2019/8/19

元気をもらった7/21全国集会  X日の丸・君が代関連ニュース
 ◆ 第9回「日の丸・君が代」問題等、全国学習・交流集会の報告 (『ブラックボードに義』から)

 全国から集う!全国で闘おう!第9回「日の丸・君が代」問題等、全国学習・交流集会が、7月21日(日)、東京の日比谷図書館文化館・地下ホールで開かれた。今年の全国学習・交流集会は、全国各地で「日の丸」「君が代」の強制等と闘う多くの人々が集まり、元気をもらう集会となった。その元気をもらった人々の発言を紹介したい。

 1.東京・板橋区議の五十嵐やす子さん
 東京の板橋区議会議員の五十嵐やす子さんは、昨年10月、大東文化大学の文化祭に自衛隊ブースが出ることを知り、市民多数の抗議でそれをやめさせた。また、本年3月、板橋区議会の議場に「日の丸」掲揚の「陳情」が出され自民党、公明党、民主クラブ等によって賛成多数で議決されたが、しかし、次の区議会に、「議場において、国旗掲揚及び敬礼しないことを求める陳情」が提出され、「日の丸」掲揚は「保留」、「継続審査の申し出を行わないことに全会一致で決定」したとの報告。議場に「日の丸」掲揚をストップさせた!


 2.東京・あきる野市議の辻よし子さん
 また、東京・あきる野市議の辻よし子さんは、2児の母でもあるが(2人の子どもはすでに青年)、「来賓として参加」した小・中学校の卒業式・入学式、成人式で「君が代」と同時に不起立。すると、「教育委員会から再三の注意を受け」「君が代」不起立は「厳粛な式の雰囲気をこわす」、「不起立なら、今後、式に来賓として呼ばない」と言われた。また、「市議会で問題視され、地元新聞に掲載され」バッシングを受ける。しかし、そんなおかしな事には屈しない、負けないとの発言。
 さらには、「新天皇即位に関する賀詞の決議」に、20人中、唯一人反対し、反対討論を堂々と展開された。
 「反対の理由の一つは」、この決議は「あきる野市民の生活に直接かかわる緊急、重大な事項」ではない
 「2つめの理由は」、天皇の即位に関して、「市民の心のあり様を『誠に慶賀に堪えない』という言葉で束ねることは、市民の代表である議会が、考えを異にする個人の内申の自由を侵すことに」なる
 「3つめの反対理由は」この決議が「天皇制に関する言論の自由を封じ込めることに繋がりかねないと危惧するからです」。
 まったくその通り。同感!異議なし!拍手!拍手!拍手!おかしなことにはおかしいと声を上げ、一歩も退かず、どうどうと反対討論を展開した東京・あきる野市議の辻よし子さんに大きな元気をもらった。

 3.多摩教組・宮澤弘道さんの「道徳教育ではなく人権教育を」という発言
 宮澤弘道さんは、道徳の教科化によって「【子どもの意見を否定してはいけない道徳】から【子どもの意見を否定しなくてはならない道徳】へとその性質を180度変えてしまった」と言われた。つまり、教科化によって、「教えるべき内容が書かれた『教科書』と『評価基準』ができてしまったため、教科書の価値と異なる反応を示した子について無視できなくなってしまった」。
 「『君の意見は間違っている!』とは言えません」ので、「○○さんはああ言っているけれど、みんなはどう思う?」と問い返すことで、多数派の意見」=「同調圧力」に「潰される場面を、私自身、多く見てきました」と言われた。ああ恐ろしい!「私は違う考えだ」ということが許されない。道徳が教科書の価値観を押しつけるものとなっている。天皇のために喜んで死ぬ価値観を植えつけた戦前の天皇制教育の「修身」への道を「道徳」は歩んでいる!
 また、「現場には、『教科書』『指導書(1時間ごとの授業の流れや教員の問いかけ、予想される子ども反応などが書かれた授業台本)』『ワークシート(プリント)』『評価文例集』の4点セットがあるから」、「道徳の本質に向き合うことさえしなければ、教員は『困らずに』道徳の授業ができてしまう」ことになっていると言われた。実際、「教科化されてからは(道徳が)教えやすくなってよかった」という教員の声を「よく聞きます」と言われた。「『教えやすい』ということは、それだけ『価値を押し付けている』ことに他ならないにも関わらず・・・」

