2019/11/13

河原井・根津裁判09年事件控訴審原告陳述書(1)  X日の丸・君が代関連ニュース
 東京高等裁判所第9民事部B1係御中
2019年11月11日
◎ 陳 述 書 要 旨

控訴人 根津公子

 既に提出しました陳述書(甲619号証)の要旨を陳述します。
 2007年3月31日に停職6月処分を受けた時点で私は、次は免職と改めて覚悟をしました。2008年の卒業式を迎えるにあたっては、生徒たちと楽しく授業をし触れ合っていても、あと何日で免職ということが頭を占め、涙がこぼれてしまうことが度々ありました。睡眠もとれず、体重も激減しました。本件不起立でも、免職に対する恐怖は同じでした。まずはこのことを知っていだきたいと思います。

 原判決は、当時の私の思いを理解していませんし、事実を見ていません。そこで、その誤りについて陳述します。
 原判決の誤りの1点目です。

 原判決は「式典の場において教員らが、各人の個人的見解は別にして国旗及び国歌として定められたものを尊重する態度を示すことにより、生徒らにも同様の態度が涵養され」る、と判示します。

 涵養とは、「水が自然にしみこむように、少しずつ養い育てること」です。現在の学校教育法に当たる戦前の「小学校教則大綱」は、「修身ハ教育ニ関スル勅語ノ旨趣ニ基キ児童ノ良心ヲ啓培シテ其徳性ヲ涵養シ人道実践ノ方法ヲ授クルヲ以テ要旨トス」と謳います。修身で「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉」ずる臣民に育つよう、「徳性を涵養」する、しみ込ませたのです。このことは、戦後教育の出発点で反省し、否定されたことであって、今行っていいはずのないことです。
 「教員らが尊重する態度を示すことにより、生徒らに同様の態度が涵養される」との判示は、学校教育法36条・中学校の教育目標である「公正な判断力を養う」ことと相反し、国家の価値観の刷り込み・調教であり、修身の復活を良しとする現政権の意向を忖度するものです。

 また、「教員らが、各人の個人的見解は別にして」との判示は、面従腹背及び忖度のすすめであり、それを子どもたちにも教えることとなり、これも教育を全否定します。
 教員がすべきは、生徒たちが自身で判断できるよう、「日の丸・君が代」の歴史や意味について、二分する考えが社会にあることも踏まえて資料を提供することです。
 私は「日の丸・君が代」の強制(1989年学習指導要領)が始まって以降定年退職をするまで、校長や学年職員に話し資料を渡したうえで、「日の丸・君が代」についての授業を行ってきました。「日の丸・君が代」について生徒たちが自身で考え判断できるよう、すなわち「涵養」とならないよう、こうした事前の授業は欠かしてはならないことだからです。

 なお、原判決は、「本件職務命令の名宛人及び内容が、上記の通り(公務員組織内部の、儀礼的所作を求める命令)である以上、本件職務命令が子どもらの学習権及び思想良心など内心を形成する自由を侵害するもの…と解することもできない。」と言います。
 職務命令の名宛人は教員ですが、名宛人である「教員ら」の行為によって、「生徒らにも同様の態度が涵養され(る)」、このことが問題なのです。
 10・23通達発出直後の実施に向けた指導の中で、近藤精一指導部長(当時)は、「卒業式や入学式について,まず形から入り,形に心を入れればよい。形式的であっても,立てば一歩前進である。」と言いました。
 それは教育行為ではなく、原判決がいう、「同様の態度の涵養」です。
 公の場での名宛人の行為が、生徒たちに考えるという行為を捨象させ、同じ行為をさせてしまうことを私は問題にしてきたのです。

 都教委は2年前からは、「生徒が一人でも起立をしていない場合は、その生徒を起立させてから『開式の辞』を言うこと」との通知を都立高校に出しています。
 原判決は「本件職務命令の名宛人」は生徒ではない旨を判示しますが、この判示は現実を見ていません。現実は、生徒にも起立を強制し、内心を形成する自由を侵害しているのです。公の場であることがその効果を増幅させます。
 だからこそ、私は起立を求める職務命令に従うことができませんでした。公教育を担う教員として、一同に会する公の場で、たとえ免職にされても、職務命令に従ってはならないと思ったのです。

 教員が起立の職務命令を拒否することについて、江藤意見書はこう指摘します。
 「彼らは、決して自己の思想良心の自由の『私的』な側面だけから、起立斉唱命令を拒否しているわけではない。むしろ、国家が日の丸・君が代をめぐり『公共』の場で強制することそれ自体に反対しているのである。」と。
 私の不起立は、まさにこの指摘のとおりです。

