2021/4/18

ニホンの刑事司法は、前近代的「思想司法/モラル司法」のまま、司法官僚と御用刑事法学者の楽園を形成  ]平和
  =国家テロルの生理と抵抗の歴史理論(二)=(「月刊 救援」より)
 ◆ 転向強要司法
   前田朗(東京造形大学)


 宮本弘典『刑罰権イデオロギーの位相と古層』(社会評論社)は、知性と人間性を侮蔑するかの如く暴走するニホン刑事司法を徹底解剖する。

 共謀罪、特定秘密保護法、刑訴法改悪に始まり、死刑制度と死刑冤罪、暴力行為等処罰法、法科大学院設置、裁判員制度に至る現状分析はニホン刑事司法史への遡行を必須課題とする。
 第六章「戦後刑事司法改革の蹉跌−ニホン刑事司法の古層1」及び第七章「思想司法の系譜−ニホン刑事司法の古層2」は一八○頁に及ふ圧巻の知的作業の記録である。

 日本国憲法と戦後改革にもかかわらず、司法権の独立も、警察権の民主的統制、も無罪の推定も、罪刑法定原則も、何一つ実現することができなかった深奥の秘密は何かを、歴史と理論が縮爆する極限に立ち入って抉り出す。


 宮本は制度史や立法史や学説史ではなく、刑事司法の担い手の思想と行動の歴史に挑む。
 日本型司法を作動させるイデオロギーの再生産構造を天皇制国家の司法官僚と御用刑事法学の楽園形成の論理として暴き出す。
 その中軸は法務・検察であり、とりわけ思想検察戦時刑事法の精神である。

 家永三郎内田博文らの研究を踏まえて、宮本は「検察優位が確立していた敗戦前の旧司法省による裁判(官)統制は、刑事司法の戦時体制下とともにその極致を迎え、モラル司法ともいうへき思想司法を牽引する官僚制検察官司法として結実した。
 したがってまた高度国防国家を標榜するファシズム体制下の権威主義国家において、特に思想犯/政治犯における刑事裁判の顕著な形骸化を招来したのも必然であったろう」と言う。

 行為者の思想を裁くのではなく、被害を惹起した行為に着目して裁くという近代市民刑法の理念にもかかわらず、ニホン刑事司法ては一貫して思想そのものに焦点を当てて裁き、思想改善・善導のために転向政策がとられた。

 そのイデオロギーは戦後も消失することなくさまざまに形を変えつつ温存された。
 治安維持法、思想犯保護観察法、戦時経緯特別法、国防保安法、改正治安維持法によって確立した「思想犯/政治犯処理の重罰化を伴う迅速化・効率化・箇略化」が基軸である。

 「戦時体制下における自白依存による刑事裁判は、自白を反省と介護の徴とし、捜査・公判のみならずそれに続く(思想犯)保護観察も含めた行刑の全過程を通して、被疑者・被告人・有罪確定者に対してニッポン臣民の道義の回復、つまりは転向を強いる『反省謝罪追及司法』『転向強要司法』とでもいうべき手続きと化した。
 転向を拒絶する者は法的権利のみならずニッポン臣民の道徳的資格をも剥奪され、『非国民』として非難され排除される。」


 ◆ 道徳劇としての裁判

 転向強要司法と刑事法学をつくりあげたエリート官僚と御用学者の系譜は見事に太く強靭なパイプで現在に直結している。
 道徳劇としての裁判の役者たちは、例えば司法相・原嘉道、平沼騏一郎、林頼三郎をはじめ、検察出身の小原直、皆川冶広、泉二新熊、池田寅二郎、長島毅、横田国臣等々であるが、「戦時思想司法のエートス」として筆頭に掲げられるのか池田克であった。
 「池田を抜きにして戦前の治安維持法の運用を語ることができない」と言われる思想検事・池田は、敗戦と戦後改革の激動、公職追放の嵐を巧みに乗り切って、最高裁判事に就任し、戦後司法に戦時司法の大黒柱を叩き込んだ

 日本国憲法の理念を活かそうとする試みや勢力がなかった訳ではないが、表向きは戦後民主主義の風潮の中、知られざる権力闘争の末、政治司法がルネサンスを迎え、日本型刑事司法の構造と骨格と肉付けか果たされた過程を、宮本はさまさまな証言とエピソートを織り交ぜながら追跡する。

 検察官僚の蟠踞を支えたイデオローグには御用刑事法学者の代表者たちも付け加えなくてはならない。
 日本法理と大東亜法秩序論の小野清一郎を筆頭に、「戦後刑事法学の泰斗」として道義的責任を唱えた団藤重光、「硬骨/恍惚の戦時派裁判官」の斎藤悠輔、「ミリタリント保守によるりペラル排斥」の石田和外、「思想検事の末裔」の岡原昌男の思想と行動が精査される。

 「人身の自由に敏感てあろうとし、日本国憲法に忠実に裁判に取り組もうとする裁判官の努力と志も、司法の政治化やそれをもたらす官僚制司法というニホン(刑事)司法の『古層』に埋もれてゆくということたろうか。
 この『古層』を刻印する思想司法/モラル司法は検察官司法を強化し、自白偏重による精密司法によって数多の冤罪誤判を生出すと同時に、刑事裁判をモラル統合のための道徳劇と化した。」

 かくして歴史は回帰する。歪曲と褶曲の変容を被った地平に再構築された刑事司法は、国際化やIT化をはじめとする現代化の波を潜り抜けて、二一世紀の刑事司法として輝ける城郭を聳え立たせる。
 「古層」を掘り越せば死屍累々たる悪夢の司法か血塗れのまま異臭を放っているか、見えるものを見ようとしない精神が現代司法を領導している
 宮本の闘いは閉幕を禁じられた無限劇とならざるを得ないだろう。

『月刊 救援 第623号』(2021年3月10日)


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