2020/1/25

日本の若者、受動的で「無力な」自己イメージ、『目標や夢を持たない』『日々をどう無難に生きられるか』  ]Vこども危機
 ◆ 「国や社会に対する意識」18歳調査。
   日本と世界の回答に驚異的乖離
(フォーブズジャパン)
文・構成=石井 節子


 民法改正を受けて、2022年4月には成人年齢が18歳に引き下げられる。そんな中、日本財団が2019年9月下旬?10月上旬に「18歳意識調査」を実施した。
 インド、インドネシア、韓国、ベトナム、中国、イギリス、アメリカ、ドイツ、そして日本の17〜19歳、各1000人を対象に、「国や社会に対する意識」を聞いたものだ。
 結果は、たとえば「将来の夢を持っている」について、他国が「すべて80%以上」のなかで日本は60.1%「自分で国や社会を変えられると思う」も他国に比して突出して低い18.3%(アメリカ 65.7%)というものだった。


 また「自分の国の将来は良くなる」と答えたのはわずか9.6%(中国 96.2%)など、驚くべき数字となった。

 なぜなのか。ロングセラー『「普通がいい」という病?「自分を取りもどす」』や『仕事なんか生きがいにするな:生きる意味を再び考える』などの著書で知られ、独自の療法で多くの患者の再生を助けてきた精神科医の泉谷閑示氏に、その理由を訊いた。

 人間も、かつては空腹につき動かされ、食糧を求めて行動していたが、物質的にある程度満足し、「絶対的な欠乏から解放された」ことでその行動原理は変わったとする泉谷氏は、この「ハングリー・モチベーション」時代の終焉と「18歳意識調査」の相関をどう読み解いたのだろうか。

 今回の調査の結果で、「自分を大人」「責任ある社会の一員」と考えている日本の若者は約30〜40%と、他国の3分の1から半数近くにとどまり、
 「将来の夢を持っている」「国に解決したい社会課題がある」との回答も、他国に比べ30%近く低い数字となっている。
 さらに「自分で国や社会を変えられると思う」は5人に1人、日本以外ではもっとも低い韓国と比べても半数以下であった。
 また国の将来については「良くなる」の回答率9.6%は9カ国中最低、トップの中国(96.2%)の実に10分の1だ。
 逆に「悪くなる」の約38%は9カ国中トップだった。

 ちなみに、各国のサンプル抽出方法について、日本財団に問い合わせたところ、日本国内はインターネットパネルに登録している17歳〜19歳から1000名を集めたとのこと。また海外の8カ国については、同じインターネットパネル会社から提携関係にある各国のインターネットリサーチ事業者に依頼をかけ、各国1000名ずつ集めたとの回答であった。

 泉谷氏は著書のなかで、時代が「不自由」から「自由」を目指すこと、つまりマイナスからゼロに近付くことが最優先課題だったフェイズを終えて、「ゼロからプラスに向かう」場合には、「必死で追い求めてきたはずの『自由』が『厄介な困難』として立ちはだかる場合がある」と書いている。そんな泉谷氏は、今回の調査結果をどう見るのか。

 まず、「自分を大人と思う」の数字の低さを見たファーストインプレッションについて泉谷氏は、「やっぱりそうだったか、と思いました。これは『自分で国や社会を変えられると思う』の低さとも密接にリンクしているだろうと思います」と話す。

 「一方で、大変意識の高い若い人たちもいるので、かなりはっきりと二極化しているのも事実」と前置きしたうえで、こうも言う。
 「自分を大人だなんてとても言えないし、『責任』という言葉にも今ひとつ実感がわかないし、できればそんなものは避けたい。ましてや、社会を変えるなんて思ったこともないというのが、彼らの正直なところでしょう。彼らの受動的で『無力な』自己イメージがここに透けて見えてくる気もします。ただし、国の将来に対する悲観的なイメージについては、今の日本の現状を見た場合、私から見ても必ずしも楽観できるような流れでもないと思うので、若者たちの認識はこの点においては、むしろ『真っ当』であると言えるかも知れません」

 夢を持っている人がきわめて少ないのも、それは彼らは国が「急速な右肩上がりの成長のピークを過ぎた」状態であることを敏感に感じ取り、従来のような成功神話を目指すメンタルセットは持ちにくく、むしろ個々人として「日々をどう無難に生きられるか」が主たる関心事になってきている表れではないかと指摘する。

