2019/3/25

子どもの人権を頭ごなしに無視する都立高校の体質  Y暴走する都教委
 ◆ 都立高校の校内新聞で 教師らが記事を強制削除
   〜『YAMABUKI JOURNAL』編集長が語る圧力の実態
(週刊金曜日)
永尾俊彦(ながおとしひこ・ルポライター)

 東京都立新宿山吹高校は、不登校や高校中退者らの受け皿として1991年に設立された、昼夜間定時制高校(通信制普通科も併設)だ。この学校の校内新聞の記事が教師らによって強制的に削除されたという。当事者に話を聞いた。
 ・・・山吹高校は、文科省から専門的職業人を育成する高校に選ばれたが、「それは規則に縛られ教師に干渉される普通の高校になること」と批判する生徒もいる。

 ◆ 「明るい無縁社会」
 都立新宿山吹高校(東京都新宿区。山吹高校)の校風について、同校に6年間通った卒業生の平松けんじさん(22歳)はこう言う。
 同校は単位制なので、授業は個人ごとの時間割で受ける。


 一応クラスはあり担任教師もいるが、全員が顔を合わせるのは1週間に一度のホームルームだけ。生徒同士のつながりは弱く、学校行事への出席も強要されない。学年もないので先輩後輩の上下関係も希薄。まさに「無縁社会」だ。
 だからこそ「自分という個を保っていられる」と平松さん。校則もないし制服もない。現在の都立高校では例外の自由な学校だ。

 平松さんは集団行動を強いられるのが大嫌い。「のろま」で定刻通りに学校へ行けない。よく眠る。小学生時代は1日12時間睡眠だった。新聞が大好きで、朝起きるとテレビ欄から1面まで「なめるように」読んで、正午ぐらいにようやく登校。「重役出勤だね」とよく主事さんに声をかけられた。
 同校入学後、平松さんは新聞部顧問の教師に誘われ、入部。『YAMABUKI JOURNAL』の編集長になる。
 当初は学校行事の紹介など、広報紙的な紙面だった。約ーカ月半に1回の発行、所定の棚に置き、読みたい人が取る。毎号200〜270部ほどがはけた。

 ◆ 自主廃刊で抗議

 2016年2月、第3号に平松さんは「山吹入試、内申比率7:3に」と社説「ボランティアは学校主導より生徒の自主性にまかせよ」という二つの記事を書いたところ、顧問教師にほかの教師らから批判が集中、顧問教師から削除を求められた
 平松さんは何が問題なのか直接聞かされていないが、ある教師からは「保護者が政治的に利用するのが心配」と言われたという。筆者は二つの記事を読んでみたが、問題だとは思えなかった。

 「内申比率」の記事は、従来の学力テストと内申の比率20対3が17年度入試から7対3に改定され、内申書の比率が大幅に引き上げられることを都教育委員会(都教委)のプレスリリースなどをもとに報じた。
 不登校などの生徒は内申書の評価は低いので、この改定は不利
 平松さんは、「本校首脳部は本校の救済機関としての存在理由から(中略)反対の意向を示したが、都教委に押し切られた」と同校と都教委の対立があったことを伝え、校内の賛否両論を紹介した。

 他方、「ボランティア」の記事は、都教委が進めるボランティア必修化について、「生徒に関して絶大な権力を行使できる学校当局が、これを強制するというのは『現代の学徒動員』であり、『強制徴用』」と書いた。批判精神のある記事だ。

 削除を求められ、平松さんは「表現の自由と検閲の禁止(憲法21条)への重大な挑戦」だと思った。
 しかし、人事権などを持つ都教委にタテつけない教師に配慮、顧問教師に迷惑がかかっては申しわけないと削除に応じた。ただし、抗議の意味で「指導により削除」と記事のスペースに記して発行した。

 その後も7月に記事が削除10月には生徒会のあり方を批判した記事が「生徒会をいじめているみたいだ」などと顧問教師に言われ、削除
 このときは「諸般の事情により削除」とするのも許されず、記事差し替えを強いられたため、平松さんは廃刊を決めた。

