2020/9/11

命の平等のない日本社会は、関東大震災の97年前と何も変わっていない  ]平和
 ◆ 関東大震災97周年 朝鮮人犠牲者追悼式
   〜「在日として暮らすことの恐怖」が語られた
(レイバーネット日本)
クリックすると元のサイズで表示します
2020年9月5日 荒川河川敷・木根川橋下手にて

 関東大震災の時、官憲による煽動で多くの朝鮮人はじめ中国人労働者が自警団という市民によって殺された(国としては、検証をしていない)。
 東京の荒川河川敷では40年間近く毎年9月の第1土曜日に「関東大震災の韓国・朝鮮人虐殺の犠牲者追悼式」を行っている。今年も9月5日に行われた。
 コロナ禍の中、規模を縮小したという割りには昨年と大して変わらない400人を超える方が参加した。毎年初めての参加者を迎えているが、今年は特に若い方が多かったことが印象に残った。

 主催者の挨拶に立った西崎雅夫さんは、今年のコロナの蔓延を、逆説的にとらえ、「世界は一つ」と痛感したという。
 さらに「自粛警察」などに触れ、1923年の時点から日本社会は何も変わっていないという。


 命の平等のない日本だからこそ、そのことを訴え続けなければならないと、相変わらずの朝鮮学校や朝鮮幼稚園の無償化はずし、朝鮮大学校生の学生緊急給付金から外すなどを指摘した。
 それらを踏まえても、いまだに日本政府は何の調査もしていないうえ、今年も小池都知事は9月1日の朝鮮人犠牲者追悼式に追悼文を送らず、日本全体が公的には追悼の気持ちがないのではという。
 その後、これまでの調査などで当時の様子を話してくださった方の記述の一部を読んだ。

 大阪から駆けつけた趙博(チョウパク・ぱぎやん)さんがこの日のために作詞作曲した追悼の歌を2曲歌った。
 「…九月の空は 涙色 悲しみ抱いて 雲流れれば 私は 流れた血を想う…(「九月の空」)より」という歌詞そのままの空の下で、2曲目の念仏からヒントを得たという「窓唇目足胸(そうしんもくにそくきょう)」という曲では、当時の犠牲者やその時の恐怖について歌った。
 「15円50銭と言ってみろ」のリフレインが不気味だった。

 今年は、在日韓国人2世の慎民子(シンミンジャ)さんが、この事件など、在日として暮らすことの恐怖について語った。
 若いころは、もし何かあったら自分が殺されるか、あるいは殺すかもしれないという恐れと同居していたといい「朝鮮人として前向きに生きようと、本名を名乗ろうと思った」という。
 この追悼式に主催者側として参加するようになって、「私たちを殺さない、殺させない人たちが何人もいることを知って、ホッとした」と、そこが97年前と違うところだという。
 慎民子さんは「ほうせんかの家」のスタッフもしていて、そこに寄ってくる人々との交流の中で、たくさんのことを感じているという。

 私も20年近く毎年参加しているが、近年は参加者も増えてきているように思う。
 当時を知る人はどんどん少なくなり、プンムルが始まるといつも一緒に踊った金さんは、昨年は車椅子で参加してくださったが今年は無理だったことと、10代の頃オートバイ事故で車いすになり、3年くらい前から歩行器になってご両親と参加していた青年が、コロナのためか顔を見せなかったことが個人的に残念なことだった。(笠原眞弓)

『レイバーネット日本』(2020-09-07)
http://www.labornetjp.org/news/2020/0905kasa


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