2019/8/21

昭和天皇の戦争責任と平和憲法  ]平和
 ◆ 「改元」で天皇制を考える
   琉球大学名誉教授 高嶋伸欣さん講演 (週刊新社会)


 “元号と天皇制、平和憲法を考える6・13講演と討論の集い”が6月13日、東京都内で改憲NO!96条改悪反対連絡会議(共同代表=二瓶久勝・内田雅敏・山口正紀の3氏)の主催で開かれた。琉球大学名誉教授の高嶋伸欣さんが「昭和天皇の戦争責任と日本国憲法」と題して講演し、天皇の生前退位と改元の祝賀ムード批判から始まり、昭和天皇の戦争責任憲法1条と9条の関連性について語った。その要旨を紹介する。

 ◆ 敗戦の「聖断」を疑う
 改めて思っていますが、昭和天皇は重病が長引いて自重自粛ということで歌舞音曲はだめというような締め付けがされたため、あの昭和天皇というのは何だったのかを議論することがしにくい状況が続いたと思います。
 それが今回はそういう雰囲気はない。おめでとう一色、万歳と、令和万歳という雰囲気をマスコミは作りました。しかし、様々な形で問題提起されています。


 太田昌国さんは、良い天皇なら認めるのか、平成・明仁天皇がわりと昭和天皇の責任を意識して慰霊と謝罪に近いことを国内外でやったけど、それだったらいいのかという問題提起しています。
 また、明治大学の山田朗さんが昭和天皇の戦争貴任について、「開戦は仕方がなかった。戦争を終わらせるかの聖断は天皇だからできたんだ。昭和天皇だから止められたんだという作り話は事実からするとバッテンだ。説明がつきません」ということを言い続けています。

 ◆ 天皇制に由来する官報

 官報ですが、官報の番号は元号に合わせている様です。平成が終わって、新しい元号になる時には番号が1に戻るはずなのですと言われたんです。
 戦後の日本国憲法のもとでは国民主権ですから、公務員は国民への奉仕と言うことを義務付けられているのであって、天皇の臣下ではないわけですから、その公務員によって組織されている役所の政府の通知にあたる官報の号数を、天皇の時代区分に合わせた数字の打ち方にするのは、憲法に違反していないかという気がしました。

 今回の天皇の退位ですが、右翼が譲位と言って産経新聞は譲位と表現しています。安倍政権は、憲法のあくまで枠内のことだからということで、退位というふうに表現するということで法律は天皇の退位ということにしています。
 この法律が成立した一昨年の6月9日、その翌日全国紙がほぼ全文を載せたと思います。
 朝日新聞に掲載された全文の第1条の趣旨というところを見ますと、天皇陛下と、しきりに陛下という言い回しをつけています。
 これは明仁天皇の個人をさすことになるからつけたのかなという気はするのですが、でもその記事の第2条以下は、天皇という表現に止まっています。この使い分けと言うか、そういう表現を法律でいつのまにか紛れ込ませている事実を作られてしまったなという気がします。

 ◆ 教育勅語の再浮上

 そして、教育勅語を学校で教えていいのかということが国会で問題にされたとき、そのまま教えることはできないということを閣議決定でまとめるのが精一杯だと。今回の答弁書でも「勅語を我が国の教育の唯一の根本とするような指導」は「不適切」という表現で逃げています。
 これ、巧妙です。「唯一の根本とするような指導」と徹底しています。ですから、こういう理念もあるよという位置づけで教える分には許容範囲で逃げられるわけです。

 ある教科書レポートで、80年にすでに紹介されていたことなのですが、中学の歴史教科書で天智天皇の死後と表現をしていたら、天皇なんだから丁寧語を使え、没後と。明らかに書かせる徹底です。
 それに対して保守系の歴史学者からも現在の天皇ではなく、歴史上の、まして古代の天皇についてなんで敬語を使うのだという批判があがったところ、それに対して、文部省が、学校教育において天皇に対する敬愛の念を深めていくことが大切であり、我が国の歴史と伝統にかんがみ、歴代の天皇についても、このような配慮を行うことが望ましい、という説明をしたのです。
 そうしたら教育学者の山住正己さんが噛みついたのが「教育の危機」という本なのですが、「戦前の学校で、歴代天皇すべてに丁寧な表現を用い、敬愛の念をもつようにという指導が行われるようになったのは、明治維新当初からではなく、1890年の教育勅語発布以後である」と言っています。
 教育勅語で、明治天皇が絶対であるという思想を子どもたちに叩き込んだわけです。

 それ以前の歴史教科書では、文部省刊行の教科書でさえ第25代武烈天皇について、「天皇、刑律ヲ好ミ、法令厳明ナリ、諸々ノ酷刑親臨セザルハ無シ、民皆震怖ス」
 これは刑法が大好きで、法令の適用が非常に厳しくて、必ずその場に出席し、ひどい怖い天皇だ、ということを書いていて、これが通用していたのです。
 教育勅語以後、150年なるかならないかの教育政策で歪曲させた歴史を文部省自身が悪用した説明じゃないですか。これをマスコミは紹介しませんでした。