 このような虚無的で近視眼的な傾向は、調査対象の年齢をもう10年、20年上げても似たような結果になるのではないかと、泉谷氏は推測する。実は、就職難を経験したロストジェネレーション(1970年〜1982年頃生まれ)のあたりから、すでにこういうトーンはじわじわと生じ始めていた印象があるというのである。

 「つまり、今から25年前あたりまでの若者世代の意識は、この調査結果とかなり似通ったものではないかと思われるのですが、いわゆるバブル世代(1988年?1992年あたりに就職した世代)のあたりまで遡って調査すれば、そこで初めて違う結果が出てくるのかも知れません」

 ◆ 「がむしゃらに突き進んでも」結果が……

 「今日がなんとか楽しければいい」という意識が強く、今立っている地面、あるいはせめて半歩前は見るにしても、遠い先の未来のことはあまり考えないという今回のアンケート結果。
 そこには「さとり世代」とか「ゆとり世代」(1980年代半ば以降生まれで、2002〜2010年の「ゆとり教育」を受けた世代)あたりから生じてきたといわれる「夢なんて持っても.....」というムードがやはり如実に現れている。

 「前から言われていることですが、車や家を所有することや、偉くなることへの執着が薄い若者が増えてきています。それは、『がむしゃらに突き進む』親世代を見ても、それがあまりかっこよく見えないうえに、そこまでやってきたのにあまり幸せそうじゃないな、という醒めた見方が彼らにはある。だから、将来の夢や目標に向かって前向きなベクトルを出して行動する、という考え方そのものに、今ひとつなじめなさや乗りきれなさを感じているのではないでしょうか」

 だが人間というものは、ある程度満たされてくるに従って、所有や成功、権力などへの執着が徐々に弱まってくるもので、この調査結果に表れているような「醒めた」メンタリティも、人類としての「一種の成熟」と言える側面もあるのではないかと泉谷氏は言う。

 「先の目標に向かって突き進むことをかっこいいと思わない、そんな美意識が醸成されている時代ですが、この一見『刹那的』とも取れる態度も、裏返せば天下国家を論ずるよりもまずは地道に足元を固めて『今、ここを生きる』という考え方になる。つまり、そこにもそれなりの意味はあるのかもしれません。
 よく混同されていますが、生きる『意味』を求めることは『意義』を追い求めることとは違います。『有意義』は『何らかの価値を生む』ことですが、『意味』は自分にとっての、あくまでも主観的で感覚的な満足によって決まるもの
 彼らは、何かや誰かのために『有意義なことをする』というスローガンにしっくりこないものを感じはじめ、あくまでも自らが意味があると実感できることの方を重視するように変わってきている。
 「頭」の分別で「意義」ばかり追い求める生き方から、「心=身体」の声を大切にする生き方にシフトすること。つまり、「意義」の追求が至上命題だった旧来の価値観から自由になること。調査結果に表れた若い人のメンタリティの変化は、それを無意識的に反映したものと見ることができるでしょう」

 ◆ 「ハングリーモチベーションの季節」の終わり

 泉谷氏は著書『仕事なんか生きがいにするな』で、「ハングリーモチベーションの時代は終わった」と書いている。

 「いつの間にか物質的・経済的な満足がある種の飽和点に達してしまい、それ(が)もはや私たちに『生きる意味』を与えることができなくなってきた」代わりに、「人間ならではのモチベーションが求められる時代」が到来しているというのだ。

 「目標や夢を持って生きるというのは、いわゆるハングリーモチベーションの考え方。それがピンとこなくなってきた世代が下からじわじわ上がってきていますから、現状では18歳どころか30代前半くらいまでが、『目標や夢を持たない』感じになってきているのでは、と思いますね。しかし、彼らがこれまでとは違った形で、真に人間的な理想をどのように見出していくのか、それを古い世代は見守っていく必要があると思います」

 まだまだ発展したいという気概や願望がある国、中国、インドとの大きな違いが出ているのは、日本が新たなフェーズに入ってきている表れではないかと泉谷氏は語る。
 ──空腹をおぼえなくなった若者たちが、今直面しているのは「自由であるがゆえの虚しさ」という新たな困難。彼らはそこに、彼ららしく、「意義」ならぬ「意味」をどう見出していけるのだろうか。
 また、われわれ大人たちは、いかにして「ハングリーモチベーション」の価値観から脱し、どんな形で彼らと「意味」を共有し歩んでいけるのだろうか。

『フォーブズジャパン』(2020/01/13)
https://forbesjapan.com/articles/detail/31701?internal=top_firstview_05


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