2020/9/23

先生は管理職の、管理職は地教委の、地教委は文科省の意向を確認しないと動けないコロナ対応  ]Vこども危機
 《教科書ネット21ニュースから》
 ◆ あぶり出される学校の問題
   〜新型コロナウイルスと学校の課題

佐谷 修(さたにしゅう・東京都公立小学校教員)

 2月26日の夕方に首相から出された突然の休校要請。それ以来、不安を煽る言説と朝令暮改の指針により、学校現場は振り回されてきた。先の見えない中で、子どもたちと教職員は疲弊している。長期にわたる影響が危惧されている中で、学校に起こっている諸問題について検討していきたい。

 ◆ 学習の遅れと家庭学習

 約3ヶ月にわたる休校になった。休校が長期化するにしたがって、一部ではオンラインでの授業や動画配信を行っているところもあった。私立学校や大学などではオンラインが進んで行く中で、オンラインをやらないことは「遅れている」という雰囲気が作り出されていった。
 ただ、セキュリティーの問題も多くあり、公立の学校ではオンラインでの取り組みが遅々として進まなかった


 そんな中で、子どもたちの学習を保障しなければならないと、大量のプリントを配り、わざわざ時間割(動画のQRコード付き)を作成して子どもたちに“勉強”をさせようとしていた。
 当初は復習が主だったので大きな問題は起こらなかったが、休校が長引くにつれ、新しい学習内容がプリントとして渡されるようになった。
 新しい課題は子どもたちが自力で行うことは困難であり、在宅勤務の保護者にも大きな負担になっていった。
 課題を渡すだけでは学習が成立しないことは学校現場では当然のように理解している。

 そのため、6月に学校が再開されると、(例年に比べるとハイスピードではあったが)学年の最初の内容から授業が進められた。
 2ヶ月の家庭学習や動画配信にはどのような効果があったのか、誰も検証しようとしないし、その余力は学校現場にはない。


 ◆ 疲弊する学校現場

 3ヶ月にわたる休校の影響で、本来予定されていた教育計画は大幅な見直しが必要となった。二転三転する学校行事の取り扱いのたびに、年間計画を組み替える作業を何度も行う必要があった。
 学習の遅れに関しては、数年かけて取り戻すとはいうものの、明確な指針がない中で勝手に学校が削減することもできなかった
 また、学習指導要領に示されている標準時数を割り込んでも構わないとされているものの、削減可能かどうか、次年度以降にどのように引き継ぐかが見えてこない中、実際にはほとんど全てを行うままの計画になっている。

 その結果、毎日の6時間授業(7時間の学校すらある)、振替なしの土曜日授業の増加、夏休みの短縮と今までもほとんどなかった余裕の時間が、さらに圧迫されることになっている。
 授業の詰め込みだけでなく、前を向いて座って受ける授業が増え、休み時間も自由に遊ぶことができずストレスを溜め込んでしまっている子どもたちも増えている。

 2学期以降の学校行事については、感染状況に応じて変更するとしている。そのため、行事の計画も複数のプランを用意しなければならず、ただでさえ確保できない事務作業の時間がさらに増してしまっている。
 さらに、放課後には消毒作業が待っている。

 授業の準備をする時間は勤務時間内にはほとんど取ることができず、休憩時間を取ることなど、夢のまた夢といった状況である。
 夏休みに面談や研修が設定されていることもあり、夏季休暇と土曜日の振替休を消化するのが精一杯である。
 現場で吐き出すことのできない不満や愚痴、悲痛なSOSがSNS上に散見されている。


 ◆ あぶりだされる格差の問題

 休校が続く中でメディアに取り上げられていたオンライン授業
 しかし、ICT環境は家庭間の格差を懸念する声も一部にはあったが、新しい取り組みに対しては肯定的な報道が圧倒的に多かった
 学校でもオンライン朝学活や動画配信などを行うところもあった。
 しかし、それは管理職の方針や動画の編集スキルのある教員がいる場合であり、在宅勤務が奨励される中で、動画作成のために出勤せざるを得ない教員もいた。

 オンライン授業を進めろという指示や要望はあったが、どの地域・学校でもできる仕組みにはなっておらず、地域や学校間の格差も大きくなってしまった。
 今までずっと言われ続けてきた地域や家庭の教育環境の格差が、オンライン授業の導入でも如実に表れていた。
 プログラミング教室や通信教育など、教育投資を積極的にしてきた家庭とできなかった家庭の差が、オンライン学習の導入や登校再開後のハイスピードの授業展開により拡大しつつあると感じている。
 学校内のICTを含めた教育環境は自治体の方針や財政力によって差があったが、オンライン授業や動画配信においてもその差がそのまま今回出てきていた。

 チョークやコピー用紙の費用を削っている自治体がある中で、各自治体の財政力に依拠してきた教育行政の歪みが、今回の休校時の対応にも影響を及ぼしてしまっていると言えよう。


 ◆ “ビッグブラザー”を求める現場

 政府による統制を求める言説が大きくなっている。
 補償がない中で営業している店舗への批判や感染者に対するバッシング、自粛警察。先の見通すことのできない新型コロナウイルスへの不安から、より大きなカに依存しようという動きが強くなっているように感じる。
 市民自らが“ビッグブラザー”による統制や監視を求めてしまっている。学校現場でも同じような傾向がある。
 いや、学習指導要領に法的拘束力があるとされた1958年以降、そのような傾向が作られてきていると感じる。

 教育課程は各学校が作ることとされているが、実際には教育委員会など行政の施策の影響を非常に大きく受ける
 また、業績評価職階制度など、上意下達の仕組みが現場教職員に重くのしかかっている。
 その結果、学校現場では自分たちの意見を主張する前に「管理職に意向を確認して」と考え、学校は「教育委員会に確認して」どなってしまっている。
 地教委は都の指針を待ち、都は文科省の指針を待っている

 自分たちで目の前の子どもたちとどのように関わり、学ぶかを考えず、どのような指示があるか、意向があるかを考えている。数年前に流行語となった“忖度”を進んで行うようになってしまっている。


 ◆ 管理主義教育とポストコロナの学校

 最近SNSを賑わしている言葉に「ブラック校則」がある。「ブラック校則」は学校の問題の象徴的な存在である。
 権力側である学校(教員)が、秩序の維持のために定めてきたのが校則であり子どもを権利主体としては考えていない
 なぜ“ツーブロック禁止”“下着の色は白”などと決めるのか。その校則が学ぶこととどうつながっているのか。誰が決めたものなのか。何も考えぬまま、形骸化された校則が、子どもの自由を奪っている

 これは、中学や高校の問題だけではない。小学校でもここ数年「学校スタンダード」が流行っている。
 鉛筆や筆箱の色や形、挨拶の仕方など、学校側が子どもたちに持ち物や振る舞い方の型を示している。枠を決める、その上で“指導”をする。
 80年代のような管理主義教育は批判されてはいるが、“幼小中の連続性”や“ユニバーサルデザイン”などの名の下で、“ソフトな管理主義教育”が広まってきている。

 数年かかると言われる新型コロナウイルス感染症との付き合いに便乗し、子どもたちや教職員の自主性や自由を抑圧する動きが増して行くことを危惧している。
 残念なことだが、公立学校の現場だけではそれに抗うことができない。

 ポストコロナの世界で生きて行く子どもたちのためにも、自由と平和を希求する社会づくりのため、今まで以上に地域や市民と連帯することが必要となっている。

『子どもと教科書全国ネット21NEWS 133号』(2020年8月26日)


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