 ◆ 精神的リンチで署名

 17年3月に卒業した平松さんは、磯田航太郎さん(18歳)に編集長を託し、復刊を期待した。
 磯田さんは「もともとかなりの根クラ」。コミュニケーションが不得手で、仲間はずれにされ、中学校から高校のはじめまで4〜5年間友人がいなかった。不登校になったこともあるが、山吹高校は「生きにくさ」を抱えた人たちの受け皿だと聞き、「過去を捨て去ることができるかもしれない」と期待して入学した。

 ゴシップや噂話のような芸能記事に関心があったことから、磯田さんは新聞部に入部。平松さんと出会い、自由を大切にする思いが共通することから意気投合した。
 紙媒体では学校の印刷機を使わねばならず、また検閲されるだろうと、磯田さんは電子版で復刊し、月に数本の記事をアップする。

 17年6月、校内で使用済みのコンドームが見つかったという記事と同校の生徒がツイッターで同校の爆破予告をしたという記事について、また削除を求められた
 コンドームの記事は事実関係を報じた後に「学校の管理責任が問われる」、爆破予告の記事は事実関係を報じ、「冗談では済まない。ネットが公共空間であることを自覚してもらいたい」という内容だ。

 6月12日、一人の教師が磯田さんを「法律とか何かどうでもいい。あれを削除すればいいんだよ。まずいからと学校で思っているから」(磯田さんの録音より)と30分以上恫喝した。
 磯田さんは拒否。翌13日も複数の教師から50分以上も削除を迫られた。

 15日、梶山隆校長の説諭が行なわれた。その前に電話で話した平松さんに磯田さんは「これから処刑されに行く」と言ったという。
 校長以下教師5人と学校に呼ばれた磯田さんの両親の計7人に囲まれ、、2時間半にわたり「学校の評判をおとしめるから」「(学校への)威力業務妨害にあたる」などとして削除を求められた。

 両親は磯田さんをかばわず、同調した。翌16日も校長を含む4人の教師に70〜80分にわたり削除を求められる。
 そして、学校側が用意していた「誓約書」への署名を迫られた。
 軟禁状態の磯田さんは憔悴し、「早く逃げ出したい」と署名する
 これは精神的リンチではないか。
 磯田さんは、誓約書の内容はよく覚えていないが、@二つの記事を削除する、A『YAMABUKI JOURNAL』を発行しない、B従わない場合は退学処分にする、などの項目が含まれていたのではないかという。

 その後7月26日、磯田さんが取材のため学校に行ったところ、副校長が磯田さんの腕やカバンをつかんで拘束し、数人の教師から学校の方針に従えという「指導」を受けた
 拒否し、「逮捕監禁罪です」と磯田さんは抗議した。
 言い合いの最中に担任教師が現れ、「学校にはもう置いとけない」(磯田さんの録音より)と言った。この教師は後日「あなたはテロリストです」とまで言ったという。

 自分でも「小心者」という磯田さんは、うつ状態になり、精神科を受診する。そして半年以上、事実上の不登校状態に陥る。
 同年10月、磯田さんは署名した誓約書の内容を正確に把握していなかったことに気づき、弁護士に相談、誓約書の開示を求める内容証明を学校に送った。
 しかし学校は一向に回答せず、磯田さんが電話すると、梶山校長は「回答しません」と拒否した

 ◆ 「力による支配」の皮肉

 11月、磯田さんの両親に学校側は「指導に応じなければ授業に出させない」と告げた。
 12月、磯田さんは「畏怖する状況下で作成された」として「誓約書」の署名を取り消す内容証明を送った。
 そして、『YAMABUKI JOURNAL』を再開する。
 また同校の自治確立のため、磯田さんは自治委貝会を設立、自ら「議長兼会長」に就任する。

