2020/9/15

コロナ禍=「自粛」の同調圧力で、置き去りにされるマイノリティの権利と尊厳  ]平和
 ◆ コロナ差別による「自粛」強要は止めろ! (『救援』から)
内田博文(九州大学名誉教授)

 鹿児島市内の看護専門学校で学生三人の新型コロナウイルス感染が判明するや、学校には数日間、電話やメールが一日一〇〇件以上届いた。どういう教育をしているんだ、なとと責める内容がほとんどだったという。インターネット上の中傷も相次いた。
 高校一年生一人が感染した鹿児島市内のある学園では、在校生の家族や教職員の家族も通学、通勤の自粛を求められた。

 医療従事者への差別やハラスメントも全国で問題化した。
 少し古いデータだが、日本医療労働組合連合会(東京)がその加盟する全国の病院労組を通して実施し、一五二事業所か回答したアンケートでは、一五の事業所が「差別がある」と答えている

 東京都内では、自粛要請に従って時短営業をしていた居酒屋ライブバーか「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」などと貼り紙をされたケースもあった。


 徳島県では県外ナンバーの車が傷を付けられたり、あおり運転をされたりする被害か相次ぎ、自衛のため「県内在住者です」と書かれたステッカーが売られる事態となった。
 公園で遊んでいる親子なども「自粛警察」の標的になっている。
 「自粛警察」は国策を下支えしている面かあるだけに、加害者意識は乏しく、その抑止は簡単ではない。
 被差別者の心の傷は今も癒されていない。怯える日々が続いている。

 問題は、なぜ、このような「コロナ差別」が起きているのか、その要因は何かである。
 命とくらしに対する不安が、人々を結束と協力の反対の分裂と差別の行動に駆り立てている

 「コロナ以前から非正規雇用者などの社会的弱者を雇用の調整弁にして回ってきた社会は、すでに十分に不穏てあり、それが市井の暮らしのなかに『自粛警察』のような攻撃性を生んでいる。」(高村薫・六月一四日西日本新聞朝団七面)という指摘もみられる。
 かつて、ドイツで、未来への不安が人々をナチス党の支持へと向かわせた構図と似ていないか。

 一九九〇年代以来、為政者によって採用され、社会を侵食してきた新自由主義の「自己決定・自己責任」論の影響も大きい。
 新型コロナウイルスの流行を巡り、「感染は本人のせい」と捉える傾向が欧米に比べ日本は突出して高いことが大阪大などの調査て分かったとされる。
 このように感染も「自己責任」ということになると、新型コロナ感染者を責めたり、謝罪を求めたりすることも当然、社会的相当性を有する行為ということになる。


 ◆ 感染者は敵ではない

 誤った医学的理解も要因としては大きい。ハンセン病の場合、患者を撲滅することによってハンセン病を撲滅するということが、光田健輔をはしめ、専門医によって唱えられた。
 新型コロナウイルスの場合も同様のことがみられる。
 菌、ウイルスと人とは明確に異なり、区別されなけれはならない。インフルエンザの場合には、そのような混同は見られない。
 しかし、ハンセン病と同様、新型コロナウイルスの場合は、国・専門家・マスメディアなどが恐怖を煽るために、菌、ウイルス=感染者という誤った図式がますます拡大している。
 感染者は原則隔離するという感染症法の基本構造も、この誤った図式の形成に大きく寄与している。

 感染症対策の専門医は「感染者」という言い方をし、「患者」という言い方はあまりしない。
 「新型コロナウイルスと闘おう」という言い方がよくなされるが、菌、ウイルス=感染者という図式の下では、感染者も「敵」ということになる。
 ハンセン病患者は人間ではないとされ、日本国毒法の埒外に置かれたが、新型コロナウイルスの感染者、感染者になる可能性のあると疑われている者も同様の立場に置かれる可能性がある。

 私は「うつされる人」、あいつは「うつす人」という二項図式も誤った医学的理解であるが、「コロナ差別」の拡大にあずかっている。
 そもそも、このような加害者、被害者という二項図式は成立しない。
 感染の予防にとっても、患者の治療にとってもマイナスである。
 しかし、このマイナスが顧慮されることはなく、自己決定論などと相侯っつて、人々を感染者等の攻撃に向かわせている。

