2020/8/11

改憲団体作成の二冊が「自由・権利」を重視?  ]Vこども危機
 ◆ 都教委の採択向け“調査”資料で
   改憲政治団体教科書有利に水増しの“仕掛け”
(紙の爆弾)
取材・文 永野厚男

 「自由・権利」という言葉を出されれば、大多数の人は主に、日本国憲法の「国民主権」や「思想・良心・信教・表現の自由」「奴隷的拘束・苦役からの自由」など、一人一人の基本的人権(天賦(てんぷ)人権説に由来する)の尊重や、生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)等の内容を思い浮かべると思う。
 ところが、東京都教育委員会が作成した『令和3〜6年度使用教科書調査研究資料(中学校)』(以下『資料』。”調査研究”といっても、都教委官僚好みの”国旗・国歌・領土”等、政治色の濃い項目を設定し、各社教科書の記述、又は単語等をコピペしただけ)における、六出版社の社会・公民分野教科書の、「自由・権利」の記述内容の”調査”(一三七〜一四三頁)は、「集団的自衛権、交戦権、衆議院の解散権、中央集権」等の「権」の付く語を全て「自由・権利」に含め、権力者側の権力や権限行使に関する語句まで、全て載せている。


 このように『資料』は、
  @個人の「自由・権利」に関する語句と、
  A国家権力・公権力(政権)の権限・”権利”やその行使に関する語句等
 の両方を、一緒にまとめて掲載した、非学問的なものだ。

 これを読まされる側の、教科書選定(地区の資料作り)に関与する各区市町村立中学校の一部教職員(校長や教諭ら)や、「採択権限を持つ」とされる各教育委員会の教育長を含む委員ら(補佐する指導主事らも)が、人権尊重の視点で各教科書に関する前述@の情報だけを見てみようとしても、Aの内容とごっちゃ混ぜ状態なので、全く意味がない。

 また『資料』は、「自由・権利」に関する記述箇所数(一三五頁の「調査研究の総括表」)についても@Aを合算した数を載せており、@だけの箇所数は分からない。
 このため、@の個人の権利を(単語としては載せていても)むしろ制限するニュアンスで書いたり(後掲の神奈川県内法律家4団体意見書参照)、Aの権力行使の方を多く書いたりしている、問題の二社の”教科書”が、「自由・権利」の記述について都教委がカウントした箇所数では後述通り”上位”になった
 結果、この二社が「自由・権利」を多く書いているかのように、教職員や教育委員らに思い込ませてしまう危険性があるのだ。
 この二社とは、安倍晋三首相ら日本会議の考えに近い、特定の政治団体が作成に関与した”教科書”だ。この由々しき事実を暴く。

 ◆ 改憲団体作成の二冊が「自由・権利」を重視?

 全国の各教育委員会が八月末までに、二〇二一年度使用開始の公立中学校教科書の採択を行なう(文科省・都教委は地方教育行政法第二一条六号を根拠に「採択権は各学校の設置者である教委にある」と解釈・主張するが、各学校に採択権があるとする学者や、各校教員に採択権を持たせるべきだとする人は多い)。
 これを前に、都教委の増田正弘(まさひろ)指導部長(高校教諭出身)は、都教委内の指導主事らに作成させ、お手盛りの”都教科書選定審議会”の了承を得た、五百数十頁もの『資料』を、六月二十五日の定例会に報告し公表した(都教委HPにも掲載。なお、都教委は『資料』作成の法的根拠は、教科書無償措置法第十条だと主張している)。

 『資料』は一頁に「指導、助言又は援助の一環として、区市町村教育委員会(略)に対して配布している」と明記し、区市等の教育委員らに「読め」というプレッシャーをかけている。

 『資料』は前述のように、公民教科書六社を比較した「調査研究の総括表」を掲載。そこに載せている「b自由・権利について記述している箇所数」は、新しい歴史教科書をつくる会系の自由社(代表執筆者は『「日本国憲法」無効論』『自衛戦力と交戦権を肯定せよ』等の著者、小山常実(つねみ)氏)がトップの「192」で、同会分裂後に設立された改憲政治団体・日本会議系の日本教育再生機構(理事長11八木秀次(ひでつぐ)・麗澤(れいたく)大学教授)のメンバーらが執筆した育鵬(いくほう)社第三位の「137」(”最下位”は帝国書院の131)だと明記した。

