2019/11/11

辺野古座り込み参加、後期高齢者奮闘記  ]平和
  たんぽぽ舎です。【TMM:No3779】
 ◆ 辺野古連続5日大行動(10/21〜10/25)に参加して
   辺野古の工事が止まった!安和桟橋で赤土輸送のトラックを阻止!

山田洋子(たんぽぽ舎ボランティア)

 10月21日の飛行機に乗り、夕刻の7時ごろ那覇に到着した。台風20号の影響を心配したが順調なフライトだった。
 夜に不慣れなレンタカーを運転することに多少の不安を抱きながらも、何とか辺野古の民宿「クッション」に辿り着くことができた。
 そこには見覚えのある顔が並んでいた。早速、私に代わってレンタカーを運転して貰えそうな人を探し始めた。
 何せ私は後期高齢者と呼ばれる年齢になり、何時アクセルとブレーキを踏み間違えるやら。人様を同乗させるわけにはいかないからだ。
 ドライバーはすぐに現れた。私にとっては初対面の方ではあったが、何度も辺野古に足を運ばれていた元教師の男性だった。


 翌10月22日は祝日で抗議行動はなく、午後に名護で「全国交流会」があった。車に5人が相乗りして会場に向かった。その中に一人経産省前で時折見かける男性がいた。
 120〜130人の参加者だったのではなかろうか。山城博冶氏は宮古での闘いの最中にあるとかで、この会場に姿はなかった。
 ドローンが捉えた大浦湾の映像やスピーチから、沖縄防衛局、政府の「それ行けドンドン」の横暴なやり口に怒りを覚えた。

 10月23日から25日までは安和桟橋に出向き、出入り口2か所を固めた。朝の5時には起き、宿舎に戻るのは夜の8時近くになってしまう。
 港内には赤土と思しき土砂が高さ4〜5mで積み上げられていた。空のトラックでも港内に入れば埋め立て工事が進むことになる。
 23日朝6時、トラックが侵入しようとした。総勢でプラカードを掲げ叫んだ!侵入阻止!確か8台のトラックが引き返していった。

 本土では肌寒い気候でも辺野古辺りは日差しが強く暑い。
 辺野古ゲート前のような大きなテントはない。折り畳みの小さなテントとビニールシートが2〜3枚敷かれているだけである
 木陰より他に日差しを遮るものはない。折り畳みの椅子もそう多くはない。夕刻になると尾てい骨に痛みを感じるようになった。

 夕刻の5時頃になると大半の人が引き上げていく。万が一の侵入に備えて夜7時過ぎまで留まれる人数は30〜40名位だったろうか?
 「あつまれ辺野古」のコアメンバーは、夜の7時以降は出入り口に駐車し、車中泊で機動隊の襲来に備えていた。
 安和港はドローンの規制区域外にあるので、トラックの動きをとらえていたようだ。

 一日に何回かは入口でプラカードを掲げ、少しばらけたゆっくりとした行進をした。機動隊が来たときに対応できるようにするためである。
 24,25日は機動隊もトラックも現れなかった。ゲート前と同じようにスピーチや歌が続いた。

 若者が何人かいた。びょろ長い、男の若者が安和桟橋と題打ってラップをやってくれた。場が沸いた。
 そして女の若者が辺野古バージョンのソーラン節踊りの指揮を2日間とってくれた。
 かなりハードな動きになる。屈身してから天を突いたり、船を漕いだり、腕で波を象ったり、腕を組んでラインダンスをするまでに及んだ。
 結構活気に溢れ楽しかったが、翌日から階段の上り降りに脚が攣(つ)る羽目に至ってしまった。


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