 翌18年1月5日の同紙は、自治委員会議長兼会長の磯田さんがツイッター上で発表した「新年の辞」を報じている。
 その中で磯田さんは管理を強める学校に対し、「自由は闘ってこそ得られるのです。同調圧力に負け、黙っていては搾取され続けるのです。声を上げましょう!闘いましょう!!」「小さなところで物を言えなければ社会は変わりません」と全校に呼びかけた。
 これは、生徒と教師との関係という「小さなところ」で闘ってきた磯田さんの問題意識が反映された切実な呼びかけだ。

 同年2月、話し合いを求め、磯田さんは弁護士付き添いで登校するが、学校側から拒否される。
 磯田さんは共産党都議団に相談、都教委に問い合わせてもらい、「指導を受けなければ授業に参加させない」という措置は不適切との回答を得、やっと授業に出られるようになった。
 『YAMABUKI JOURNAL』の論説委員は、「今回皮肉にも『力による支配』を強行しようとした学校当局は都教委の『力による支配』で敗北した」(18年5月11日)と書いた。核心をつく指摘だ。

 同年5月、同党都議団を通じて都教委に働きかけた結果、梶山校長が磯田さんとの話し合いに応じた。
 が、校長は磯田さんが精神安定のためにしていたイヤホンにこだわり、話し合いにならなかった。

 梶山校長に筆者は取材を申し込んだが「個人情報に関することはお話しできません」の一点張りで拒否。
 また都教委にも取材を申し込んだが、取材意図を説明している最中に電話を切られた。
 抗議の文書と質問事項を送ったところ、検閲については一般論として「教員は、必要に応じて生徒が書いた文章等を修正したり、削除したりする指導をすることはある」としたが、「指導に従わないことのみを理由に、授業に出席させない」件は、これも一般論としながらも「適切ではない」と認めた

 ◆ 教基法踏みにじる学校

 元高校教師(社会科)の渡部秀清(わたべひできよ)さん(71歳)は、都教委による都立高校の卒業式や入学式などでの「日の丸・君が代」強制に反対するビラなどまいている。
 ある高校の前でまいたビラを読んだ生徒を介して、渡部さんは平松さんと磯田さんの2人と知り合う。そして、山吹高校の生徒への言論弾圧を知り、03年の「日の丸・君が代」を強制する「10・23通達」以降、上意下達の傾向が強まり、自由に意見が言えなくなった都立学校教師の状況とよく似ていると感じたという。
 教師への強制は、生徒への強制になる。
 今、渡部さんと磯田さんが同じ高校の前でそれぞれのビラをまき、「共闘」することもある。

 渡部さんは、「校内新聞に教師の指導はある程度は必要だが、生徒に『法律とか何かどうでもいい』などと決して言ってはいけない。話し合いもしないでいきなり『削除しろ』はまずい。たとえば、平松さんの書いたボランティアの社説を取り上げて校内で話し合いを組織するのが教師の役割です」と山吹高校の対応を批判した。
 また、現在は立正大学で教育学を教える永井栄俊(ながいえいしゅん)さん(71歳)は、都立高校の教師時代に新聞部の顧問を20年以上続けたが、「コンドームの記事も爆破予告の記事も問題ありません。私が顧問をつとめていた高校の新聞は、トイレにタバコの吸い殻がたくさん落ちている写真を1面トップに載せて問題提起をしました」と話した。

 18歳選挙権の時代になり、2022年からは成人年齢も18歳になる。そういう中で「学校側の価値観を問答無用で生徒に押し付けられない」と永井さんは言う。
 さらに、教育基本法14条には「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」とあり、この「良識ある」とは「単なる常識以上に『十分な知識をもち、健全な批判力を備えた』という意味」(文科省ホームページ)だと永井さんは指摘する。

 昨年10月、磯田さんは学校説明会にあわせて学校前の公道で同校の美風や問題点、自治委員会の活動を紹介するビラをまいた。
 同校教師は「学校の許可を得てから行なえ」などと妨害、別の教師が無断で磯田さんを撮影した。
 後日、磯田さんが抗議文を2人の教師に手渡すと、くしゃくしゃに丸め、踏みにじったという。
 その子どもじみた態度に磯田さんは怒りを通り越し笑ってしまった。山吹高校の対応は、教育を、文字通り踏みにじっている。


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