 国および専門家の態度も、要因としては大きい。
 新型コロナウイルス対策で、国・専門家が科学的な根拠に基づいて具体的な法的基準を示すことはほとんどない
 「三密を避ける」などといった基準を示すたけで、それも、法的な基準という形ではなく、「自粛」生活の基準という形で示されるだけである。
 基準を示された国民、市民は、この基準を自分なりに理解して、自己の行動規範に従って「自粛」生活に臨むしかない。
 「三密」にしても、遵守していいか、遵守しなくてもいいか分からないという事態も生じる。

 国土交通省は、新型コロナウイルス感染対策として、電車の窓を開けて運行するよう鉄道各社に呼ひかけているが、鉄道会社は、梅雨時や夏の暑い日には雨が入り込んだり、冷房の効きが不十分になったりして、窓を開けると苦情が寄せられる可能性もあるとして、窓を開ければよいかとうか、頭を悩ませていると報じられている。
 このような悩みはいたるところで生じている。

 政府・専門家からすると、新型コロナウイルスについては未解明なことが多く、具体的な行動基準を示すことはできないということかもしれない。
 そうだとすると、そのことも国民、市民に正確に伝え、行き過ぎた「自粛」要請になるかもしれないという「負」の部分も正しく伝え、他人に「自粛」を強制する「他粛」は差別、人権侵害になるかも知れないということも伝えるへきてあった。

 しかし、そのようなメッセージは、国・自治体からたけではなく、各界、マスメディアなどからも今も発信されていない。
 「差別はいけませんよ」「人権侵害はいけませんよ」といった抽象的な文言がテレヒ電波などで流されているたけである。
 「自粛」要請については、「日本的な同調圧力は『他粛』以外の何ものでもない。だから補償か必要」との識者の指摘もみられるが、日本政府はこの補償に極めて消極的である。

 コロナ禍はすべての人に等しく襲いかかっているかというと、そうではない。
 アメリカのマサチューセッツ州検察局がこの五月にまとめた新型コロナウイルス感染症に関する報告書によると、生活環境が最低水準まで落ち込んでいる地域の多くが、非白人の居住区ならびに新型コロナウイルスの感染多発地域と一致していると指摘されている。
 被害の格差は感染率・死亡率の差だけではない。

 熊本地震の際に、障がい者が避難所に避難しようとしたところ、避難所には、専用トイレや車いすに乗ったまま寝る場所などをはじめ、「受け皿」がまったくなかったという事態が発生した。
 障害者差別解消法が施行されていたにもかかわらず、為政者には、それが必要だという発想さえもなかったという。
 避難所に避難するのを諦めて、いつ倒壊してもおかしくない自宅で不安な日々を送らねばならなかった。実効性の乏しい障害者差別解消法は「無き」に等しいものになった。こう当事者から嘆息されている。


 ◆ マイノリティへの差別・攻撃・暴力

 これに似たような状況がコロナ禍で、多くのマイノリティ当事者に起こっている。
 国連のアントニオ・グテーレス事務総長は先月の五月一六日(現地時間)に発表した声明で、コロナ禍で、LGBTがこれまでも受けてきた差別・攻撃・暴力の危険性がいっそう高まっており、スティグマのさらなる悪化を経験していると警鐘を鳴らしている。
 生活困窮者の脆弱な住環境もコロナ禍によって一層悪化している。
 新型コロナウイルス感染拡大て仕事と任居を失い、無料・定額宿泊所(無定額)に行きつく人が増えている。
 無定額は生活保護受給者らの受け皿となる一方、大人数が「密集」する劣悪な施設もあり、今回新たに感染リスクが加わった雇用情勢のさらなる悪化が懸念される中困窮者を支える住まいの脆弱さが露呈した格好だと報じられている。

 視覚障害者を支援する「視見障害者支援協会・ひかりの森」の理事長によると、当事者は糖尿病などの合併症や緑内障など目の病気の進行により、中途で視覚障害を負ったケースがほとんどで、生活訓練や通院は欠かせないが、感染防止のために同行支援者と二メートル離れて歩くというのは不可能なことで、同行支援をヘルパー事業所に断られ、窮地に立たされている人もいるとされる。