 しかし、『資料』の、自由社・育鵬社の「自由・権利について記述している内容」(一四一〜一四三頁)とは、冒頭の四語に加え、「政治権力、政権、統治権、自衛権、個別的自衛権、自衛隊の最高指揮・監督権、指揮権、国家主権、国家の権利、国権、長期政権、他国と対等である権利、主権侵害」等も、そこにカウントしている。

 『資料』一三三頁はこの調査項目を設定した理由を、「自由と権利及び責任と義務については、個人の尊厳と人権の尊重の意義や民主主義に関する理解を深めるために、公民的分野の学習においては、自由及び権利(基本的人権を含む)を取り上げているが、国内外における人権を取り巻く動向等によりその扱い方には各社によって違いがみられることが多い。したがって、このことについて記述されている箇所数を調査する」と、「国家の権限」「権力行使」を入れた理由は一切説明せず、かつ、木で鼻を括ったような言い方で、弁明している。

 筆者が高嶋伸欣(のぶよし)琉球大名誉教授(社会科教育が専門)に、「自由・権利という語は、(本稿冒頭の国民主権・基本的人権を挙げた上で)参政権・請願権・労働三権・知る権利など社会的に権利行使すること、『言論や報道の自由』などを、通常人は思い浮かべますが、都教委の『資料』は非学問的だし異常ではないでしょうか。また、六社中多くが『臣民の権利』を書いていますが」と質問すると、高嶋名誉教授は次のように答えた。
 「(この場合の権利とは)主権者のための権利でなければいけない。国家権力・政府の権限やその権力行使に関する語句まで含める都教委は、根本的に間違っている。”秩序意識”を植え付けようとする都教委官僚らの本性が現れている。区市等の教委はこんな『資料』に引きずられず、反面教師として受け止め、主権在民の教科書かを見て採択してほしい。失効している大日本帝国憲法下の『臣民の権利』はカウントするべきでない」

 ◆ 違憲の“国防の義務”まで掲載

 一方、『資料』一三五頁の「調査研究の総括表」で、「責任・義務について記述している箇所数」は、育鵬社がトップの「44」で、自由社が第二位の「42」(最下位は東京書籍の27)だった、と明記している。

 また「責任・義務について記述している内容」の各社比較(一四五頁)では、育鵬社・自由社だけが「国防の義務」「兵役(の)義務」を載せている(さらに育鵬社は「防衛は市民の神聖な義務」、自由社は「防衛する義務」という語句も掲載)と紹介。

 これに対し民間の研究者らで作る教育行政研究会は、「自由・権利」の問題と合わせ、
 (1)都教委が「自由・権利」について、通常人の思い浮かべる一人一人の基本的人権等以外、「国家権力(政府)の権力・権限行使」に関わるもの等を全てカウントした理由は?

 (2)日本国憲法に違反する”国防・兵役の義務”まで『資料』に載せ、カウントした都教委は、憲法違反ではないか。育鵬社・自由社の「義務」を記述している箇所数を水増しし、保守系の教育委員の少なくない区市町村教委に、二社を採択させようとする意図があるのでないか?

 (3)『資料』の偏向性を猛省し、『資料』のうち中学校社会教科書・公民的分野について無効を宣言した上、改善・是正した『資料』を都教委HPに掲載、公表頂きたい。
 等の質問に回答するよう七月一日に請願を提出し、一週間での回答を求めた。
 だが、都教委指導部管理課は「”自由・権利”に対する解釈の違いがある。組織として対応し回答するのに時間を要する」との理由で七月二十七日に至っても、回答を先送りし続けている。

 なお”国防の義務”について、前出・高嶋名誉教授は、「この”国防・兵役の義務”なるものは、日本が侵略戦争で国内外の多くの人々の生命・財産を奪い尽くすのに悪用された。その反省に立ち憲法九条ができたのを無視した記述だ」と述べている。

 ◆ 自由社・育鵬社の数字水増しの原因は?

