2019/6/13

琉球と天皇  ]平和
 ◆ 遺骨盗掘と琉球民族の独立
   盗掘問題で明らかな天皇制国家の琉球併合の問題
(週刊新社会)
琉球民族遺骨返還請求訴訟 原告団長 松島泰勝(龍谷大学教員)

 ◆ 問われる天皇の戦争責任
 「日本政府とは異なり、個人としての天皇は沖縄に寄り添ってきた」という言葉を聞くことがある。
 しかし、天皇を含む皇室はこれまで琉球の島々を訪問してきたが、辺野古高江に足を運んだり、嘉数高台から普天間基地を見たことがない。摩又仁ヶ丘で、沖縄戦で犠牲になった人々には頭を下げるが、チビリチガマに行って集団的強制死をした琉球人に手を合わせることもなかった。
 米軍基地で苦しむ、今生きている琉球人に対して天皇は自らの思いを及ぼそうとしない。

 今日まで天皇は琉球に対して、少なくとも次のような罪を犯してきた。
 @1879年に琉球国が日本に併合されたが、天皇制国家の長として天皇はそれに対する謝罪を行つていない。


 A併合後、皇民化教育が行われ、琉球諸語が奪われ、日本語が強制されただけでなく、「天皇のために命を捧げる」という教育によって多くの琉球人が沖縄戦で犠牲になつた。終戦を求める「近衛上奏」を昭和天皇が受け入れていたら、沖縄戦はなかった可能性が高い。

 B昭和天皇が「天皇メッセージ」を発して、マッカーサーに琉球の植民地支配を求めなければ、米軍による琉球の軍事支配もあれほど過酷にならなかっただろう。天皇が提案した「アメリカの租借地」ではなく、サンフランシスコ講和条約第3条に基づいて琉球は信託統治領になり、国連の監視下で新たな政治的地位を樹立するための住民投票を行い、植民地から脱却し、独立国になることができた。

 これらのことは明治天皇、昭和天皇によって直接行われたが、平成天皇は曾祖父や父による罪に対して自らの判断を示すべきであり、それがなされない限り、「琉球に対する天皇の侵略や戦争責任」が解消されたとは言えない。

 ◆ 植民地化と民族の同化

 1928年、29年に京都帝国大学の金関丈夫助教授は琉球を訪問し、形質人類学の調査を行った。その際、帝国学士院から研究補助金が提供され、足立文太郎・京都帝国大学医学部教授の指導があった。つまり、日本帝国の政府や大学の経済的支援、権威に基づいて金関の遺骨盗掘が実施された。
 また百按司(ムムジャナ)墓から琉球人遺骨を盗骨することができたのは、琉球が日本の植民地になったからである。

 琉球併合後、会話伝習所が設置され、琉球諸語を抹殺し、日本語を強制する言語教育が行われた。
 言葉は民族の歴史や文化を次の世代に引き継ぐ役割を果たす。民族の言葉を奪うことで、琉球人の日本人への同化を促し、徴兵、納税、労働等の各局面において琉球人を天皇の臣民に変えていった。
 知事を始めとする県庁、県警、学校等の幹部は日本人が就任し、経済活動においても「寄留商人」と呼ばれる日本人による収奪が横行した。

 金関は、県庁の日本人幹部や周化された琉球人研究者の許可や案内を受けて、遺骨を盗んだ。墓の親族や地域住民の了解を得たわけではない。
 琉球国の国書である『中山世譜』では、百按司墓の遺骨は第1北山監守(ほくざんかんしゅ)の貴族、同じく国書である『球陽』では尚徳王(しょうとくおう)の遺臣であると記載されている。

 1429年に琉球国を統一した王族または貴族の墓が百按司である。
 日本では天皇陵や古墳に収められた人骨調査はタブーとなっている。しかし、琉球では同じ王族の墓であっても研究者によって遺骨が持ち出せたのである。
 このような所業が可能であったのは、琉球が天皇制国家の植民地になったからである。

 日本の村で祀られている氏神が、『古事記』や『日本書紀』の伝承と関係し、皇室の下に系列化されている。しかし、琉球の固有信仰の対象であるニライ・カナイは、天皇と全く無縁である。天照大神(あまてらすおおみかみ)を中心とする日本の神道と琉球の信仰は全く異なる。

 しかし、琉球併合後、鳥居の設置、日本の神社体制への取り込み等の同化政策が強制された。
 百按司墓は「今帰仁(なきじん)上り」という琉球人の聖地巡礼地であり、琉球民族独自の信仰の場であった。琉球人にとって遺骨は自らの葬制にとつて不可欠な存在である。骨神として信じられた琉球人退骨を帝国大学の研究者が奪ったのである。

 百按司墓は、琉球国を形成した人々の墓である。琉球国は、天皇一族に服していなかった国であった。
 琉球国が国であったことを示す証拠として、1850年代に琉球国がフランス、オランダ、アメリカと締結した修好条約の原本がある。これらも日本政府によって奪われた。

 天皇制国家・日本によって琉球人は、その領土条約原本ばかりか、人間の骨も奪われ、現在に到るまで、京都大学によって遺骨返還が拒否されている。
 天皇は異族である「日本人」の王であり、琉球人の王ではない。天皇を神として祀る信仰体系とは異なる信仰、神話で生きてきたのが琉球人である。

 琉球人にとってそれは異族の世界観、信仰、神話、制度でしかなく、強制すべきではない。
 琉球併合から140年の2019年に、京都地裁において百按司墓琉球人26体の遺骨返還を求めた裁判が行われている。
 遺骨返還運動は、天皇制国家から脱して、琉球人が自らの力で新たな時代や歴史を切り開くための自己決定権運動である。

『週刊新社会』(2019年6月4日)


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