2020/11/29

3月〜8月の衝撃の日々は「思い出」になりつつある10月初旬の都立高の現場  ]Vこども危機
  =シリーズ「いま学校現場では@」=
 ◆ コロナ禍と学校 (『いまこそ』)


 この原稿を書いている時点(10月初旬)では、このテーマは、すでに過去のことのように感じる。3月〜7月頃までは前代未聞の事態が展開し、あたふたした。
 学年末考査がなくなり、卒業式は無観客、入学式もなくなり、4〜5月末まで生徒は登校させず、にわか仕立てのオンライン学習体制で乗り切った。
 しかし、世の中さすがに慣れたのか、騒ぐのに飽きたのか、致死率が下がったからか、今やコロナによる混乱はなく、かつての日常に戻りつつある

 2学期の文化祭や宿泊行事は中止となったものの、9月の連休明けから、多くの学校は時差登校をやめ、50分の平常授業体制に戻った。登校時のサーモグラフィーや日々の消毒作業は続けているが、教員、生徒の緊迫感は薄れた


 私が勤務している高校(全日制:普通科・体育科・福祉科の3科)は多摩地区最底辺の一つなので、授業の遅れは問題にはならなかった(と思う)。
 ただし、体育科の生徒たちは公式試合が中止となり3年間の成果を発揮する機会を失った。これは大きな悲劇だった。
 介護福祉士養成課程を組む福祉科は、カリキュラムはタイトになったが、施設実習が10月に確保できることになったので資格取得の要件は失わずに済んだ
 全体を見渡しても、行事をなくし、夏休み・冬休みを短縮したので、授業時数自体は結局、ほぼ例年と同じぐらい確保できたのではないかと思う。

 再び始まった忙しい日々の中で、3月〜8月の日々は「思い出」になりつつある。
 しかし、あの時期、教員たちは巨大な衝撃を受け、各自が思考を強いられた。
 「いままでやるのが当然と思っていた授業や行事等をやってはいけない」とされたのである。突如、この想像もしたことのない事態の中に放り込まれたのである。自分は教員として何ができるか、学校とは何なのか!が問われたのである。

 この衝撃は忘れてはいけない。
 私のように「ラッキー」と心の中で叫び、在宅勤務を満喫した者もいたと思うが、若い先生たちの中にはデジタル時代の教育ツールの研究、教材開発に意欲的に取り組んだ者がいた。
 入学式もなく、きちんと対面することなく、クラスを担任することになった教員はオンラインや電話でどうコミュニケー・ションを取ったらよいのか悩み、模索していた。
 6月には密を避け、クラス半分の人数での授業となったが、この時、皆が「少人数クラス」を体験した。この素晴らしい教育環境をどう活用できるのかも教員には問われた。

 改めて言う、あの時、そして今も問われているものは、人生で一番美しく、楽しい15〜18歳の貴重な数か月を学校という「場」で過ごすことができなかった生徒たちの気持ちへの想像力と、「生徒を登校させない数か月」という事態を体験してしまった私たちが前例、惰性、無意味を仕分けし、学校や教育とはこれからどうあるべきなのかをさらに創りだしていけるかだろう。(都立N高校教諭 岡田明)

 予防訴訟をひきつぐ会通信『いまこそ 22号』(2020年11月6日)



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