 ◆ 昭和天皇と明仁天皇

 退位した明仁天皇が皇太子の時代に、東京に駐在しているアメリカの新聞記者たちの「象徴天皇制というのは今の日本の社会に合っていると思いますか」という質問に対して、「古い時代には人々は天皇について様々な見方を持っていた」と歴史を踏まえた言い方をしています。
 「昭和天皇が神様扱いされるような、教育勅語以後の天皇絶対の位置づけは日本の歴中としては例外的な間違ったものだったと思う。それを戦後の日本国憲法が元に戻しているから、自分は日本国憲法が象徴とした、そのあり方を過去の天皇の参考にして維持するつもりだ」という答え方をした。
 これで右翼が怒ったそうです。
 その嫌がられていた明仁天皇にしても結局は、「昭和天皇がきちんと謝罪をしなかった侵略の責任を自分が身代わりで背負った。日本のやったこと、昭和天皇がやったことはそのままでは済まされないと僕も受け止めています」と表明することに30年間を費やさざるを得なかった、ということにすぎないという気がするわけです。
 それによって明仁天皇のイメージがいい方に世論調査ではなっているから、こういう天皇制ならいいんじゃないかというようなことに、我々は「それでいいんですか」と再確認せざるを得ないということです。

 ◆ 開戦発端の主権侵害

 ハワイから太平洋戦争が始まったと言われていますが、実際はマレー半島のタイの国境に近いコタバルです。
 そこに広島の第5師団の主力が、イギリスのアジアの最大の軍事拠点シンガポールを陥落させるために、12月8日午前2時15分(日本時間)、日本の分遣隊がコタバルの海岸に到着した。
 日タイ友好和親条約という名前の中立条約を結んでいたのに、タイ領に無断上陸をして主権侵犯をします。
 そこで複雑な外交交渉でアメリカが昭和天皇を戦犯にしないという方針で、タイ政府にこの国際法違反は間題にするなと押さえてしまったのです。

 ◆ 遅すぎた聖断

 沖縄で6月23日の慰霊の日が、組織的な抵抗が終わった日ということになっていますが、これは3月26日の沖縄諸島への米軍の上陸から沖縄戦が始まったとすると、3カ月近く沖縄戦は続いたわけです。
 ところが戦後になって調べてみると、実は天皇とその側近たちはこれはもう負け戦に決まったからどういう形で降伏しようかということの話し合いを始めていた。そして、それを具体的に示しているのが敗戦の年の2月14日の近衛文麿が出した上奏文だった。
 近衛文麿は「負け戦が決まったのだから、早く降伏した方がいいです。このまま負けが続くと不満が高まって犯罪が起きます。国民の間にも不満が広まって共産革命になったら天皇制は潰れます」と言ったら、天皇は「お前の状況判断は私も同じだ。ただし、降伏するにしても天皇制の存続だけは一条件として連合軍に認めてもらえる状況にならなければ天皇としては降伏できない」「局地戦でもいいからアメリカ軍に大きな打撃を与えれば、そんな一条件ぐらい受け入れたらという判断をしてくれるのではないか」と事実上、その上奏文を却下してしまいました。

 ◆ 天皇制維持に膨大な犠牲

 それが分かり沖縄・琉球放送のプロデユーサーが、「2月14日にそういう結論を出していれば、沖縄戦は避けちれたのではないか。東京大空襲も3月10日だからそれも避けられたのではないか。返事をもらうのに時間を費やし、沖縄を取られ、そこの飛行場から長距離の爆撃機で、軒並み空襲を受けて大勢の非戦闘員が犠牲に、そして広島、長崎に原爆が落とされた。ソ連も参戦、ソ連が参戦したことによって朝鮮半島も分断されたじゃないか」と言っています。

 8月10日のポツダム宣言を受け入れという決定を天皇だからできたと言うけど、遅すぎるという指摘をせざるを得ないということで、天皇が重病になっていたドキュメント番組を1988年に沖縄の民間テレビ局が作りました。そして6月25日に放送しました。
 問題提起はズバリでしたが、沖縄で右翼の抗議はなく、聖断について沖縄と本土の保守・右翼は違うということを示しています。

 ◆ 1条と9条は表裏一体

 『朝日新聞』が争点になっている1条と9条はセットだという話を強調し始めました。
 一昨年の11月20日、『朝日新聞』が第9条はマッカーサーが天皇制を残すことにしたところ、連合国の大半の国から軍国主義の復活につながるという懸念が言われたので、その心配はないという意味で「9条で戦争放棄、自衛権の放棄という条文を用意してある、という状況をつくった」のだと。

 そしてこの後、『朝日新聞』は第1条についての連載記事を5回続けるんですが、その中でも繰り返し1条と9条はセットであると。私は表裏一体の一対と言いたいです。
 こういう意味あいを9条がもっているということを含めた議論を、九条の会が集中的にやったという話を私はあまり聞かないです。こういう意味合いを持った9条ということも含めて九条の会としては改憲阻止にどう迫るのかという議論を、是非組み立てていただく必要があります。

 安倍首相が北方領土問題でつまづいているのに、教科書検定でちぐはぐなことをやっています。
 「固有の領土」という言葉を安倍政権はもう使わないのに、教科書検定では必ず「固有の領土」と言う言い回しをつけなければだめだという規定を学習指導要領に盛り込みました。
 それを盛り込んだのが当時の文科大臣の下村博文なんです。彼が憲法改正、自民党の対策本部長をやっている限りはスムーズにはいかないだろうなということも想像を察する出来事の一つではないかと思います。

『週刊新社会』(2019年8月6日、13日)


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