2021/9/16

「民衆史」「自分史」の確立した歴史家色川大吉さん  ]平和
 ◆ 追悼・色川大吉さん (東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)

 経済評論家の内橋克人さんが亡くなり、歴史家の色川大吉さんが亡くなった。尊敬する人たちの他界は、身に堪(こた)える。
 九十六歳だった色川さんは昨年十月、『不知火海民衆史』を上梓(じょうし)した。上下六百頁以上に及ぶ浩瀚(こうかん)な一書。

 「いま九十五歳の私がこだわるのは、四十余年経(た)っても、あの通いつめた日々が朽ちない価値を持っていると、信じているからである」
 この序文の言葉は、ノスタルジアではない。水俣病を広めるために調査団を組織し十年間通って調査した事実を、さらにいま死を前にして記録に遺す。歴史家の矜持(きょうじ)といえる。
 正史よりも民衆のこころに刻み込まれた思想を繋(つな)ぐ「民衆史」「自分史」の確立が色川さんの主張であり実践だった。


 上巻は一九五九年、多くの逮捕者をだした「水俣漁民暴動」を聞き書きで掘り起こした詳細な記録からはじまっている。
 自由民権運動、秩父困民党、足尾銅山と谷中村闘争、成田空港に反対する農民闘争をテーマにしてきた色川さんの魂がこもっている。
 下巻は水俣病患者の聞き書きである。

 色川さんとの出会いは早世した独文学者の鈴木武樹明大教授とわたしとの三人で成田闘争の応援にいったとき。
 「そのころの闘魂、車椅子生活になっても失っておりません。夢ではよく△△の蹶起(けっき)大会に参加しています」と今年二月書き送ってきた。ロマンチストだった。

『東京新聞』(2021年9月14日【本音のコラム】)


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