2020/9/13

科学教育そのものを歪める、理科教科書に対する異常な検定の実態  ]Vこども危機
  《教科書ネット21ニュースから》
 ◆ 中学理科教科書ではどんな検定が行われたか
   杉本判決・50年に重ね合わせて

小佐野正樹(こさのまさき・科学教育研究協議会)

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 ◆ 検定資料を文科省HPで公開

 来年度から使われる中学教科書の採択が行われ、各地の展示会で見本本を手にした人も多い。その中学教科書の検定結果を文科省は3月末に公開し、部分的には新聞などで報道されてきた。
 通例ではこの検定資料は教科書研究センター等全国7会場で公開されてきたが、今回はコロナ対策の影響で限定的な公開となり、かわりに、文科省のHPで「検定意見書」「修正表」などが公開されている(「令和元年度検定意見書及び修正表」で検索)。
 注目したいのは、今回、全教科にわたって「修正表」がHP上にアップされたことである。


 これまでの検定では、文科省がどのような検定意見を付けたかという「検定意見書」がHP上に公開されることはあっても、その結果、教科書の記述がどう修正されたかという「修正表」歴史教科書など部分的にしかアップされてこなかった
 そのため、全教科について「修正表」を実際に見て検定の経緯を知ろうとすれば、上記の会場まで足を運ぶ以外なかったのだが、今回はネット上でだれもが簡単に見ることが可能になったというわけである。
 この機会に、ぜひ多くの人たちに見ていただき、検定の実態を知ってほしいと思っている。

 ◆ 理科教科書への突出した検定意見数

 今回の検定では、10教科の教科書115点に対して、4775個所の検定意見が付けられ、社会科(歴史〉と技術科の4点が不合格とされた以外は検定を通過した。
 表は、文科省の資料をもとに筆者が作成したものだが、今回も理科に対する検定意見数が群を抜いて多いことがわかる。
 10教科全部に付けられた検定意見数の合計4775個所のうち、理科に対しては2043個所、つまり、全体の4割以上を理科が占めているのである。

 そこではどのような検定意見が付き、その結果、教科書の記述がどう変わったのか、公開された修正表からいくつか紹介する。

 中学1年で「動物の分類」について学習する内容がある。
 各社教科書が「恒温動物」「変温動物」について記述したところ、
   「学習指導要領に示す内容に照らして、扱いが不適切である」
   「学習指導要領に示す内容と客観的に区別されておらず、また、発展的な学習内容であることが明示されていない」
 という検定意見が付けられ、軒並み削除か「発展」「資料」欄に移されることとなった。

 哺乳動物のような「恒温動物」、昆虫や爬虫類のような「変温動物」という言葉は新聞紙面にも普通に載っているものであるし、中学生にとってその違いを知ることは、環境とのかかわりや進化の多様性を学ぶうえからも重要な学習のはずである。
 しかし、教科書検定ではあたかも学習指導要領にあること以外は書くなと言わんばかりの意見を付けて書き換えを迫ったのである。

 なかには、生物の「スケッチのかき方」について「鉛筆で細い線と小さい点だけではっきりかく」という記述に対して「学習上の支障をきたすおそれがある」という検定意見が付いた結果、「芯を細くけずった鉛筆を使用し、細い線と小さい点だけではっきりかく。線を重ねたり、塗りつぶしたり、影をつけたりしない」と修正して通過するといった重箱の隅をつつくようなものまであった。

 これまでも理科教科書に対する異常なほどの検定は小中高校を問わず繰り返され、2002年の理数系学会教育問題連絡会(日本数学教育学会、日本物理学会、日本化学学会など13団体)による「教科書検定に関する意見書」をはじめ多くの研究者が批判の声をあげ、文科省への申し入れが繰り返されてきた。

 2003年の生物科学学会連合(目本遺伝学会、日本生物教育学会など19団体)の「『生物』関連教科書の検定に対する意見書」は、
「教科書検定では学習指導要領の表現を文字通り、あるいは制限をさらに拡大解釈して内容の上限を極めで厳しくおさえた。そのため、教科書執筆者が生徒の理解を助けることを目的として学習指導要領の範囲に含まれないことを記述すると、『不必要』『不適切』と指摘され、削除が要求された
 「今回の検定の内容は、現在、世界的に進行している生命科学の発展に逆行するものであり、日本の生物教育を歪めるものである
 と、教科書検定が科学教育そのものを歪めていると指摘している。


 ◆ 杉本判決から50年

 今年の7月17日は1970年に家永教科書裁判第二次訴訟で「杉本判決」が言い渡されてからちょうど50年目にあたる。
 この判決の内容については別稿にゆずるが、判決文が「今の教科書検定制度は、それ自体憲法に違反するとは言えない」としながら、
「検定基準などの運用を誤るときは、憲法21条の表現の自由を侵す恐れが多分にある。さらに教育の自主性を保障した教育基本法10条の解釈から、教育行政が、教育課程の大綱を定めることなどの一定の限度を越えて、権力的に介入することは許されない。教科書検定についても、教科書の誤記や誤植など明らかに誤っているものや、教科書の内容が、教育課程の大綱的基準の枠内にあるかどうかの審査にとどまるべきで、この限度を越えて教科書の記述の内容にまで及ぶときは、教育基本法10条に違反する
 という基本的な立場を明確にして、家永教科書に対する不合格処分を取り消すように命じたことに私は注目したい。

 杉本判決は、この判決を導くにあたって、国民の教育を受ける権利について明確な判断を示した。
「憲法26条は、子どもの教育を受ける権利を、生存権の文化的教育的側面から保障したものである。国が関与できるのは、このような子どもの教育の権利を助成する程度のものであって、国が国民を教育するという、いわゆる国家教育権までを認めたものではない。したがって、国が教育の内容に介入することは、基本的には許されない
 と述べて、教育を受ける権利は第一義的には子どもが真理を学ぶ権利であるとして子どもの学習権の法的根拠を明確にしたのである。


 ◆ 今に生きる財産として

 杉本判決が特筆すべきことは、その当時の広範な市民運動と教育関係者の良心の結晶と言えるものだったことである。
 家永氏側の証人として多くの著名な研究者たちが証言台に立ったが、そのなかのひとり小野周氏(物理学)は、「物理教科書の検定について」という報告の中で次のように述べている。
 「現在の指導要領が時代遅れの点があるばかりでなく、あまりにも項目が多過ぎ、しかも現在のように、これにあることは必ず載せ、無いことはなるだけ載せないという立場で検定が行われているのでは、良い教科書ができる見込みはまずない」(雑誌『理科教室』1965年7月号)。
 今回の中学教科書検定の経緯を見ても、「学習指導要領にあることは必ず載せ、無いことはなるだけ載せないという立場で検定が行われているのでは、良い教科書ができる見込みはまずない」と半世紀前に批判されたことが繰り返されている実態を見たとき、家永教科書裁判や杉本判決を過去の遺産としてではなく、今に生きる財産としてとらえ直したい

『子どもと教科書全国ネット21NEWS 133号』(2020年8月26日)


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