 江藤意見書はさらに、君が代ピアノ伴奏事件最高裁判決における藤田宙靖反対意見を踏まえて、
 「『真の問題』は『公的機関が、参加者にその意思に反してでも、一律に強制すること』が許されるかどうかにある。そう藤田反対意見が述べるとき、そこには教職員らの歴史観・世界観に対する制約の是非とは次元を異にする問いが主題化されている。それはすなわち、公的機関が参加者に対し、君が代斉唱をめぐり一律に行動すべく強制することの是非である。問題は、教職員らの思想良心を理由に起立斉唱を『免除』するかどうかではない。国家が国旗・国歌をめぐり強制力を行使する『一般的』な権力を有するかどうかが問題なのである。」と指摘します。
 私はこの点を審理していただきたいと強く思います。

 なお、江藤准教授は、職務命令が求める「君が代」起立斉唱行為について2019年5月5日付け朝日新聞紙上で「面従腹背のすすめ」と読み解きます。
 「腹では従わなくてもいいけれど、面構えだけはみんなと同じにしなさい、ということ」であり、「君が代を押しつける権力者の真の動機は、右を向けと言ったときに右を向く従順なしもべをつくり、左を向く『非国民』をあぶりだすことにある」と。
 私もまったくそう思います。冒頭でも言いましたが、「真理と正義を希求する」べき学校教育が子どもたちに面従腹背、忖度することを教えるなどということはあってはならないことです。

 誤りの2点目。原判決は、「国会が制定した法律により国旗・国歌として定められた以上、…国旗の掲揚や国歌の斉唱を通じて、これらを尊重する態度を育てるという…学習指導要領の考え方が、誤った知識や一方的な観念を生徒に植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなものと評価することはできない」と言います。
 この判断基準は国家権力のすることに過ちはないという前提に立ったものですが、この基準がそもそも誤りです。国家権力が権力維持のために過ちを犯したことは、古今東西、いくらでもあります。戦前の日本のアジア侵略は軍部だけが暴走したのではなく、天皇と国会、すなわち国家権力が国会が制定した憲法や法に基づいて決め実行したことでした。
 現政権は「戦争のできる普通の国」を目指して、集団的自衛権行使を容認する安保関連法を強行成立させ、憲法まで変えようと企んでいます。安保関連法審議の国会(2015年6月4日)で自民党が推薦した長谷部恭男早大教授までもが「安保関連法は憲法違反」と言い切ったことは、記憶に新しいところです。
 ですから、国会が制定したからといって、自動的に合憲とはなりません。
 国家権力が誤った方向に進むとき、学校教育が国家の考えを教え込む場となったのはわずか70〜80年前に起きたことです。今また、「戦争のできる普通の国」を目指す政治が進行しているのですから、裁判官の皆さまには、その事実を踏まえ、教員処分を背景にして「日の丸・君が代」の尊重を子どもたちに刷り込むことの是非を審理していただきたいです。

 ところで、天皇の退位・即位に関して文科省は、4月に2件の通知を各都道府県教委等に出しました。9月20日には「即位礼正殿の儀」を前に再度の通知を出しました。
 4月2日付「通知」は、「祝意奉表」のために5月1日に「日の丸」旗の掲揚を求めました。
 さらに4月22日付「通知」は、「各学校においては、・・・国民こぞって祝意を表する意義について、児童生徒に理解させるようにすることが適当」だとして校長に「配慮」を求めました。
 「国民こぞって」とは、もはや戦前と同じです。子どもたちに「祝意奉表」を理解させるということは、天皇(制)に対する批判的視点には目を向けさせず、「天皇陛下」等の最上位の敬称に示される天皇観・国家の価値観の刷り込みを、学校教育を通して行ったということです。また、それは、憲法を遵守すべき政府が、憲法が保障する「思想・良心の自由」を子どもたちから奪ったということです。

 私が住む八王子市では、4月23日に天皇夫妻(当時)が退位の報告に武蔵野陵に来た際、天皇を乗せた車が通る沿道の3校(八王子第二小、横山第二小、浅川小)の児童が「奉迎」に立たされ、「日の丸」の小旗を振らされました。
 そのうちの1校である八王子第二小の土屋栄治校長は、私が「なぜ、子どもたちを沿道に立たせたのか。市教委は『立たせたのは学校の判断だ。市教委はあくまでも何時にどこを通るという情報を提供しただけ』と言っているが。」と質問したことに対し、「市教委からメール(市教委のいう『情報』)が来る前に斉藤指導担当部長から『ぜひ学校で対応してもらえないか』と言われた。『対応』という言葉を使い、『しなさい』とは言わない。忖度しなさいということだ。」と答えました。
 土屋校長は市教委の意向を忖度して子どもたちを沿道に立たせ小旗を振らせたというのです。土屋校長がもしも本当に子どもたちを沿道に立たせ「天皇奉迎」をすることに教育的意義を感じていたならば、私の質問にこうした回答はせずに、教育的意義を語ったはずです。
 忖度の連鎖の中、このままいくと学校教育のなかで「天皇陛下万歳」と唱えさせることも起きてしまうのではないかと危惧します。
 1941年の開戦も、突然開戦となったのではありません。大東亜共栄圏を建設する「正しい戦争」であることを学校教育で刷り込み、「戦争反対」が言えなくなった社会にしたうえでの開戦でした。
 その時代と安倍政権下の今の政治は酷似しているので、子どもたちが再び戦場に送り込まれるのではないかと本当に心配です。

