2020/1/17

変形労働時間制「現場に入れる自治体どこもない」闘いを  ]Vこども危機
  《【労働情報】特集・教員「1年変形」の危険性》
 ◆ 対象範囲、期間等は「条例」で
   損なわれる労使協議原則

藤川伸治(NPO法人教育の杜理事長)

 公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)の一部改正案が閣議決定されました。給特法は、悪名高き「やりがい搾取」を法律上認めているものです。

 労基法37条(時間外等の割増賃金)を適用除外し、時間外勤務手当を払わない。その代わり基本給の4%を給与の一部として支給する制度は高度プロフェッショナル制度の先駆けです。
 高プロは年収1075万円以上が要件ですが教員の年収は平均600万円ちょっとです。教員は出退勤、とくに出勤は厳しく管理されていますから、働き方に裁量があるわけでもない。高プロ以上にひどい内容です。


 今回、給特法が「公立の義務教育諸学校等における働き方改革」を推進するため、教育職員について1年単位の変形労働時間制(以下、1年変形)を条例により実施できるようにすると改悪されようとしています。

 ◆ 条例で決めることの問題

 民間では、1年変形導入には労使協定が必要です。公務職場でも現業では労働協約締結権を持っています。
 しかし非現業地方公務員は書面による労使協定は締結できないことになっています。今回の改正案では、それを条例でできるようにしようとしています。

 文科省が作成した法律案の概要には、「一年単位の変形労働時間制の適用(休日のまとめ取り等」と題し、「夏休み等児童生徒の長期休業期間の教師の業務の時間は、学期中よりも短くなる傾向」と書かれています。しかし文科省にエビデンスはありません

 文科省はエビデンスもないまま「かつて行われていた夏休み中の休日のまとめ取りのように集中して休日を確保すること等が可能となるよう・・・地方公共団体の判断により、一年単位の変形労働時間制の適用を可能とする」とし、民間では労使協定で定める事項(対象となる労働者の範囲、対象期間、労働日ごとの労働時聞等)を「勤務条件条例主義を踏まえ、条例により定める」としています。
 勤務条件条例主義は労働基本権制約の下で公務労働者から労働者性を奪ってきた最たる要因です。それを理由にして今回、教員についてのみ「1年変形」を入れるということです。

 私は組合がどのような方針なのかについて関わり合いはありませんが、基本権制約下においてこれはどういう位置づけになるかを整理することがまずベースだと考えています。
 なぜ労使協定がなければ1年単位の変形労働時間制を導入できないかというと、それだけ労働者に与える影響が大きいからです。だから過半数労働組合か、それがない場合は過半数代表による労使協定と労基署への届け出が必要で、そのことによって罰則を免除する。その手続きなしに導入するというのですから労働者の権利を侵害する話です。
 「夏休みを休める、休めない」という問題以上に、導入を認めれば教育労働者から労働者性を奪うことになる。それが一番怖いのです。労働者性を奪うような政権の攻撃に対して労働組合がどういう立ち位置をとるかは極めて重要です。

 ◆ 奪われた労働者性

 給特法は、緊急非常のやむを得ない場合に、職員会議とか生活指導とかに従事した場合などの4業務に限り校長は超過勤務命令を発することができるとしています。
 現在、それに類する時間は一ヵ月7分程度しかありません。約8割の教員が過労死ライン80時間(月の残業)を超えて働いていることが連合総研の調査で明らかになりました。そのほとんどは自らが好きでやっている「自発的行為」と整理され、対価は一銭も払われていません。
 教員は、労働には対価が発生するという当たり前の価値観を喪失しています。そのような労働者は羊のごとく、あるいは馬車馬のごとく働くことにあきらめてしまいます。

 2020年から小学校でプログラミング教育が始まるとか、小学校高学年で英語を、とか教える内容はどんどん増えています。
 これらの内容は、元をたどるとソフトウェア会社など民間から言われて始めたことです。膨大な利権がそこにある。新自由主義下の教育では、現場の教員が文句を言うと困るので物言わぬ従順な教員を育てようとするのです。

 「教員が聖職者か労働者か」をめぐって日本共産党との間で論争がありました。日教組「聖職でも労働者でもなく、教育の専門職だ」というあいまいな決着をしましたが、現実は明らかに「聖職」です。働いているという意識がないわけですから。
 午後5時に帰る先生を見て子どもたちが「何であの先生5時に帰ってるの。ほかの先生もっと働いてるじゃない」とつぶやく。教員が先頭に立って、子どもたちに「勤務時間を過ぎて働くことはすばらしい」と刷り込んでいく。就職した先にたまたま労働組合があればその価値観は転換しえますが。

