2019/2/25

「天皇代替わり」憲法1条に反する違憲の儀式はこれだけある  ]平和
  《月刊靖国・天皇制問題情報センター通信 巻頭言【偏見録79】》
 ◆ 違憲のデパート「天皇の代替わり儀式」
横田耕一(憲法学)

 「象徴天皇制」に対する人々の賛否の規準になっているのは「日本国憲法」ではない。
 反対論者にあっても、それは「戦争責任」であったり、「維持費用の過多」であったり、「政治利用の可能性」であったり、「差別」であったりなどと、論者によって異なるであろう。
 しかし、「象徴天皇制」が「憲法上の制度」である以上、その制度を全面的に否定する「そもそも論」を置くならば、現実に展開している制度の運用が、実際にいまそうであるように、その運用が憲法の制約の枠をこえて動いていることに対しては、異議を唱えることには意味があるであろうし、必要でもあろう。


 そうしたとき、このたびの「代替わり」において行なわれ、また行われようとしている事柄については、憲法の視点からすれば多くの問題点がある。
 これまでもこの「偏見録」において、幾つかの点を指摘してきたが、あらためて要約的に問題点を示すことにする。
 なお、「生前退位」を示唆する2016年の天皇の「おことば」や、「特例法」にはふれず、「代替わり儀式」に対象を限定する。

 政府によれば今回の「代替わり儀式」も、「憲法の趣旨に沿い、かつ、皇室の伝統を尊重したもの」で、「基本的な考え方や内容は(平成の式典のそれを)踏襲されるべきもの」としている。
 しかし、平成の式典は、「皇室の伝統」と称して大日本帝国憲法時代の「皇室典範」「登極令」を原則的に踏襲し、上位にあるべき「憲法の趣旨」はほぼ全く歯牙にもかけられていなかった。
 それを、十分な検討もないまま「踏襲」しようとしているのであるから、今回のそれも違憲のオンパレードになることは確実である。

 ここでは、2018年11月20日の式典委員会で了承された「宮内庁」作成の「儀式等(予定)案」により論ずる。
 そもそも現在の「皇室典範」が規定する「代替わり儀式」は「即位の礼」のみであり、旧典範の定める「践祚の儀式」や「大嘗祭」「元号の制定」は存在しない

 「大嘗祭」が、政府も認めるように、「宗教上の儀式」であることは明白であるから、この儀式を公的儀式である「国事行為」として行うことは政教分離原則から違憲であり、現典範に規定がないのは当然である。
 したがって、公的な「代替わり儀式」としては「即位の礼」だけが必要で、それも「国民主権原則」「政教分離原則」などの憲法上の制約に違反しないものでなければならない。(私見では、それは「憲法を尊重擁護する」宣誓を天皇が行う儀式を中核とするべきである。)

 ところが、官内庁が作成した予定案には、違憲の疑いが濃厚な「践祚儀式」が国事行為として含まれている上に、「登極令」が定めていた宗教儀式である多くの「皇室(宮中)祭祀」が含まれている
 公的に行われれば政教分離原則に抵触するこれら「皇室祭祀」は私的な儀式であるはずであるから、これら儀式を宮内庁が国事行為と並べて「予定案」として発表すること自体、政教分離原則に反する。
 ましてや、いろんな解釈のある「大嘗祭」を、「国家・国民のためにその安寧と五穀豊穣などを感謝し、祈念される儀式」とするのは、私的祭祀である「大嘗祭」に国家が介入し祭祀の目的を規定する政教分離原則違反である。

 最大の問題は「践祚儀式」である。践祚儀式の核は「三種の神器」の承継である。
 天照大神が天孫降臨の際に神勅と共に瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に与えたとされる八咫の鏡(天照大神の御霊代)、草薙の剣八坂の勾玉は、歴史的に(とりわけ南北朝以来)天皇の正統性を表わすものとされてきた。
 すなわち、「三種の神器のあるところに天皇あり」とされており、この考え方では天皇と三種の神器は不可分の存在である。
 そのため、昭和天皇が敗戦にあたってなによりも苦慮したのは三種の神器を安全に保護することであった。
 は昭和天皇の即位の礼の際に京都に運ばれたが、通常は宮中三殿のうちの賢所に安置されており、ここでの儀式は宮中祭祀の中心となるものである。
 剣璽は天皇が宿泊等で宮中を空ける時には、天皇に付き従う侍従が捧持し(剣璽動座)。敗戦後これは中断していたが、1971年に伊勢神宮を天皇が参拝した時に復活した。

 「天皇人間宣言」でも天皇は自らが天照大神の裔(子孫)であることは否定していないので、伝統的天皇像にとっては自他ともに神器の承継は最重要事項である。
 このため旧憲法時代には、「剣璽渡御ノ儀」として践祚の際の不可欠の儀式であった。しかし現憲法下では、神器は「皇室経済法」による「皇位とともに伝わるべき由緒あるもの」として皇嗣が継承する相続物民法で言う祭具の所有権の承継にあたる)に過ぎない筈のものである。
 しかし、国璽・御璽の承継があることで「剣璽等承継の議」「等」を付ける「ことば」のこまかしで、国事行為として前回同様に今回も行われることになっている。
 その際、旧・新天皇間の継承に切れ目があることは問題だとして、「退位と即位(承継)」を同日・同時に行うべきだと神社本庁などが主張しているのも、神器の承継に皇位の正統性の根拠をみているからである。

 けれども、このように天照大神の神勅に天皇の正統性の根拠をみる旧憲法時代の思考は、「国民の総意」を皇位の正当性の根拠とする現憲法(1条)とは根本的に相容れない
 従って、政教分離原則違反もさることながら、国事行為としての「剣璽等承継の儀」は、憲法1条に反する違憲の儀式であり、行うべきではない。

『月刊靖国・天皇制問題情報センター通信 NO.181』(2019年1月19日号)


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