2019/8/23

「東京裁判」で戦争責任を東條たちA級戦犯に転嫁した昭和天皇の「カモフラージュ」  ]平和
 ◆ <再放送情報>「Nスペ 昭和天皇の新資料発見」の再放送
   皆さま     高嶋伸欣です


 先ほど、毎年8月の「東南アジアに戦争の傷跡を訪ねる旅」から帰国しました。
 旅行中にNHK国際放送で視聴した「Nスペ 昭和天皇の新資料発見」の再放送(今夜0時20分〜)を録画して、「新資料」や同番組についての分析がなんとか間に合いそうと、ほっとしているところです。

 私の最大の注目点は昭和天皇が「ここで私の責任の事だが従来の様にカモフラージュでゆくかちゃんと実情を話すかの問題があると思う」(1951年1月24日)と語った部分です。
 「従来の」「カモフラージュ」とは、昭和天皇の戦争責任を東條たちA級戦犯たちに転嫁した「東京裁判」の政治的筋書きのことで、そのカモフラージュによって天皇制の存続と自身の延命を可能にしたことを、昭和天皇は負い目に感じていたのだと読めます。


 そしてその「カモフラージュ」をそのまま押し通すしかないと悟った昭和天皇はA級戦犯や「東京裁判」の話題に触れるのを避けるようになり、靖国神社へのA級戦犯合祀がその懸念に直結するとして怒って、以後、同神社への参拝を辞めたのだと、説明ができます。

 従って、今年も繰り返された保守派政治家の靖国参拝は、昭和天皇の「ご遺志」に反することになります。この点、昭和天皇崇敬の念が強固な理論右翼は、今後も黙って見過ごすのでしょうか。

 それにもう一つの「カモフラージュ」である終戦時の「御製」「身はいかになるとも いくさとどめけり ただたふれゆく民を思ひて」の件があります。

 ポツダム宣言受け入れの「ご聖断」は連合国からは天皇制の存続が容認されるという回答を得たからあの時点(1945年8月)で決断されたのであって、「身はいかになるとも」いかにも未定であるように装っているのは、は明白な事実歪曲・改竄です。

 同年2月14日に近衛文麿の「近衛上奏文」で降伏を進言された時には「このままの負け戦では、天皇制存続の1条件を認められた降伏は難しいので、1条件が認められるような1撃を挙げるまで待て」として、進言を却下した事実があるのです。

 その後8月までの間に、米国が戦後の米ソ対決に備えて日本を米国陣営に組込むには天皇の権威の「活用」が効果的と考え、連合国多数派の天皇制廃止・昭和天皇処罰の意見を抑えて上記1条件受け入れの方針を固めたことを知った天皇が「ご聖断」を下したという経過が現在では判明しています。

 この2月〜8月の間に、
   硫黄島の陥落、
   同島陥落による全国への空襲激化、
   東京大空襲、
   沖縄戦、
   そして広島・長崎の被ばく
 など「たふれゆく民」の被害の多くが生じていたのです。

 こうした事実があまり広く知られていないことにかこつけた御製「身はいかになるとも〜」は、あまりに身勝手な「カモフラージュ」であり、昭和天皇は最大の歴史修正・改竄者であることを今回の資料が裏付けてくれたことになります。

  *今晩の再放送ではこの「カモフラージュ」発言の部分が削除されていないか注目して視聴するつもりです。

  *とりあえず再放送情報にかこつけての高嶋の私見です。ご参考までに。

  *新資料とその関係の報道などについては、後日まとめたいと思っています。

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