2021/5/4

トリチウム汚染水をトリチウム処理水と言い換える「科学」の政治利用を見逃してはいけない  ]Xフクシマ原発震災
  《コラム 現代ニホン主義の精神史的状況 藤崎剛人(ニューズウィーク日本版)》
 ▼ 原発処理水の海洋放出「トリチウム水だから安全」の二重の欺瞞
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破綻の象徴──福島第一原発の敷地に作られた処理水用のタンク。
来年には満杯になる見通し(写真は2019年2月) Issei Kato-REUTERS

 <「希釈すれば平気」とか「海外でもやっている」という嘘もさることながら、既成事実をつくって反対や疑念の声を押しつぶすやり口をはこれ以上許してはならない>

 4月13日、日本政府は、福島第一原発の冷却に使われていたトリチウムなどが含まれる汚染水を、貯蔵タンクの容量が限界に達しつつあるとして、再処理したうえで海洋放出することを決定した。しかしこの決定は国内外に波紋を広げている。


 ▼ 「トリチウム水」だから問題ない?

 政府によれば、海洋放出される処理水にはトリチウム以外の放射性核種はほとんど含まれていないという。トリチウムは水から分離することが技術的に難しく、また体内に取り込んでも出ていきやすいので、大きな健康被害は起こりにくいとされている。そのため、海外での原子力発電所でも「トリチウム水」の放出は行われている。だから問題ないのだ、と日本政府は主張している。

 しかし問題となっている汚染水は、2018年、他核種処理設備ALPSでの処理を経ているにもかかわらず、セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素131などトリチウム以外の放射性核種が検出限界値を超えて発見されたという経緯をもつ。
 それまで東電は処理水内のトリチウム以外の核種は検出できないほど微量であると主張しており、データが存在していたにもかかわらず、それを説明しなかった
 これによって政府・東電の信頼性は大きく損なわれ、海洋放出の決定は先延ばしになっていた。

 福島原発事故を経て、大量の核種が紛れ込んだ福島第一原発の汚染水は、他国で通常運転している原子力発電所から排出される処理水とはまったく性質が異なるものだ。
 東電は2020年末に試験的な二次処理を行い、トリチウム以外は基準値を下回ることに成功したと発表した。しかし、海洋放出を予定している2年後までに、再処理がトラブルなく間に合うのかはまったく不透明だ。

 汚染水の海洋放出が決定された同日、経済産業省はALPS処理水の定義を変更し、「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」のみを「ALPS処理水」と呼称することを発表した。
 ということは現在、基準値を超える核種が検出されている汚染水は「ALPS処理水」ではない
 また、「規制基準」をクリアする方法を、「2次処理や希釈」と表現しており、二次処理を経ずとも希釈により基準値を下回ればそれでOKとしているとも解釈できる。
 少なくともこうした先行き不透明な状況で、「海洋放出されるのはどこの国も流しているトリチウム水だから問題ない」と説明するのは不正確だし、「捕らぬ狸の皮算用」でしかないだろう。


 ▼ 信頼できない東電・日本政府

 この海洋放出の決定に、もっとも激しく抗議しているのが、福島県の漁業関係者だ。国は魚介類に対する「風評被害」が出た場合は補償するとしているが、基準も曖昧で信用できない。
 そもそも2015年、東電は漁業関係者の理解なしに処理水は海洋放出しないという約束をしていたという。そうであるならば、今回の決定は、その約束を反故にしたかたちとなる。

 日本政府や東電は、処理水の安全性について「丁寧に説明」すると繰り返し述べている。しかし、政府も東電も、事の本質を見誤っている。
 福島原発事故から10年、日本政府・東電は、事故の処理について、幾度も無責任な約束をしては、隠蔽・ごまかし・裏切りを重ねてきた。
 原子炉への地下水の流入は「凍土壁」で完全にシャットアウトできるという説明も、結果として嘘だった
 問題になっているのは、「処理水」の科学的安全性ではなく、信頼できない政府・東電の体質なのだ。

