各国の皆様が予め了解しておかなければいけない情報が、日本側から全く伝えられていない事を危惧し、一日本人として日本の正直さと尊厳を守るためこうして筆を取る事を決意いたしました。
 ここにその通知に関わる書簡を送付させていただきます。
 私たちには、決める権利というものがあり、私はそれを尊重するものです。
 然し乍ら、正しい決定を行うためには正確な情報が与えられていることが必須であり,関係者には、(この場合は主催者)その正確な情報を、それが主催者側に都合が良かろうが、悪かろうが、全て公開する義務があります。
 東京オリンピック然りです。


 東京オリンピックのために、来日するのは各自の自由ですが、その決定にあたり彼らが知らなければならない情報が明確に広く公開されていない事を危惧します。
 つまり人々の「知る権利」が尊重されていないのです。果たして現在の東京は、オリンピックのような世界規模の祭典を行い、世界中から沢山の人を呼び寄せるのに相応しい場所なのでしょうか?

 日本政府及び東京都は、来日する人々の安全を保証するために、最大かつ細心の安全対策を考えているのでしょうか?
 2011年3月11日に、東日本大震災により引き起こされた福島原子力発電所の事故、そしてそれに伴う大量な高濃度の放射能による大気中及び海への汚染、あれから7年経った今も福島原子力発電所は、収束はおろかその状況は悪化するばかりです。

 実際福島と東京がたったの230キロしか離れていないという事を、一体どれだけの人が把握しているのか?疑問です。
 わざわざチェルノブイリから230キロのところで世界規模の祭典を行いますか?
 そして、わざわざチェルノブイリから230キロしか離れていないところに出かけて行きますか?それも家族連れで、、。
 福島原子力発電所では、未だ溶け落ちた炉心の居場所さえ分からず、現場に近づくこともできず、そして使用済み核燃料プールには、依然放射能を発生し続けている使用済み核燃料が何100本も存在しています。
 東京からたったの230キロのところで、いまだに人体の健康に著しく危険なあらゆる種類の環境汚染が続いているのです。
 そして、何よりも忘れてならない事は、日本は地震大国であるという事です。
 2018年6月には大阪で、そして、そのあとにも千葉でも地震がありました。千葉は東京と福島の間に位置する県です。

 私は、2020年の東京オリンピック開催に、2つの理由で反対しています。
 一つはそんな危険を孕んでいる、汚染されている都市に(東京が汚染されていないと考えるのは、楽天的過ぎます)世界中からわざわざ大量の観光客を招き入れるという事、オリンピック開催時地震が発生し、地震だけならまだしもその地震が福島原子力発電所の現在の状況を悪化させる可能性は否めません。

 もちろん何も起こらない可能性もあります。
 しかしながら、私はどんな事を企画するにおいても、「何も起こらないだろう」ではなく、何か起きた時の安全対策がその後ろ盾に考えられていなければならないと考えます。
 とりわけ大量の人々を一堂に集める場合は尚更です。
 その安全対策、つまり会期中に福島原発の状況が悪化するような事が起こった場合のことを、東京オリンピック開催側が考慮に入れているとは思えないのです。
 実際、彼らが福島原子力発電所の現状、福島の汚染の状況をしっかり把握しているかどうかさえも疑問です。
 彼らが現在の福島第一原子力発電所の惨状を熟知しているとしたら、まずオリンピックなどと言う世界的祭典の開催候補地などに名乗りを上げなかったでしょうし、そしてそればかりか、ソフトボール競技を福島で開催するなどと言う事も考えもしなかったでしょうから。
 地震の可能性とそれに準じた福島原子力発電所の状況が悪化することを想定して、開会前に安全対策を整えることを考慮する事は必須です。
 なぜならたったの230キロしか離れていないのですから。

 もう一つの理由は、これは極めて人道的な問題でありますが、福島原子力発電所の事故により、多くの人が家を失い、職を失い、故郷を汚染され、そのために県外への避難を強いられました。日本中にまだ仮の住まいで身を小さくして暮らしている人々が数多くいるのです。
 そればかりか、日本政府は今年の春そう言った自主避難者の方達への住宅補助を一方的に打ち切りました
 そんな中で、彼らの苦難を知りながら、困っていない、被害に遭わなかった人々が東京でお祭り騒ぎに明け暮れる。そんなことが人間として許されるのかと言う事です。