 学校教育において、天皇奉迎に子どもたちを動員する行為は、平成への代替わりではなかったことです。「日の丸・君が代」を学校教育で強制してきたことが、このような事態を招いたと私は思います。今日のこの事態から見ても、「日の丸・君が代」の強制と「君が代」不起立処分がいかに政治的かは明らかです

 次に、原判決がトレーナー着用及び「過去の処分歴」を「停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的事情」としたことについて述べます。
 私の2007年停職6月処分を取り消した控訴審判決は、「過去の処分歴」等について、「懲戒処分や文書訓告となった控訴人根津の行為は、既に停職期間3月とする前回根津停職処分において考慮されている」として同一の「具体的事情」の使いまわしを実質禁じました
 一方、原判決は「平成19年3月30日付け停職6月の処分が取り消されていること等を考慮しても、…停職期間(6月)の点を含めて停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的事情があったものと認めることができる。」としました。しかし、「考慮」した形跡は一言もありません。
 2007年事件控訴審判決及び最高裁決定は最新の判例なのに、それが反故にされたことに私は納得できません。

 2008年事件当時に在職した南大沢学園養護学校では、担当した生徒の指導に際し、1日に何度かの着替えが必要で、私は手持ちのレーナーを着用していただけのことです。
 地裁段階から私はトレーナーについて、「以前から着用していたもので、着用を問題にした校長は南大沢学園校長のみ」と事実を主張してきたところ、地裁審理の終わり頃、都教委は立川二中福田校長の陳述書を出してきました。事実に反した陳述書でした。
 そこで私は、当時の生徒5人に陳述書を書いてもらい提出しました。着用したのは1回ではなく、しばしばであったこと、そして校長が着用を禁止することはなかったことを立証するためでした。

 尋問で、控訴人側の代理人が生徒たち5人の名前を挙げると、福田校長は3人については「覚えていますよ。」と言いました。代理人が、その3人の一人ひとりの名前を挙げて「この生徒が嘘をつくと思うか」と聞いたことに、福田校長は「嘘だ」とは言いませんでした
 生徒たちが書いてくれた陳述書について、福田校長が否定しなかったのは、校長が「注意」したのは1回だけで、根津はその後も着用を続けたが、校長は着用が法的に問題にできるものではないことを認識していたということです。本当にトレーナー着用を校長が見ていなかったのならば、生徒たちの陳述書を否定し、「私は見ていない」と証言したはずです。

 2008年事件控訴審判決は、生徒たちの陳述書及び陳述書についての校長証言には全く触れずに、「福田校長から口頭で注意を受けていたのであるから、控訴人根津が、南大沢学園養護学校に勤務する以前、本件トレーナー等を着用したことについて注意をする校長や副校長はいなかったとの主張は、前提を欠く。」の一言でした。
 「前提を欠く」を拡大解釈して、トレーナー着用は職務命令A違反であり「当該処分を選択してよい具体的事情」であるとしたのです。トレーナー着用について初めに結論ありきの、全く事実を見ない判決でした。
 この判決を事実・真実だとして本件控訴審で使うのはやめ、私が指摘した点について十分審理してください。

 原判決は、異動の件に続けて、「あきる野学園校長に対して、人事評価の書き換え等に関する違法不当な指示命令をしていたことを認めるに足りる証拠はない。」と判示しました。
 私は陳述書とともに、あきる野学園の池田校長が私に話してくれた録音のデータとその反訳を証拠として提出しましたが、原判決は、池田校長の音声をも「認めるに足りる証拠」ではないとしたということです。
 池田校長の音声は都教委には判断できます。当審では、少なくとも池田校長の音声を鑑定してください。今からでも、こちらが要求した池田校長の証人尋問をしていただきたく切望します。
 そうすれば、原判決が事実を捻じ曲げたうえで「停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的事情」を作り出したことが明白になると思います。

 損害賠償請求については時間の関係で一言だけ申します。退職までの7年間、生徒を前に「君が代」起立をすることは私には到底できないことでしたし、起立をしないことで次は免職かと脅え続けました。この精神的苦痛を裁判官の皆さまには、どうぞ、想像力を働かせて汲み取っていただきたいと思います。

 2008年事件について上告していたところ、上告棄却・不受理の決定が10月31日付けで届きました。
 最高裁の記録到着通知が9月12日でしたから、わずか1ヶ月半での決定です。実質、何の審理もしていないということにほかなりません。この決定を出した第一小法廷を私は断じて許さず弾劾します。
以上



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