 そもそも、再処理や海洋放出に関する具体的な計画を東電はまだ作成していない。安全な処理水を排水可能な見通しが全くたっていない状況下で、海洋放出を行うことだけが正式決定されたのだ。

 既成事実をつくり、反対や疑念の声を権力的に押しつぶすやり口は、安倍政権時代から続く自民党政治の常套手段だった。
 安保法制にせよ共謀罪にせよ、強権的な手段で批判の多い物事を決定してから、事後的に「丁寧な説明」をすると述べる。
 しかしその「丁寧な説明」は行われることはなく、やがて市民は忘れてしまう(そもそも、すぐ忘れてしまう市民にも問題があるともいえるが)。海洋放出の問題で真っ先に問われるべきは、政府・東電の不誠実性なのだ。


 ▼ 「科学」の政治利用

 こうした局面で「科学」は、政治的なものを誤魔化すために積極的に用いられる
 いくら国や東電が漁協との約束を無視したり、住民の頭越しに放出を決定したりしても、科学的に安全なのだから別にいいじゃないか、そんなことを気にするなんてお前は「放射脳」か?というわけだ。

 しかし、水俣病など過去の公害事件の例をみても、公害の責任を取るべき政府・企業とその被害者としての地域住民の間には厳然たる力の非対称性、つまり権力勾配がある。
 科学技術やデータを独占している国・企業に対して、地域住民が、公害の被害を立証するなど「科学的」に対峙することは極めて難しい。
 したがって、国や企業が住民に対して公正な手続きや情報公開、限りなく誠実な対応をとることによってはじめて、対等な交渉は成り立つ。

 この原則に照らすと、地元合意を海洋放出の条件に加える約束をしてきた以上、合意抜きの海洋放出は永遠にありえない。
 仮に福島原発の「トリチウム水」の安全性が実証されていようと(実際はまだ二次処理が行われていないので、安全だとはいえないのだが)東電・政府はそれを用いて、約束に基づき、まず地元の漁業関係者を説得しなければいけない
 それが、権力勾配がある二者関係での、公正な民主的手続きなのだ。


 ▼ 原発政策の破綻を認め、政治的無責任体制の転換を

 4月14日、原子力規制委員会は、柏崎刈羽原発に対し、事実上の再稼働禁止処分を下した。中央制御室への不正侵入や、テロ対策設備の故障を1年近く放置していたことが問題視されたかたちだ。
 日本の原発政策は破綻している。そもそも、核のごみの処分を将来の技術革新に丸投げする「トイレなきマンション」として運用を進め、その唯一の希望だった「もんじゅ」が大失敗しても誰も責任を取らないという時点で、原発政策のモラルは崩壊しているのだ。

 原子力発電事業は断念しなければならない。原発事故の深刻さを少しでも誤魔化して原発事業の延命を図ろうとしているから、前首相がアンダーコントロールという嘘をつき、「トリチウム水」と称する汚染水を海に流そうとする。

 原発に限らず、コロナでも、汚職事件でも、かかる政治的無責任体質は継続している。マスコミは忖度して政治的責任を追求せず、政治の不正に甘く、何か政治に怒ることがあってもすぐ忘却してしまう日本社会も共犯者かもしれない。
 いずれにせよこの政治的無責任体制を終わらせなければ、日本の政治はいつまでたっても良くなるまい。


 ※ プロフィール 藤崎剛人(ふじさき・まさと)
   北海道生まれ。東京大学大学院単位取得退学。埼玉工業大学非常勤講師。専門はドイツ思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。Twitter ID:@hokusyu82 『ハーバー・ビジネス・オンライン』でも連載中で、人文知に基づいた時事評論や映画・アニメ批評まで幅広く執筆

『ニューズウィーク日本版』(2021年04月16日)
https://www.newsweekjapan.jp/fujisaki/2021/04/post-7.php


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