2019/7/17

改正労働施策総合推進法の限界とパワハラの本質  ]U格差社会
  =特集 ハラスメント対策の新段階 職場の課題 (労働情報)=
 ◆ パワハラ法規制が提起しているもの
   “個人的逸脱”から“企業責任”を問う

金子雅臣(労働ジャーナリスト)

 1 すれ違いの議論
 職場でのパワーハラスメント(以下パワハラという)を防ぐため、企業に相談窓口の設置などの防止策を義務づける改正労働施策総合推進法が成立した。
 この法律をめぐっては果たして防止の効果が期待できるのかどうかについての議論はいろいろにある。本稿では、その法規制の功罪をめぐる基本的な問題点についてふれてみたい。

 そもそもパワハラの現状をめぐっては、検討委員会でも議論が交わされたように、大きくは二つの見方がある。
 その一つは、「あくまで職場の単なるコミュニケーションギャップであり、指導上の個人の行き過ぎの問題だ」とする見解であり、もう一つは「うつ自殺に発展しかねない重大な労働問題だ」とする見解である。


 この両者に主張は、それぞれの思惑を込めたものになっている。
 前者は極力個人の問題にとどめることで、企業責任の追及などを避けたいということであり、後者はパワハラ問題を通じて労働者を取り巻く職場環境の劣悪化を訴えたいということである。
 両者の思惑の是非はともかく、こうした議論はいわば同じ現実を入り口で見ようとするのか、出口で見ようとするのかという違いであり、あまり生産的な議論のようには思えない。
 つまり、現実はどちらもありであり、まさに入り口と出口の議論だからである。

 具体的な現実に即して言えば、前者の言うような入り口では単なるコミュニケーションギャップや個人的な言動に見えるパワハラが、時には発展して自死にいたる重大な問題に発展することもあるということである。

 2 パワハラは個人的な問題ではない

 そして、ここで問題にしなければならない大切なポイントは、両者の主張をつなぐ「なぜ、個人的な逸脱にみえるパワハラが時には重大な問題に発展してしまうのか」ということである。
 実際に起きている多くのパワハラ事件を見た場合に、一過性の「単なるコミュニケーションギャップ」ではとらえきれない現実が多く現れてくる。
 つまり、そこには起きるべくして起きる原因があり背景がある。

 それは、ある時は行き過ぎたリストラの結果であり、性差別的な職場環境だったり、あるいは体育会的な企業体質だったりということである。
 つまり、現実に起きているパワハラは、個人的なパワハラ体質の上司がたまたま起こした問題という表面的なとらえ方では対処できない。
 その真の要因を明らかにしていくことがこそが問題解決のカギになる。また、そうした視点がない限り、起きたパワハラの説明はつかない。

 さて、そうした視点で今回の改正法を見た場合に「優越的な関係を背景にした言動で、業務上必要な範囲を超えたもので、労働者の就業環境が害されること」は、あくまで「個人の逸脱」に視点をあてた定義ということができる。
 つまり、「優越な立場にある」上司がたまたま「業務上必要な範囲を超えた」言動をしたため、「労働者の就業環境が害された」ケースを想定したものであると言える。
 したがって、この定義の当てはめでは、そのパワハラが「なぜ、起こされたのか」とう原因に踏み込む視点は出てこない

 3 結果から原因に迫る

 つまり、原因が明らかにしないまま逸脱という結果だけが問題にされている定義であるといえる。
 そもそも、理論的にも原因がない結果はありえないのであり、パワハラも原因をとらえないかぎりその本質は見えてこない。
 原因究明という立体的なとらえ方をすれば、そこには必ずモラルダウンした企業体質やが見えてくる。
 そして、そこにある企業責任の追及を避けるため平面的なとらえ方をしようとしていることに無理がある。

 つまり、「業務上必要な範囲」などという枠組み内にパワハラを押し込めて判断しようとすることの無理である。
 例えて言えば業務命令で「タバコを買いに行かせた」ことは、まさに形式的には「業務の必要性のない」業務の適正な範囲を超えた命令になる。しかし、それだけでパワハラになるわけではない。そこに、原因にかかわる背景が付加されることではじめてパワハラとなる。
 例えば「お前はどうせ仕事ができないのだからタバコでも買いに行ってこい」という差別的言動があり、そうしたモラルダウンした言動を許容する職場環境があってはじめてパワハラになるのである。

 パワハラは「業務上の必要な範囲を超えるかどうか」という平面的な枠組みではとらえきれない。つまり、「なぜ、そうした言動をしたのか」という原因にさかのぼることで、はじめて現実が見えてくる。
 まさに、今回の法制化の限界はそこにある。極力個人の逸脱の問題に限定して企業の責任を回避しようとするあまりに、狭い範囲でパワハラを解釈しようとすることの無理がある。
 そこで、今回の法整備をそうした視点でとらえて、パワハラが起きた場合には結果から原因に迫る立体的な解釈を与えていくことが大切になる。

 4 背景にある企業体質

 一見、歩くパワハラ体質の上司がたまたま起こしたパワハラに見えるケースでも、その原因を探れば、実は過大な目標に向けた企業の方針があり、それを受けた上司の暴力的な指導を容認する企業の体質が現れてくる。
 また、女性への差別的な言動のパワハラの背景には、モラルダウンした職場環境があり、性差別的な仕事の進め方が浮上する。

 近年、社会問題化した電通問題スルガ銀行問題などに典型的なように繰り返される企業の違法行為の裏側にはパワハラが必ずと言ってもいいようにへばりついている。
 つまり、パワハラはこうした企業体質を抜きにしては考えられないテーマでもある。
 その意味でパワハラは企業の遵法意識やモラルダウンした職場環境のリトマス試験紙的な役割ももっている。

 いずれにせよ、パワハラは近年の企業競争の激化のなかで、仕事が増え、スピードが求められ、正確さを要求される現場で浮上してきたテーマである。
 取り組みを進めるためには、職場環境の悪化を視野に入れないかぎり本質は見えてこない。

 今回の法規制は現象だけを問題にする法律であるという限界をとらえて、そこを入り口にして原因を問う取り組みを進めることが大切になる。
 そうした取り組みを進めるために組合の役割は大きい。
 パワハラが起きた場合に個別のケースを個別の問題ではなく企業の職場環境を問題にする視点を据えて原因を究明することが求められている。

『労働情報』(2019年7月)


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