2019/7/21

主権在民意識の発現としての3・1運動の新しい解釈  ]平和
  《教科書ネット21ニュースから》
 ◆ 3・1独立運動100年とキャンドル市民革命
   〜「アングリーヤングの政治参加」が作り出した主権在民運動の原点

李泳采(イヨンチエ 恵泉女学園大学)

 ◆ 主権在民運動としての3・1独立運動の再解釈
 2019年は、3月1日朝鮮独立運動から100年目になる年である。
 3・1運動が日帝植民地に抵抗して朝鮮民族の独立を成し遂げようという民族共同体の回復運動であったという視点は、長い間韓国社会で共有されてきた。
 ところが、3・1運動以後、国内外の朝鮮の独立運動は、朝鮮王朝の復活という王政復古ではなく、新しい共和国建設を標榜しながら、上海臨時政府樹立に収斂している。
 これは、3・1運動が民族独立運動だけでなく、近代市民意識のひとつである主権在民意識に基盤をおいた市民革命というもう一つの側面があったことを意味する。
 またそれには、当時の多くの若者、特に若い女学生らの犠牲の上で作られていた「アングリーヤングの政治参加」がその原動力であったということは、あまり知られていない。


 このように、3・1独立運動が民族独立の追求とともに新しい共和国建設のための若者の政治参加による市民革命の始まりだったという視点が、韓国社会で新たに認識されたのは、2年前に展開されたいわゆる「キャンドル市民革命」の影響であったと言える。

 ◆ 市民民主主義を取り戻したキャンドル市民革命

 2016年10月の冬から2017年3月春に至るまで、朴槿恵−崔順実ゲートとして始まった韓国社会の大規模キャンドルデモは、17回開催され約1700万名が参加した文字通り「キャンドル市民革命」であった。
 厳しい寒さの中でも老若男女間わず数十万名がキャンドルを持って全国で集まり、冷たいアスファルトの上でも明け方まで「朴槿恵恵を弾劾しろ」「崔順実を拘束しろ」「これがいったい国なのか」「大韓民国は民主共和国だ」というシュプレヒコールを絶え間なく叫び、「真実は沈黙しない」、「君のための行進曲」などの民衆歌謡をともに歌った。

 保守勢力が多数を占めている国会は、市民たちの激しい抵抗にあい、結局朴槿恵大統領弾劾案を可決せざるを得なくなり(2017年12月9日)、韓国社会で最も保守的だという憲法裁判所での3カ月間の審判の末に、朴槿恵大統領の弾劾を認めた(3月10日)。

 「国民の期待を裏切り憲法を無視し腐敗した権力を弾劾する」という憲法裁判所の判決がくだされた瞬間、多くの市民たちは涙を流して感動と喜びの声をあげた。
 これは、腐敗した権力を弾劾させたという市民の勝利の涙でもあるが、「権力は国民から生まれる」という民主主義の基本と常識を、市民自らが闘って勝ち取ったという自負心の涙であったともいえる。

 ◆ 民主主義を守り・保守政治の亀裂を作り出した「アングリーヤングボーターズ」

 朴槿恵大統領の弾劾の後、2018年5月9日に行われた第19代韓国大統領選挙で、野党民主党の文在寅氏が41%の支持で当選した。
 文在寅氏は盧武鉉元大統領(2003年〜2007年)の秘書出身として政治的に豊富な経験や道徳性・清廉さにおいてほかの候補より高く評価されたのが当選の理由でもあるだろう。
 ところが、この文在寅氏を圧倒的に支持したのは・20代(47・6%)・30代(56.9%)であった。

 日本ではよく知られていないが・キャンドル市民革命による朴槿恵大統領弾劾と文在寅氏の当選による野党への政権交代の背景には、その1年前の2016年4月に行われた韓国総選挙で20代と30代の若い世代が大挙して選挙に参加し、メディアの予想を覆す「与党惨敗、野党大勝利」という「与小野大」政局をつくりだしたためである。