 飛沫感染から人々を守るマスクが、聴覚障害者たちにとっては障壁になっている。
 「全日本ろうあ連盟」の事務局によると、「マスクをつけるとコミュニケーションのひとつである口話(口のかたち)を見ることができず困ります。透明マスクの増産や開発に協力していたたける企業なとか出てきてくれるとありかたいです」と訴えられている。
 学校教育現場で導入が進められているオンライン授業も当事者の前に立ちはだかっている。
 聴覚障害を持った学生、児童はオンライン授業では先生や講師の話がわからず、行き詰まってしまうからである。
 当事者の教育を受ける権利を守るためにも、オンライン授業における手話言語通訳や文字通訳付与が必要だか、そのための予算が確保されているかというと必ずしもそうではない。
 失業におびえている障がい者も少なくない。障がい者の再就職はとても難しいからである。

 新型コロナウイルスによる生活への影響は、全国四〇〇万世帯にのぼるひとり親家庭により強く及んでいる。深刻な苦難に直面している。
 シングルマザー世帯からの生活相談に応じ、毎月食品などを届ける活動を行っている大阪のシンママ応援団によると、食べるものにも事欠いているとの悲鳴が寄せられているという。
 応援団は、このところママたちから“死”という言葉がよく出される、公的な支援が急務だと訴えている。

 沖縄大学地域研究所や沖縄タイムス社などがこの五月に、沖縄県内に住む小中高生のいる保護者を対象に行った調査ては、コロナ禍て収人が五割以上滅った世帯は全体の23%、手取り200万円未満では41%と、低所得世帯ほど深刻となっている。収人減となった人のうち、まったく収入がなくなった人は二〇〇万円未満では19%にのぼり、六〇〇万円以上の人の三倍以上である。

 社会的弱者の生活を何とか下支えてきたソーシャル・ネットワークも「自粛」生活で大きなダメージを受けている。
 差別や人権侵害を受けた被害者のための相談窓口も、日本ではただでさえ脆弱たが、相談要員が自粛を余儀なくされているなどのため、機能を質、量の面で大幅に低下させている。
 社会的弱者は下支えのない無防備の伏態に追いやられている

 コロナ禍は、医療その他、今の日本の国、社会の歪さ、脆弱さを顕在化させている。
 バチェレ国連高等弁務官は、早くも本年三月六日、「コロナウイルス対策には人間の尊厳と権利を最前線かつ中心に据えるべきだ」と述ぺているが、日本では、人権が医療、経済と並ぶ新型コロナ禍対策の柱とは認識されていない。

 今後、私たちが作ろうとする国、社会とは、コロナ禍を幾重にも増殖させている歪んだ、脆弱な国、社会では決してあってはならない。すべての人々の「命」「人間の尊厳」を守る国、社会でなければならない。
 日本国憲法は、基本的人権の尊重をその三本柱の一つに据えている。緊急事能下でこそ、その真価が問われる

 ちなみに、ミハイル・フォルスト(人権擁護者の状況に関する特別報告者)を含む二五名の国連の人権専門家らは本年三月一六日、新型コロナウイルスの流行への対応で各国が安全保障のための手段を濫用しないよう呼び掛け、緊急事態における権力行使が反対意見を抑えるために使われるべきではないことを改めて強調している。

 しかし、メディアによると、日本政府は、新型コロナウイルス対策として、関連法の一括改正を検討していることが分かったとされる。
 改正新型インフルエンザ対策特別措置法、検疫法、予防接種法などを対象として一括して休業や検疫の要請拒否に対する罰則を設けるなど、国・地方自治体の権限を強化することが柱で、遅くとも来年の通常国会に提出する方向で調整すると報じられている。

 マイナンバー・カードの動きも見逃せない。政府・与党は、カードの普及のために、マイナンバーと銀行口座のひも付けを義務化しようと動いているからである。
 緊急事態を口実に基本的人権の尊重がさらに棚上げにされる危険性に注意する必要がある。

『救援 616号』(2020年8月10日)


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