 『資料』の自由社・育鵬社の「自由・権利についての記述箇所数」が膨れ上がる理由を以下、分析する。

 一つ目。育鵬社・自由社の二社(以下、二社と略記)以外の四社(以下、他社と略記)が、憲法九条の学習で、それを「否認する」という文脈で一度だけ載せている「交戦権」という語を、二社は二回載せた。
 また自由社は、他社が載せていない「自衛戦力を保持する権利」「日本国内の基地を使用する権利」等、自衛隊・米軍等、軍事絡みの権限行使に関する語句を載せている。

 二つ目。他社は一回ずつ、または片方しか載せない「主権国家」「国家主権」という二語を、二社は双方二回ずつ載せている。
 自由社はこの上で、「国の存続と発展を目指す権利」「内政に干渉されない権利」といった、政治色が濃く、独自の国家主義イデオロギーに基づく”権利”まで載せている。

 三つ目。「領土主権」等、領土絡みの”権利”にこだわる自由社は、他社の載せていない「沖ノ鳥島に関するわが国の権利」「領土不可侵の権利」「天然資源(漁業資源や鉱産資源など)を、独占的に採取する権利」等を載せている。
 都教委はこれらを全て「自由・権利」にカウントしているため、二社の「自由・権利についての記述箇所数」は水増しされるのだ。

 ここで、「育鵬社は権利を肯定的に書くより、むしろ制限するニュアンスで書いている」と筆者が前述した事実をわかりやすく記述した、神奈川県内法律家四団体の「育鵬社の公民教科書に関する意見書」(六月二十三日公表)を、抜粋し紹介する(以下、下線は筆者)。
 〈基本的人権とは、人間の固有の尊厳に由来する普遍的な権利であり、公権力から侵害されない権利である(日本国憲法第11条、第97条)。(略)歴史的に、人間の権利・自由は、公権力によって最も多く侵害されてきた。(略)育鵬社教科書は、まず、人権が公権力によって侵害されてきたという歴史的沿革に触れていない。また、人権が、公権力によって侵されてはならないものであるという視点をなんら明示していない。
 その一方で、育鵬社教科書は、他社の教科書に比べて、人権が制限されるということや国民の義務について、より多くの紙幅を割いて説明をしている。そして、権利には「責任」や「義務」がともない、あたかも、これらの「責任」、「義務」を果たさない場合には、当然に人権の制約が正当化されるかのような誤解を生じさせる記載がなされている(47頁)。
 しかし、憲法は、あくまで人権の擁護を目的とする立憲主義の理念に基づく法であるため、人権擁護より義務を重視するかのような育鵬社教科書の上記記載は、誤った人権のとらえ方をしたものである。〉
 また育鵬社一八一頁の”君が代”記述は、以下の通り憲法が保障する基本的人権や自由を制限・弾圧し、国家主義イデオロギーを生徒に押し付けている。
 都教委は単語だけを抜き出して「自由・権利についての記述箇所数」を水増ししたカウントから、これらを”減点”していく対象にするべきだ。
 「国歌は、国旗と同様に、その国そのものを代表するシンボルです。国歌の斉唱(演奏)にあたって、政治信条などにかかわらず、起立して敬意を表すのが国際的な慣例となっているのはこのためです。国歌は、その国の歴史、建国や政治の在り方、文化の中で生まれたその国の人々の「心の歌」なのです」
 「公的行事などで国旗が掲揚されるときは、起立して国旗に対して姿勢を正し(脱帽、目礼)、敬意を表します。同時に国歌が斉唱される場合は、声を出して斉唱します」
 なお、六社とも「私たちと経済」の単元で、「貿易の自由化、自由貿易、天然資源を採取する権利、電気・ガス会社を選択できる『自由化』」等の語句を載せているが、『資料』はこれらも「自由・権利」にカウントしている。
 これらは特定のイデオロギー教化ではないので『資料』掲載自体には反対しないが、国家や大企業レベルの政策や事業なので、載せたいなら「自由・権利」に紛れ込ませず、別項目とするべきだ。

 ※ 永野厚男(ながのあつお) 文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。

鹿砦社、月刊『紙の爆弾』(2020年9月号)


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