2020/8/9

49日ぶり「会見」は15分、質問は幹事社4問と追加1人  ]平和
  =たんぽぽ舎です。【TMM:No4002】「メディア改革」連載第39回=
 ◆ 「会見開催」求めた朝日記者の右腕つかんで制止
   〜首相官邸報道室職員の実名をなぜ報道しないのか

浅野健一(元同志社大学大学院教授、アカデミックジャーナリスト)

 ◆ 広島「原爆の日」に核抑止力肯定した安倍首相

◎ 顔がくしゃくしゃで、目に力がなく、顔色も悪い男性が広島の「原爆の日」式典に現れ、挨拶した。
 国の行政のトップの地位にある安倍晋三首相だ。NHKのテレビとラジオで式典の模様を視聴した。
 地元の小学校六年生の2人の「平和の誓い」は、「私たちの未来に核兵器はいらない」と語るなど心を打った。

 ところが、安倍首相の演説のほとんどは去年までのコピペで、何の感動もない。4年連続で、核兵器禁止条約への言及がなかった。


 プロンプターがないので、秘書官が作文したテキストを必死で読んでいる。活舌が悪く、テレビ画面に字幕がないと聞き取れない。
 首相はあいさつで、コロナ禍に重ね、「75年前、1発の原爆により廃虚と化しながらも、先人たちの努力によって見事に復興を遂げたこの美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにしている」と語った。

◎ 米国が広島に原爆を投下したのは、東条英機内閣が連合国の示したポツダム宣言を受諾せず、戦争を続けた結果だ。
 大本営が1945年8月6日未明までに無条件降伏を決断していれば、「1発の原爆」による惨禍は起きなかった。大阪などへの大空襲もなかった。
 昭和天皇は、連合国側が「天皇の訴追なし」「(天皇制)国体維持」を容認したことで初めてポツダム宣言の受諾を決めた。

◎ 安倍氏の祖父、岸信介は東条内閣の商工相で、東条の参謀だった。岸はA級戦犯被疑者として巣鴨プリズンに勾留されたが、米駐留軍の右傾化で釈放された。米国は岸ら元戦犯を反共日本の工作員に仕立て、朝鮮戦争を引き起こした。
 岸は、米国の手先となることを誓約して生き延びた。岸を今も敬愛する安倍氏が対米隷従で、日本会議・靖国派の中心にいるのは、岸のDNAから来ている。民主主義にとって最も危険な政治家だ。

◎ 安倍首相は式典の後、広島市内のホテルで記者会見した。49日ぶりの会見だった。
 首相は6月18日の国会閉会時者会見以降、官邸を出入りする時に、「報道各社のインタビュー」と称して、長くて数分の「ぶら下がり取材」に応じるだけだった。国会の閉会中審議にも一度も出ていない。

◎ 週刊誌「FLASH」8月4日号は、安倍氏が7月6日官邸内の執務室で吐血したと報じるなど健康不安説が永田町に流れている。
コロナ禍で、2月29日から6月18日まで9回も会見したのに、熊本県などの豪雨災害、コロナ禍の第二派襲来、「感染終息後」に始まるはずだった「GO TO トラベル」の前倒し実施など問題が山積みなのに、7週間も会見を開かなかったのは異常だ。

◎ 河井前法相夫妻の公選法違反事件で、安倍氏の秘書たちの買収関与が問題になり、内閣支持率の低迷もあり、公の場に出たくなかったのだろう。
 広島での会見は内閣記者会と広島市政記者会だけが対象の「8・6」恒例の行事で、官邸報道室が内閣記者会に「10分間」と伝えていた。質問も両記者会の幹事社が2問(事前通告)ずつとされていた。
 会見では、記者会見開催に関する追加の1問だけあり、16分で終わった。本格的な会見とは言えない。テレビ中継もない。官邸HPに動画もアップされていない。

◎ 広島地裁は7月29日、「黒い雨」被爆者の健康被害を認め、原告全員への被爆者健康手帳を交付するよう命じる判決を言い渡し、広島市長、広島県知事が国に控訴を断念するよう求めており、首相がどういう姿勢を示すかに関心が集まっていた。
 首相は会見で、「黒い雨」判決について、控訴するかどうかの判断は示さなかった。控訴期限は12日だ。