 オリンピックに使えるお金があるのなら、まず困っている国民救済に充てるべきではないでしょうか?
 祭りは、皆が幸せで平和でいる時にみんなで一緒に行うものであり人の不幸を蔑ろにして豊かな者たちだけで楽しむものではありません。
 それは、オリンピックの本分に反しませんか?
 世界中で弱者が彼らの力の無さゆえに、搾取され、搾取だけでは止まらず、さらに彼らの人権をも踏みにじられています。
 スポーツという媒体を通して、人種間の交友をはかり、人種差別をなくし、互いの親愛と友好を深めることが、オリンピックというものの本来の主旨ではなかったのでしょうか?
 スポーツは貧富の差に関係なく誰でも享受できる。とかつては謳われていましたが、そんなことはもはやおとぎ話になってしまっていますが、それでもなおオリンピック委員会とは、スポーツというものの根底に流れるフェアプレイ、平等の意識に乗っ取り、権力者側の便宜や利益を尊重するのではなく、民の側に立すべきものではないのでしょうか。
 オリンピック憲章オリンピズムの根本原則第2項においてオリンピズムの目的は,人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。
 と謳っています。
 オリンピック競技場建設のために、40年以上も住んでいた都営住宅からお年寄りが追い出されました。アパートは取り壊され、オリンピックのための競技場建設の資材置き場になります。
 資材置き場のために、住民を追い出す。それが人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会で行われる事なのでしょうか?
 スポーツとは、お金を儲ける手段ではなく、それによって心身を鍛え、平和を構築し守る精神を育てるものではないのでしょうか。

 福島原子力発電所の事故以来、私たち国民に放射能の真実を、福島の事故の真実を国内外に問わず、伝え続けてくださっている元京都大学原子炉実験所助教授であり、環境動体解析、原子力安全および放射性物質の環境動態を専門とする小出裕章先生の書簡を添付します。

 世界に名だたる巨大な組織であるオリンピック委員会が、私たちのような一個人の言葉に耳を傾けて、すでに決定している事項を覆すような事は、恐らくあり得ないであろうと思いますが、その反面オリンピック委員会のような巨大な組織であったとしても、事の次第によっては、とりわけ人道的に相応しくないと改めて見なされた場合においては、その決定さえも覆す英断を決行する。そんな素敵な事が起こってもいいのではないかとも考えます。
 世界は一人一人の人間からできています。
 その一人一人にそれぞれ守るべき自分と家族、健康、暮らしがあります。
 昨今私たちは、巨大なマネーというシステムの中に取り込まれ、その一個一個一人一人を尊重する良識を失っています。非人道と言う線路を走っているこの現在の社会に、皆様方が正義という一石を投じていただけるようなことがあったら、こんなに素晴らしい事はないと考えます。
 今の社会には、正しくあれ優しくあれと私たちを刺激する人間ドラマが足りません。

 最後に
 東京オリンピック開催に対する危惧をもうひとつ付け加えさせていただきます。
 皆さんは、日本の夏がいかに危険なものであるかご存知ですか。
 もはや夏は汗をかいて冬の健康に備えるなどと言うのどかなものではなくなっています。
 連日35〜6度を平気で越える暑さに今年は当然東京周辺でも40度を超える地域が何箇所もありました。
 東京は言うまでもなく、日本の大半の街はアスファルトで覆われていますし日本の暑さには、尋常ではない湿気も伴います。今年の夏は16日までの連休中に全国で14人が熱中症で死亡し、5616人が救急搬送されたのです。
 そんなところで競技ですか?
 これは選手の方々はおろか、観衆の方々の健康被害、命の危険に関わるものです。
 東京の夏を熟知する東京オリンピックの企画側がなぜわざわざ夏を選んだのか、甚だ疑問です。
 先にも申し上げましたが私は東京オリンピックの開催自体にすでに述べた二つの理由で反対しています。
 東京都が、オリンピックを辞退する事を心より望んでいますが、もはや決定されてしまったオリンピック開催を取り消す事など奇跡よりありえない事であるとも認識しています。
 しかしながら、東京オリンピックを中止することができないとしても、開催時期をずらす事は出来るはずですし、そうするべきです。
 それは、オリンピックに参加するアスリートたち、そして競技を見る観客の健康と命を守るためです。

 以上
 東京オリンピック開催にあたり、皆様が訪れるであろう東京の真の現状を伝えさせていただきました。
 皆様方の国の選手各位そして東京オリンピック観戦を予定している国民の皆様に広く拡散していただき、彼らが彼らの常識で行くべきか行かないべきか参加すべきかすべきでないか。を判断し、健全な決定を行なってくださる事を祈念します。
 そしてオリンピック委員会の皆様におきましては、スポーツの本分に立ち戻っていただき、現在世界中で軽視されている人権を、深く尊重した立場を取っていただきたいと望みます。人権とは、私がわざわざ言うまでもなく、裕福な人間にも、そうでない人間にもそして権力者にも権力を持たない者にも、為政者にも人民にも国籍の違いなく、皆に等しく平等に与えられ互いに尊重されるべきものであると考えます。

楠本淳子(イタリア在住)
2018年10月2日


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