 教育労働者が労働者性を持つということは、権力にとっては困ったことです。だから徹底的に労働者性を排除していく。
 「1年変形」を人れると決めたのは自民党です。中教審という政治から独立した機関があるにもかかわらず、自民党主導で結論が出ました。
 中教審では昨秋議論が始まったんですが、一人だけ入っていた労働法学者は、「1年変形」には労使協定が必要だと言いませんでした。恐ろしいと思いました。
 労働条件は労使で決めるという、菅野(和夫)先生の本にも最初に出てくる労働法の基礎のキを言わずにオーソライズする、さすがあっぱれなやり方でした。

 そして「夏休みに休めるようにしたら」などともっともらしいことを言う。
 日教組は「教員=専門職」論を採ったと述べましたが、本来の専門職とは、使用者から独立し、専門的知見から見解を述べ仕事を遂行し、専門性を高めるための政策実現のために交渉協議をする機能を持ちます。弁護士会や医師会がその例です。
 今回教職員組合は、たとえば「1年変形」についてどの程度まで文科省と交渉することができたのでしょうか。
 給特法は、日教組の長い歴史の中で初めて労使交渉によって入った法律です。それを変えるときには、相当高いレベルで交渉するのは当たり前だと思うんです。仮に交渉なしに一方的に決めたとしたら、憂うべき事態だなと思います。

 「1年変形」を入れると「見かけ上の残業時間」が減少します。繁忙期には「定時」が延びます。最長1日10時間まで。
 そうすると残業が見かけ上減りますが、労働時間は減らない
 変形を入れると、労働時間が同じでも残業時間が減る。現場は長時間労働に苦しんでいるのに、政権側は「働き方改革成功」のプロパガンダに使うでしょう。
 見かけ上の残業時間が減ると、これまで認められた過労死も過労死と認められなくなるかもしれません。

 ◆ 「特殊な身分」の意味

 1945年12月にまとめられた教員身分法案要綱案に「教員の特殊な身分に鑑み」とあります。今回の給特法改正の根幹にも、これがあります。
 「大日本帝国憲法下の教育の反省から、権力から独立した特殊な身分に教員を置こうとした」とこれを読む学者もいますが、私はそうは思いません。
 明治時代、小中高の教員は「天皇の官吏」とされました。「特殊な身分」は、そのこととの連続性にあると私は思います。
 要綱案には労基法、労組法、労働関係調整法の適用除外も記されています。
 残業代も出ない、労働基本権が制限される、これが教員の特殊性なんです。
 一般の公務労働者とも違うカテゴリーの中に教員を置き続けてきた延長線に、今回の「1年変形」があると考えます。
 1日の定時が10時間になるわけですから、育児や介護を抱える教員は肩身が狭くなって辞めていくでしょう。志望者もさらに減っていくでしょう。

 今回の改正のもう一つの柱、「業務量の適切な管理等に関する指針の策定」(給特法7条関係)はどうでしょうか。
 民間の場合には、36協定への労働者の同意、残業等への割増賃金、特別協定の上限を超えた際の罰則という歯止めがありますが、教員には3つの歯止めがーつもありません。
 だから、指針を作っても効果がない。「月45時間までは残業させていいよ」となり、うまくいって45時間に張りつくことになるでしょう。

 ◆ 現場に入れさせない闘い

 連合は「1年変形」導人の際の条件を具体的に提示していますが(「学校の働き方改革に対する当面の対応について」)、私は、「法律は通ったが入れる自治体はどこにもない」という様を作ることがめざすべき闘いのスタイルではないかと思います。
 教員の長時間労働を減らすには、民間並みに月の残業上限を45時間とし業務を減らしていく。
 同時に、次の学習指導要領で教科時数も部活も含めて減らすといった合わせ技が必要になります。

 労働時間が減ってくれば残業代支払いに要する財源も減りますから、本来的な給特法見直しを議論する条件も整っていくでしょう。これは大きな運動になりえます。
 現場にプラスになることはなく、「教育新聞」によると教員の9割は反対しています。自民党が仕掛けたことが現場には受け入れられなかったとなれば彼らの敗北です。「断固反対」で北から南まで47都道府県と政令市で闘いが組めれば教育労働者の労働者性の回復も今後展望できるのではないでしょうか。教職員の長時間労働解消は「10年勝負」なのです。

『労働情報 NO.988』(2019.12)



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