 非正規職50%、青年失業率10%、青年自殺率世界1位という劣悪な状況の中で生きている韓国の若い世代。
 政治に幻滅せず、1票の投票を通して世の中を変えていこうとする彼らの希望が、揺るぎなく見えた朴槿恵政権に「与小野大」という亀裂を作り出した。
 この亀裂を通して保守勢力が分裂し、「朴槿恵・崔順実ゲート」「サムソンなど大企業の政権癒着問題」など韓国社会の構造的な問題点がパンドラの箱のように開かれたのである(李泳采『アングリーヤングボーターズ韓国若者たちの戦略的選択』梨の木舎、2016年)。

 ◆ 若者がリードした「主権在民運動の実践」としての3・1運動

 キャンドル市民革命を、主権在民運動の始発点となった3・1運動の歴史的意義として理解し、その志を継承したのは、ほかでもないキャンドル市民革命によって誕生した文在寅大統領自身であった。

 2018年5月に行われた大統領選挙で当選した文在寅大統領は、就任後の8月15日の光復節記念演説で「キャンドル革命によって国民主権の時代が開かれて初めて迎える光復節」と命名して、「庚戌国恥(1910年8月29日)は国権を喪失した日ではなく、むしろ国民主権が生まれた日であると宣言し、国民主権に立脚した臨時政府の樹立を提唱した」と主張した。
 また、「1919年3月、理念と階級と地域を超越した全民族的な抗日独立運動を経て、この宣言は大韓民国臨時政府を樹立する基盤」になったと演説した。
 さらに、「あれほど国民が主人となる国を樹立しようとした先代たちの念願は、100年の時を受け継いで、ついにキャンドルを掲げた国民の実践」であったと明確に語った。

 主権在民意識の発現としての3・1運動の新しい解釈は、2018年と2019年3・1独立運動100周年の文在寅大統領の記念演説で一層はっきりと表れた。
 特に、文在寅大統領は「天安の広場で万歳運動を主導した18歳の柳寛順」、「西大門刑務所で亡くなった17歳の董豊信」を含む「夜を徹して太極旗を描いた釜山の日新女学校の学生たち」などに言及し、朝鮮の独立運動と主権在民の大韓民国の建設に若い女性独立運動家たちの犠牲や役割があったことを強調したのである。

 ◆ 「東アジア主権在民運動の原点」としての3・1運動を共有

 キャンドル市民革命以後、韓国の市民社会は、王朝や英雄中心の歴史観ではなく、主権在民意識に基づく新しい歴史観が形成されている。
 このような歴史意識の背景には、1919年(3・1独立運動)−1945年(8月までの抗日運動)−1960年(4・19学生革命)−1980年(5・18光州民主化運動)−1987年(6・10民主抗争)−2017年(キャンドル市民革命)に繋がる、市民個々人が主導してきた民主化運動の歴史的継承の過程があり、その実践的な市民主権運動の始まりが100年前の3・1運動であったということができる。

 最近の日韓の葛藤には、冷戦時代の国家暴力問題について、犠牲を甘受しながら謝罪と真相究明を要求し、抵抗してきた民主化運動やキャンドル革命世代が主流になっている韓国社会と、戦前の歴史を修正し、正当化しようとする歴史修正主義や、過去より未来志向的な選択を通して現実を重要視する戦後世代が主流になっている日本社会、という相互の社会を構成する主流的な認識の違いがその背景にあると言える。

 ところが、歴史認識問題は相手の国との妥協の問題ではなく、国家暴力による人権侵害に対して二度と同じ問題が発生しないように、それぞれの国民が自分の国に問いただしていく権利や責任の問題でもある。
 日韓の若い世代が未来のための相互の歴史認識を共有するためには、まず各自社会の主権在民の意識に基づく市民民主主義の価値やその在り方に対する認識の共有から始めるのがより重要になる時代が到来したとも言える。

 100年前の3・1運動から始まった東アジァの主権在民運動の歴史的な意義と、それをリードしてきた「アングリーヤングボーターズ(Angry Young Voters)」の意識を日韓の市民社会が共有することこそ、その第1歩になるだろう。

『子どもと教科書全国ネット21ニュース 126号』(2019年6月)


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