2021/1/16

大阪府教育長が発出した職務命令は明らかに「教育内容」に関わっている  X日の丸・君が代関連ニュース
  《大阪ネットワークニュースから》
 ◆ 府人事委員会の裁決を受けて
   奥野泰孝


 11月16日、府人事委員会から裁決書が届いた。15年の警告書付き戒告処分への不服申立てに対してである。裁決は、「府の戒告処分を承認する。」「警告書による警告の取消しを求める不服申し立てを却下する。」の2点。
 人事委員会の判断に反論はいっぱいあるが、再審請求はせず、大阪府を相手に提訴する準備をしている。反論メモを箇条書きで。

 一、人事委の判断では「教育長通達は…服務規律の確保のために、府立学校の教職員に発せられた職務上の命令であって、教職員の生徒に対して提供する教育の内容に関して発せられたものではないと考える。」となる。
 私は教育内容に関するものだと考えている。

 また人事委は「教育長は教育内容に直接関わる職務命令は出せない」と述べている。よって、この職務命令が教育内容に関わるかどうかは丁寧に考察されなければならない。


 しかし人事委員会はそれをただ服務規律のためだとしている。
 この職務命令が、教育内容に関わっている意味は大きく二つあると私は考える。
   @式場での教員の行為は児童生徒に見せる模範という教育的行為である。
   A肢体不自由で起立できない生徒のそばで座り、コミュニケーション(存在全体での)をとり、発作が起きないように注意するという教育内容を制限してしまう。

 二、肢体不自由の生徒の横でなぜ担当教員が座り続ける判断をしたのか、合理的配慮であると主張してきたが、人事委はそれを無視し、処分者の言い分を採用している。二つの主張のくい違いを述べる。
 a.私の主張は「小さな不調でも式に主体的に参加することの妨げになる可能性がある」ということだが、処分者は、「その生徒に3年間大きな不調は無かったし、校内で緊急時の薬も使わなかったから、横で座るような配慮はいらなかった」と主張。
 薬については、主治医が、毎年判断し、もしも大きな不調の時には使うようにと学校保健室に保管してきたもの。だから、大きな不調の可能性があったのだが、人事委は無視。

 b.処分者は入学式の時不調はなかったというが、卒業式の比較にはならない(規模が小さいので)。処分者は、過去3年間、式の時に大きな不調は無かったとするが、申立人は中学部の卒業式と高等部2年時の卒業式の体調の不調という事実をあげている。また、本件卒業式前々日と当日朝の自宅での体調不調もである。

 c.処分者は「2年時の不調は国歌の時でなく校歌の時だから国歌の時に座って介助の必要なし」と言うが、問題はそんなことではないことは明らかなはず。ずっと指摘したが人事委は無視。
 三、人事委の判断は、「間接的制約が許容されるか否かは、職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して、当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である」ということである。必要性及び合理性が認められないなら、間接的制約は許容されないということである。

 申立人は、「起立斉唱の職務命令は外部的行動への制限であり、個人の内面をも制限し侮辱するものであり、不必要かつ非合理的」と考える。信仰にもとつく行為を制限されることは身体だけでなく心も制限されることなのである。
 裁決書では「慣例上の儀礼的な所作であるから、起立斉唱行為が宗教上の行為等に該当するものではないと考えられる。」と書かれているが、宗教上の行為をどう定義しているのだろう?葬儀で線香をあげるのも、神社で柏手を打つのも、慣例上の儀礼的な所作であるが、宗教上の行為ではないのか。最高裁も「君が代」起立斉唱を宗教上の行為ではないと証明できていない。

 四、「警告の取消し」の却下について。人事委は「分限処分の内容は、職務命令違反行為による懲戒処分が3回繰り返された時点における諸事情等を総合的に考慮して、個別具体的に判断されるべきものであり、過去に2回の当該懲戒処分を受けたことのみをもって機械的に判断されるものではない。」と判断。
 個別具体的に判断というなら、条例の「3回で免職」というのは無効(違法)と言っているのも同然。

『大阪ネットワークニュース』(2020年12月20日)



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