2020/5/27

瓢箪通信「朝日に送った意見/9月入学」  ]Vこども危機
  『朝日5/25号』の記事
 ◆ 「9月入学、どう思う」を読んでの意見
   T.T.0574(ひょうたん島研究会)


 教育欄担当者さんへ。
 今日5/25(月)早朝、本日の『朝日』社会面の記事「9月入学、私は思う/保護者『未就学児で調整するのはやめて』」を読みました。記事の最後に「『9月入学』についてご意見をお寄せください」とあるので、意見を送ります。
 なおぼく、長いこと高校教員をやっていたので、「高校」をイメージしての意見です。

 @全然本質的な話じゃないけど、記事中の「高校で学ぶべき過程を」の「過程」、「(教育)課程」じゃない?
 A次は本質的な話。
 ぼく、「9月入学」という「問い」あるいは「論」の立て方、「間違い」−−がキツければ、「よろしくない」と思っています。理由は、話が混乱しやすく誤解を生じやすいから−−です。

 以下、この雑文では、「恒久的9月入学・始業」(恒久的9月)、「今年9月入学(始業)」、「今年度(高校)生活(授業・部活動・進路・・・)」(今年度生活)という言葉を使います。


 Bまず、前文の最後「休校で遅れた学びの保障の観点から」、「導入を求める声も根強い」。
 前半と後半の関係が、全然分かりません−−っていうか、無関係だと思います。

 C「未就学児」に関する部分は、「その通り」とぼくも思います。

 D「今回の議論のきっかけの一つは、一部の高校生がSNSなどで9月入学を提案したことだ」について。
 この間、これに類する見解(9月入試を提案した)がいろいろ書かれてきたけど、ぼく、これ、誤解だと思います。
 「4月、『学校ですごすかけがえのない時間を取り戻したい』との思いで」−−これ、ぼくの言葉を使えば、「今年度生活」の話です。
 この高3女子、「高校で学ぶべき過程を、詰め込みではなく、しっかり学べるようにしてほしい」−−これも「今年度生活」。
 この子は確かに「9月から高校生活最後の1年間を始めたい気持ちは変わらない」みたいなこと言ったようですが、これ、「恒久的9月」の話じゃないですよ。「今年9月入学」の話でもない。あくまでも、自分が充実した高校生活を送りたいと言ってる−−極めて当然の要望です!−−だけです。
 確かにSNSでは「9月入学」という言葉を使ったようですが、ぶっちゃけ言うと、この言葉、借りただけだと思います。
 「9月入学」という発想が世間にはあって、それを使えば大人を説得しやすいと考えたのだと思います。
 大人はそこを理解しなければいけないのに、吉村や小池は−−と書くと罵倒になるのでやめます。

 F瓜本さんのコメント等については、しっかりした青年だなあ−−と思います。

 G「都立高3年の娘がいる女性」のコメントも、「今年度生活」の話。基本的には言ってる通りだと思います。
 ただ、「政府は受験生のリスクを一番に考えて、9月入学を本気で考えるべきだ」については前半は「今年度生活」なので、「恒久的9月入学」ではなく「今年9月始業」が要望なのだと思う。それと、今年度終業をどうする?という質問でもあると思います。

 H「小学生の子がいる・・・」の段落については、4月の段階では、「今年9月入学・始業」の話だったと思う。
 それからほぼ2カ月が経とうとする今5月末、今年度の終わりをいつにする?という質問が書いてないけどまずあり、その後、「3月で終わりにするなら・・・」という質問と要望になってると思います。。

 疲れたのでもうやめますが、いま一番大事なことは、「2020年度の在学生」をどうするか?−−だと思っています。
 彼ら・彼女らと保護者・教職員はみんな不安な気持ちでいるのです。
 今年度、実際にはいつ始まるの? 今年度、21年3月終業で対応できるの?
 「恒久的9月入学」で頭を使ってる人たちには申し訳ないけど、ぼくには「ゼロ年生」なんて発想、「悪い冗談」としか思えないのだが・・・。(20/05/25昼)


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