2021/7/30

第11回「日の丸・君が代」問題等 全国学習・交流集会 報告資料〔大阪E〕  X日の丸・君が代関連ニュース
  第11回『日の丸・君が代』問題等全国学習・交流集会にお集まりのみなさまへ
 ◆ 「君が代」条例から10年、いま、大阪の公教育は?


 大阪では、この10年、維新の首長らが政治的に「教育」を利用してきた。そのため学校現場は閉塞感に満ち、問題意識を持った教員が一部いるものの、全体としては上意下達の構図にすっぽり収まっているかの観があった。
 ところが、そういう状況のなか、本年5月、現職の大阪市立小学校校長が名前を明らかにしたうえで松井市長に提言を出した。これは大きな話題となり、いま、校長は様々な場で、大阪の教育について語られている。
 私たちもそれを受け止め、大阪の教育の再生を目指したい。それが学校への「君が代」強制の不当性を多くの人々に訴えることにも繋がると考えている。
2021.7.18
大阪グループZAZA 志 水 博 子

 〈新自由主義的教育改革――安倍と維新による公教育の崩壊〉


 2006年、第1次安倍政権は教育基本法を改悪し、翌2007年には全国学力調査(悉皆)が復活した。2008年、大阪に橋下徹による維新府政が誕生、2011年には全国で唯一「君が代」強制条例が施行された。翌年の2012年には、新自由主義的教育観に基づく教育基本諸条例が施行され、まさに安倍流教育破壊の先兵を務めてきたのが大阪維新の会であった。

 それを裏付けるように2012年2月、日本教育再生機構が主催するシンポジウムで安倍晋三と松井大阪府知事(当時)は意気投合。ここに、"森友学園"に代表されるナショナリズムを利用した新自由主義的教育改革が、大阪を実験場とするかのように繰り広げられていった。


〈学力向上という美名のもとに行われる民間委託テスト〉

 全国学テ体制において、「学力向上」という美名のもと、大阪府では2015年度より中学生統一テスト「チャレンジテスト」が実施されている。
 なお、これには別の目的もある。高校入試における「絶対評価」の内申を適正に評価するという理由で、各中学には、府全体の平均から割り出された「適正な評定平均値の範囲」があてがわれる。
 これが何を引き起こすかというと、最も大きな問題点は地域格差をそのまま中学生たちは背負わされてしまうことだ。
 関西学院大学准教授濱元伸彦氏の論文「大阪府チャレンジテストにおける『団体戦方式』の問題―地域間の経済格差が内申点評定に反映される仕組み」(『日本の科学者』2020年8月号所収)では、社会的経済的背景が厳しい学校の生徒が高校入試上不利になっている可能性があると指摘されている。
 また、子どもたちにも分断を強いることになる。教育行政が学校を"格付け"し、学校ごとに5段階評定の分配率を決める制度は人権侵害さえ引き起こしかねない。

 さらに、大阪府教育委員会は、緊急事態宣言中であるにもかかわらず小学生統一テスト「すくすくテスト」の実施を始めた。
 大阪維新の会笹川理府議会議員は自らのHPで、「この『すくすくテスト』は、自信を持って、大阪の教育を変える起爆剤になると思っています」と述べている。
 まだ全貌は分からないが、維新の会(政治)・内田洋行(民間教育産業)・府教委(行政)がタッグを組んで、公教育を民営化路線に持ち込もうとしているのはたしかだろう。


 〈データ化され、差別化される子どもたち→教育民営化への道〉

 教育民営化の道はそれだけではない。Society 5.0に向けICT教育振興のための市場開拓を狙う財界と政府は、コロナ禍オンライン授業をバネにして一気にその方針を教育の場におろそうとしている。この戦略は、ことさら大阪市では顕著である。
 GIGAスクール構想における、「多様な子供たちを誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学びを全国の学校現場で持続的に実現させる」という耳触りのいい言葉は、結局、子どもをデータ化し、差別化し、公教育の崩壊につながっていくのではないか。それに対抗していくためには、そもそも「学び」とは何かを私たちの手によって提示していく必要があるだろう。


 〈首長による地教行法違反がまかり通る大阪〉

 先にも触れたが、こと大阪では、コロナ禍における吉村知事・松井市長による政治的パフォーマンスは目にあまる。
 制度が改悪されたとはいえ、教育委員会が首長から独立した行政委員会として教育行政を担っていることはいうまでもない。ところが、吉村知事も松井市長も教育委員会頭越しに、学校の臨時休業、オンライン授業の指示などを記者会見で公表する。
 メディアはそれを批判することなく垂れ流し、結果、学校現場が振り回されることが幾度となくあった。
 なかでも5月19日松井市長が教育委員会頭越しに「緊急事態宣言中、学校は原則オンライン授業」と宣言したことによって学校現場は大混乱が起こった。明らかに地教行法に違反することがまかり通っているのである。


 〈大阪市立木川南小学校久保校長の「提言」〉

 そんな時に、現職の大阪市立木川南小学校久保敬校長が大阪市長に「大阪市教育行政への提言―豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために」を出された。今、大阪の公教育において考えなければならないことすべて書かれていると言っても過言ではない。
 これは松井市長にあてた「提言」であると同時に、私たち市民にあてられたものだと受け取めている。
 私たちは、この提言がうやむやにされることなく、教育行政に活かすことを大阪市教育委員会に迫っていきたい。まだお読みになっていない方がおられればどぜひ読んでほしい。
 (ZAZA 現職校長から市長への提言 で検索)


 〈「学校」とは何か?「学力」とは何か?〉

 いつの時代にも、学校は社会の要請に応えてきた。それは必ずしも政治と無縁ではなかった。
 ある人はこういう、これからの時代、学校は必要なくなるかもしれない。本当にそれでいいのか?いま、学校は危機にある。
 大阪に限らず、全国には市民の眼差しから学校や教育の問題を考える団体が多々ある。一義的な価値観ではなく多様な価値観を前提に公教育を考えていきたい。そもそも「学力」とは何か?から話し合っていく必要があるだろう。


 〈学校への「君が代」強制の意味を、いま一度とらえ直す〉

 昨年12月出版された『ルポ 「日の丸・君が代」強制』(永尾俊彦著・緑風出版)は、たんに国旗国歌の問題というのではなく、戦後日本社会の歴史、とりわけ現在に繋がる教育の歴史が描かれている。「君が代」を軸として戦後教育と社会の構造を解き明かしたといってよい。
 筆者は、学校への「君が代」強制・懲戒処分を、戦後最大の「思想弾圧事件」と呼ぶ。
 そしてあとがきにはこうある、「本書が、教職員の苦悩と行動を通し、子どもたちのための学校はどうあるべきなのかを考える一助になれば、幸いだ」と。
 「日の丸・君が代」強制がいかなる学校を作り上げ、それがどのように子どもたちに影響を及ぼしたか、もう一度捉え直していきたい。


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