2020/9/13

杉本判決50年、家永教科書裁判を今に生かす  ]Vこども危機
  《教科書ネット21ニュースから》
 ◆ 杉本判決から50年
   〜私の思い

小林和(こばやしやまと・当時教科書検定訴訟を支援する全国連絡会事務局次長)

 「杉本判決50年家永教科書裁判を今に生かすプレ集会」が7月17日に実行委員会主催で開催され、私は加藤弁護士の講演の後、「杉本判決−1970年7月17日のこと」を報告しました。


 ◆ 「杉本判決」とは

 1970年7月17日、杉本判決という戦後教育裁判史上画期的な判決の日、私は法廷の中にいました。30年に及ぶ3本立ての家永教科書裁判最初の判決です。
 行政訴訟としてのこの裁判の判決は「原告家永への検定処分を取り消す」とし、その理由を、
   @検定処分は憲法21条2項が禁止する検閲に該当する
   A(47年)教育基本法第10条に定める教育行政の任務から逸脱する
 というものでした。


 当時の文部省が「無謬」としてきた教科書検定に違憲・違法行為があったというもので、政府・文部省にとっては衝撃的な判決でした。
 そして一層重要なことは、この判決は裁判史上初めて「子どもの学習権」を認め、これを基礎とした「国民の教育の自由」を承認し「国家教育権」を否定したのです。
 また、教育行政の任務は外的条件を整備することが基本であり内容に介入できないことを明確に示しました。

 判決は、戦後教育改革の道筋、及び教科書制度について「国定」から「検定」に変わった理由を丁寧に検証しました。
 その中では1955年の「うれうべき教科書の問題」(民主党<当時>による教科書は偏向だとするパンフ)にも触れています。
 フランス、アメリカ、ドイツ、イタリアの各憲法、ILO・ユネスコの「教員の地位に関する勧告」にも考察が及んでいます。

 この裁判への期待の広がりには背景がありました。
 戦後教育改革で進められてきた教育の地方分権、平和教育、教師の自由などが、壊される政策が次々と実施されていました。
 教師への勤務評定、告示・学習指導要領の全体が法規性を持つとの解釈変更、全国一斉学力テストによる国の教育内容の押しつけ…などが矢継ぎ早に進められ、当時の日教組はストライキを含む抵抗をしましたが、阻むことはできませんでした。
 当時の出版労協(出版労連の前身)も、教科書無償措置法で教科書は国定化危機だ、として警鐘を乱打していました。

 そこに、学士院賞も受けた著名な歴史学者が、国(国家賠償訴訟)や文部大臣(行政訴訟)を「被告」の座に置き、国民が「裁く」たたかいを起こしたのですから、まさに「快哉を叫ぶ」状況になったわけです。


 ◆ 今につながる杉本判決

 その後家永教科書裁判は、家永勝訴だが憲法判断を避けた判決、国には全く違法は無いとした国全面勝訴の判決などが続きました。
 そして、1982年には近現代史における日本の戦争加害の歴史を問う第3次訴訟が提訴されます。
 長い裁判闘争が続きましたが、この杉本判決によって全国の支援者は判断の基準を獲得しました。したがって、それ以後の判決に対しても批判力を持ちました。
 この判決が、旭川学力テスト最高裁大法廷判決(1976年)、国連「子どもの権利条約」につながりました。

 教育裁判では、最高裁判決のひき取り方をめぐって現在も闘いが続いています。
 私が関わった「七生養護学校ここから裁判」の確定判決では、上記最高裁判決の援用が丁寧になされ、教育委員会の役割には「教育への不当な介入から教育現場を守る義務がある」との判示があります。
 教科書採択民主化の運動にもつながっています。

 杉本判決は、憲法の下での教育政策、教育行政のありかたについて、基準的性格をもっ判決だと考えます。10月25日の本集会にぜひお集まりください。

 ☆ 『杉本判決50年、家永教科書裁判を今に生かす集い』
   10月25日
13時30分〜全国教育文化会館


『子どもと教科書全国ネット21NEWS 133号』(2020年8月26日)



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