 「では、この道徳の教科化に関し、現場はどうすればよいのか」ということで、「授業方法」として「中断読み」を提案すると言われた。
 つまり、「教科書にある読み物教材を中心とした教材では、あからさまに『権力が規定したふさわしい態度・考え方』が示される」が、「それはあくまで教材文を最後まで読んだら、ということ」なので、例えば、6年生の教材「手品師」では、「最後まで物語を見せずに『手品師はまよいに、まよっていました』までで読むのをやめて議論させる」。すると、「生活体験を元に子どもの優しさやしなやかさが発揮された面白い議論で盛り上がる」。また、「その後、続きの話を一人ひとり書いてもら」う。「教科書を使っても子どもたちの内心を操作しない指導方法として中断読みを提案したい」と言われた。
 「評価できない性質の道徳に対し」、その「評価方法」について、宮澤弘道さんの2つの提案。1つは、「通知表に道徳の評価欄を設けない」「評価欄を設けないことで、子どもや保護者に評価を示さずに済む」が、「しかし、これでは結局、公簿である指導要録に載ることに変わりがない」。それで、2つめの「提案」は、「価値を入れない評価を行う」。「具体的な文面」として、その「ポイントは『自分の考えを広げたり深めたりすることができました』の一文」を入れること。「この一文を入れることで、その子の内心を学校という権力が評価することを防ぐことができます」と言われた。

 「おわりに」ということで、宮澤弘道さんは、「道徳の教科書8社全ての教材に共通していること」は、「自己責任論が貫かれている」ことだと言われた。「道徳教育は人権教育と異なり、個人の生き方にまなざしが向く教育」だから、「どうしてもあらゆる事象が自己責任に帰結してしまう」。「例えば、戦争を扱う教材であっても、戦争そのものには触れずに、『戦火の中でも道徳的に正しく生きる市民像』を学ばせようとしています。戦争が起こらない社会をつくるのではなく、戦争が起こっても従順で全て自己責任になる社会をつくりたいからに他ならないわけですが・・・」
 そして、この教科書会社の道徳のこの教材はいいけど、これはダメとか、「私たちも教科書を作りましょう!」という考えは危ない、と言われた。道徳の「教科書を作るということは、(それがどんな内容であろうとも)『科学の否定』『権力による内心への介入』に直結してしまう」。「道徳の内容の良しあしを語るのではなく、道徳という枠組みそのものを否定してもらえたらと思います」。「そして、教科書や評価を伴ってしまう道徳という枠組みの外側で『人権教育』推進していきましょう」。道徳教育ではなく、人権教育を!と締めくくられた。
 道徳の教科化の中で、今、実際にこのように現場で実践し、道徳教育ではなく、人権教育を!と語る青年教師がいるということに大きな元気をもらった。話を聞けてよかった。日々の忙しさ、毎日の授業、子どもたちとの関わりの中で、教育とは何か?教育はどうあるべきか?考え、実践している青年教師がいるということに、元気をもらう集会となった。

