2020/5/27

はえ叩きで叩き潰したい「責任者」  ]平和
 ◆ 「責任」の責任 (東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)

 六ケ所村(青森県)の木村きそさんは、県知事がテレビに出てくるとハエ叩(たた)きで画面を叩いていた。
 半世紀前、失敗に終わった「むつ小川原巨大開発」。反対運動のひとこまである。土地を奪われ犠牲になった農民は多い。
 いま、首相がテレビにでるとチャンネルを切り替える、というひとたちがいる。こちらの方が平和的、というべきか。

 演技的なちいさなマスクをかけ、目に力のない、窮屈そうな表情をみるだけめいで、気が滅入る。
 嘘(うそ)つき呼ばわりされてきたが、理解力がたりなかったからのようで、近づいてくる人間には小学校の土地を安くわけてやったり、「腹心の友」には大学を創らせたり。


 外国へ行っては使いもしない戦闘機を大量に買ってくる。諫(いさ)める側近がいないがための国民の不幸

 と考えたりしていたが今回の黒川検事長の定年延長は「法務省が提案した」と言い逃れ、本人の賭博行為が暴露されても最も軽い訓告処分にしたのは自分ではない「法務省だ」と言い張ったり。
 それでも、「最終的には首相として当然責任がある」というのだが「最終的に」「当然」の言葉をはさんで緩衝剤にする。

 これまでなんどもセキニンガアルと言った。
 が無責任のままに終わった。
 昔の責任は自裁、ハラキリだったが野蛮にすぎる。
 いまは「受任」を辞める「辞任」である。
 それが人間的な良心というものだ。(ルポライター)

『東京新聞』(2020年1月1日【本音のコラム】)


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