◎ 毎日新聞(笈田直樹記者)と朝日新聞の報道によると、幹事社の質問が終わった後、朝日の記者が座ったまま挙手し、「国民の不安が高まっている中で、なぜ50日近くも正式な会見を開かないのか」と聞き、首相は答えた。
 その後も、記者は「総理、まだ質問があります」と質問を続けたが、司会役の広島市職員が「予定時間を過ぎているので、これにて代表質問を終了させていただきます」と打ち切った。首相はそのまま広島空港から東京に戻り、午後は首相官邸で過ごした。

◎ 朝日新聞社は7日、質問を続けていた同社の記者の右腕を、首相官邸報道室の男性職員が「だめだよもう。終わり、終わり」と制止しながら短時間つかんだと報じた。同社は「質問機会を奪う行為につながりかねず、容認できません」と報道室に抗議し、再発防止を求めた。

 富永健嗣官邸報道室長は6日文書で、「予定の4問と回答を終えた時点で貴社から質問があり、総理がお答えした。広島空港への移動時間が迫っていた中での出来事であり、速やかな移動を促すべく当室職員が注意喚起を行ったが、腕をつかむことはしていない」などと答えた。

 朝日、毎日両紙を含めキシャクラブメディアは、官邸報道室の暴力職員、会見を打ち切った広島市職員(幹部)と暴行を受けた朝日記者の実名を報じていない。「実名報道原則」は透明性が最も要求される高級公務員と記者(賭けマージャン記者を含む)には適用されない。
 首相の会見の主催者は内閣記者会のはずだ。内閣記者会は7月22日、首相に会見の開催を求めたというが、その事実すら報道されていない。人民に知らせるべきだろう。
 首相は被爆者団体代表との面談で、核抑止力は必要だと指摘し、米国の核の傘に留まることを強調した。

◎ 「8・6」式典を伝えるNHKのテレビ中継は、極端に短い。
 英BBCは国連事務総長のビデオメッセージも含め長く中継する。テレビ中継が終わったので、ラジオで聞いた。
 ラジオでは、土方康アナウンサーが「核兵器廃絶を目指すヒロシマの会」共同代表の森瀧春子さんをゲストに招いて中継していた。岩田明子政治部記者のNHKとは全く違うNHKがある。

 森瀧春子さんは原水禁議長だった森瀧市郎さんの二女。
 森瀧さんは首相の挨拶の感想を問われ、「核兵器禁止条約に関する言及が今回も全くなく、がっかりした」と話し、「松井一実広島市長も核兵器禁止条約の締結を政府に強く要求していて力強かった」と感想を述べた。
 森瀧さんはアラブ諸国などにも出掛け、劣化ウラン弾の廃絶を訴えてきた。四国電力伊方原発の裁判でも証言した。

 ◆ 教えた学生がジャーナリズムの現場で活躍する姿は教師冥利に尽きる

◎ 私は「8・6」は出来る限り、広島へ行くことにしてきたが、今年はがん手術の後、療養中で行けなかった。
 2016年6月、オバマ米大統領が広島を訪れた時にも、外務省との長い闘いで「記者」パスを受け取って取材した。
 その時に、同志社大学社会学科の1年生浅野ゼミのゼミ長だった小山美砂さん(当時は3年生)にアシスタントを頼んだ。
 私たちは、オバマ氏に直訴しようとした韓国原爆被害者協会の被爆者と被爆2世の計6人を取材した。胎内被爆した広島県朝鮮人被爆者協議会の金鎮湖理事長にも会った。

 私が同志社大学から闇討ちで、解雇された際、小山さんは私の労働裁判を支援してくれた。メディア学科の教員たちの嫌がらせをはねのけての勇気ある行動だった。学生有志が開いた自主ゼミ「浅野ジャーナリズム講座」にも参加してくれた。
 小山さんは18年4月、毎日新聞に入社、広島支局で記者をしている。広島を希望して赴任した。
 小山さんは、「黒い雨」による被爆者のことを調査報道してきた。今日(7日)の毎日新聞「記者の目」に書いている。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100005877584450
 元学生がジャーナリズムの現場で活躍する姿は、教師冥利に尽きる。


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