 4.日本自治委員会議長の平松けんじさん(23才)の発言
 元気をもらう集会となった4つめは、『The Interschool Journal』という新聞を発行し、日本自治委員会議長の平松けんじさん(23才)の発言だった。
 平松けんじさんは、6年間通った単位制の東京都立新宿山吹高校で「新聞部顧問の教師に誘われ、入部」し、「約1ヵ月半に1回」、『YAMABUKI JOURNAL』を発行し、「毎号200〜270部ほどがはけた」という。2016年2月、第3号に「社説『ボランティアは学校主導より生徒の自主性にまかせよ』」等を掲載し、「生徒に関して絶大な権力を行使できる学校当局が、これ(ボランティア)を強制するというのは『現代の学徒動員』であり、『強制徴用』と書いた」。そしたら、「教師から削除を求められた」。それで、「抗議の意味で『指導により削除』」「※申し訳ございません」と「記事のスペースに記して発行した」。(「 」は『週刊金曜日』2019.3.22号永尾俊彦氏の記事からの引用。永尾氏の記事によると、平松さんの卒業後も、磯田航太郎さんが編集長となって、学校当局の「精神的リンチ」に負けることなく『YAMABUKI JOURNAL』は発行されている)
 7月21日のこの集会での平松けんじさんの発言、および彼が配った『The Interschool Journal』という新聞によれば、「自治委員会運動は、生徒会に代わる新しい生徒自治運動」だという。「教員の御用機関となってしまっている既存の生徒会に代わって、常に生徒側に立って、生徒の権利・自由を守り、学校生活を改善・向上させる自治活動を行っています。私たちは学校から独立した生徒自治機関として学校側との団体交渉を行い、生徒の自由と人権を守るとともに生徒自身が学校運営に参画することを目指しています」。現在、都立新宿山吹高校、都立稔ヶ丘高校、大阪市立中央高校の3校に自治委員会がつくられ、その全国連合組織として日本自治委員会があるという。
 さらに、彼は言う。「今の児童生徒は監獄に閉じこめられた囚人のようだ。・・・髪型や服装を厳しく制限され、校則で移動の自由まで奪われる。教師は権威を振りかざし恐怖で生徒を支配し、時には『体罰』と称する暴力に及ぶ。こんなメチャクチャなことが許される『学校』、私はこんな学校教育の異常な現状と全力で闘っていく所存だ」。
 そして、6月に東京都立国立高校や小山台高校等で「気温及び水温が23度未満の低温下、及び雨天下」で水泳の授業が行われ、「体調不良」の生徒が出たことについて、日本自治委員会名で都教委に抗議文と要求を提出し、「同様の事例が発生しないよう、「引き続き状況把握と学校への指導に務めていく」との「回答」を得たという。
 素晴らしい日本自治委員会の考えと活動。おかしなことにはおかしいと言い、自由と人権のために活動する平松けんじさんの溌剌としたエネルギッシュな発言に大きな元気をもらった。

 5.世取山(よとりやま)洋介さん(新潟大学准教授)の講演
 『「日の丸・君が代」と子どもの良心形成』と題する世取山さんの講演の大すじは、2012年、安倍第二次政権による教育再生実行改革の中で、教育政策を振り返り、「日の丸・君が代」強制をとらえたい。さらに、子どもの人格形成・良心形成という観点から、「日の丸・君が代」強制がどのような意味を持つのか、を考えるということだった。
 《その講演の中で、心に残ったこと》
 「教育内容改革」と称して、アクティブ・ラーニングとICTの活用が進められているが、電子黒板とアイパッドによる教育は、まさに教育の規格化・陳腐化。子どもの成長にとっては何の意味も持たない教育になってしまっている。つまり、子ども・教師の相互的関係にもとづく授業が排除され、子どもたちの発問や葛藤の中で真理に到達するというプロセス(授業)が学校教育からなくなっていってしまう。
 教師が教師であることを許さないシンボルとしての「日の丸・君が代」の強制から子どもの自律的な形成を不可能にする教育のシンボルとして、「日の丸・君が代」が強制され、政治的に利用されるものとなっている。当初から危惧をおぼえていた教師への「日の丸・君が代」強制は子どもへの強制に帰着する、ということが、今や現実のものとなっている。それゆえ、「日の丸・君が代」問題の意味を市民に広く理解してもらうには、教育とはそもそも何かということを理解してもらうことがポイントとなる。
 つまり、「教育の規格化・陳腐化」と子どもへの「日の丸・君が代」の強制は表裏一体をなしている。子どもの「欲求の自由な意見表明」を抑圧し、子ども一人一人の「人格の全面的発達」をさまたげるものとして、「日の丸・君が代」の強制が進行している。教育とはそもそも何か、どうあるべきかという観点から「日の丸・君が代」の強制の問題を語っていくことが大事だと理解した。

 世取山さんの講演に続いて、東京の学校現場で進行していること、また、根津公子さんはじめ、東京の「君が代」不起立処分者の闘いの報告。そして、私たち大阪の闘いや千葉、神奈川、愛知、福岡等の闘いの報告。そして、改憲・戦争阻止!教え子を再び戦場に送らない!広島教職員100人声明」を出して、8月5日全国教職員ヒロシマ集会への参加を呼びかける広島からの報告。さらには、東京の各市民団体からの発言等々。
 午前中から午後にかけての集会を終えた参加者は、5時から銀座・数寄屋橋に向けてデモを行った。

『ブラックボードに義』(2019年7月24日〜8月4日)
(ブラックボードとは黒板。義とは墨子が言った「人間として行うべき正しい道」。)
https://blogs.yahoo.co.jp/yamada55132


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