2019/12/1

安倍を倒そう!(553)<『画家たちの戦争責任』(北村小夜著)(2)>  X日の丸・君が代関連ニュース
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 ▲ 【1,戦争画のゆくえ〜隠されたままの戦争責任】の冒頭、北村さんは次のように述べている。
 明治以来の日本の美術史の中で1941〜45年の間は空白とされてきた。
 が、実は空白どころではなく、絵画は、国家の手厚い庇護と統制のもとに置かれ、画家たちは国家公認のピラミッドの頂点をめざして抗争を繰り返しながら、おびただしい数の戦争画を画いた時期である。
 戦争画展が開かれ、それまで美術館などに行ったことのないような人々が大勢訪れ鑑賞した。
 そして具体例を二つほど紹介しているが、その一つに以下のようなものもあった。
 東京大空襲でひと月遅れの開幕となった1945年4月の陸軍美術展も、ふたを開けてみれば


 「連日の空襲下にも不拘(かかわらず)〔4月11日から30日の〕短時日間よく三万数千の観覧者を吸収して異常なる成功を収めた」という。
 これらの戦争画は、敗戦後代表作153点がアメリカ軍によって接収された
 そうした中での藤田嗣治について、北村さんは次のように述べている。
 藤田は戦争画によってプロパガンダを超えて会心の作を世に出し、美術界を支配した。
 さらには敗戦後は軍属としてアメリカ軍の戦争画収集にも率先協力した藤田は、マスコミからの戦犯画家第一号として追及されていた。
 さらに、日本美術協会からも「戦犯指名」を突き付けられて憤り失望し、追及を逃れるようにホテルや知人宅などを転々としていたが、画家の戦争責任論争に深くかかわることなく1949年3月出国した。
 その後(1967年)、写真家・中川市郎がアメリカにあった日本の戦争画153点を見つけ、1970年にはアメリカは「永久貸与」という形で返還してきたが、それらはそっくり近代美術館に収蔵された。

 2006年3〜5月には近代美術館で「生誕120年藤田嗣治展」が開かれたが彼の戦争画は「アッツ島玉砕」など5点のみだった。
 2015年9〜12月にリニューアルした近代美術館で、藤田嗣治全所蔵作品の展示が行われた。
 大作全作品25点中、戦争画14点が一挙に展示された。

 北村さんは、それら14点(「アッツ島玉砕」を含む)に詳しい説明をつけて紹介している。
 そして、会場の一隅のガラスケースに展示していた「戦争画製作の要点 藤田嗣治」という論文を資料(『美術』昭和19年5月号から収録)として紹介している。
 これこそ藤田の意図をはっきりと述べたものだった。
 以下に、その中のいくつかの言葉を抜粋する。
 藤田は冒頭次のように述べている。
 前線は勿論銃後一億国民が戦闘配置について、米英撃滅戦いよいよ愈々苛烈な決戦のこの秋に際し、美術界も亦憤然として未だ前例なき戦争展を開催し得た事は、実に大御稜威(おおみいつ:天皇や神などの威光)の御光の御賜と感謝する次第であり、更に我々はこの大戦争を記録画として後世に遺すべき使命と、国民総蹶起(そうけっき)の戦争完遂の士気昂揚に、粉骨砕身の努力を以て御奉公しなければならぬ。
 そして次のようなことを述べている。
 戦争画を画く第一の要件は、作家そのものに忠誠の精神が漲(みなぎ)って居らなくてはならぬ。・・・・・・・国民を鞭(むちう)ち、国民を奮起させる絵画又は彫刻でなくてはならぬ。・・・この大東亜戦争は日本絵画史に於て見ざる一大革命を呼び起して、天平時代、奈良時代又は桃山時代を代表する様な昭和時代の一大絵画の様式を創造した。」

 「現下の戦争画は全く苛烈なる凄い相を描写し、又は皇軍が窮地に陥ったり或いは悪戦苦闘の状況をも絵画に写して、猶(なお)皇軍の神々しき姿を画き現わさねばならぬ。」

 「戦争画は全く別個のもので、私は戦争画自分の今迄習得した技巧とか、又は普通画いて居た以上、より更に総ての自分の創案を加へて、全く新しい工夫を其処(そこ)に創造するのが本当だと思う。」
 そして、藤田は最後に以下のように結んでいる。
 ありと凡(あら)ゆる画題の綜合したものが戦争画である
 風景も人物も静物も、総てが混然として其処に雰囲気を起こす。
 今日我々が最も努力し甲斐のあるこの絵画の何問題を、この戦争のお陰によって勉強し得、更にその画が戦争の戦意昂揚のお役にも立ち、後世にも保存せられるという事を思ったならば、我々今日の画家程幸福なものはなく、誇りを感ずると共に、その責任の重さはひしひしと我等を搏(う)つものである
 北村さんは、2018年7月31日から10月8日まで東京都美術館で開かれた「歿後50年 藤田嗣治展」についても言及している。
 そして、開設や新聞評などでは、的外れなことを言っているようだとして、次のように結んでいる。
どんな時代に誰に向けて描かれたのか、それなしに戦争画は語れない。
 次回は、【2、そのころの子どもは、親より教師より熱心に戦争をした】の紹介です。

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  【僕、国歌歌わないもん】(石原慎太郎)
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  東京五輪に 【国旗も国歌も必要ない】(ビートたけし)
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