2022/1/14

半藤一利氏を“歴史探偵”“昭和史の語り部”などと称賛することへの違和感  ]平和
 ◆ <異議あり!>明日12日が没後1年の半藤一利氏を
   「近現代史の語り部」として称賛一色でいいのですか?

   皆さま     高嶋伸欣です


 明日12日、半藤一利氏の没後1年の節目の日です。この1年間、折に触れて同氏を”昭和史の権威””偉大な警世家”の如く称賛する声が新聞紙面や映像などで五月雨式に流布されてきています。
 特に半藤氏の「戦争だけは絶対にはじめてはいけない」という言葉が新聞の投書やコラムなどで引用され、強調されています。けれども、私には釈然としない思いが今なお強くあります。

 一方で、上記のような動きがこの節目に合わせてさらに顕在化するのではないかと、私は予想していました。
 その予想は的中しました。添付資料1は『東京新聞』本日11日の朝刊「こちら特報部」に掲載の半藤氏の言説を振り返る記事です。この記事は、従来の他紙誌や放送等主要メディアの半藤氏称賛報道とほぼ同色に染め抜かれています。


 同記事は見出しで「うそ書ける時代すぐそこに」という半藤氏の警句を「遺言」と位置付けて強調しています。

 けれども、半藤氏の言う通りでしょうか。添付資料2のAを見て下さい。2005年12月8日の『東京新聞』「本音のコラム」で、半藤氏自身が「今日は12月8日」「真珠湾軍港を、日本の機動部隊から飛び立った航空機が奇襲攻撃し、これを機に太平洋戦争がはじまった、その日である」と、コタバル開戦の事実に反する記述をしています。

 一方で半藤氏は、「コタバル上陸戦闘は真珠湾攻撃よりも一時間余も早く開始されている」(「『真珠湾』の日」文藝春秋社、2001年7月)など、と他の著書に明記しています。
 勉強不足で知らなかったのではありません。コタバル上陸戦で開戦と知っていながら、開戦は真珠湾奇襲だったことにして、コラムで言うその後の若者の”無知”を際立たせる文を創作していることになります。

 こういう事実歪曲を「うそ」と言うのではないでしょうか。「うそ書ける時代すぐそこ」ではなく、半藤氏自身が”今をうそ書く時代に変えている”のは明らかです。
  *ちなみにこのコラムについて、半藤氏も『東京新聞』も訂正・謝罪等を今日まで全くしていません。

 添付資料2のBによると、この「ある女子大学」での話が契機となって、ベストセラー『昭和史1926−1945』(平凡社、2004年)と『昭和史 戦後編』(2006年)が生まれたそうです。
 そこで、『昭和史 戦後編』(平凡社ライブラリー版、2009年)を見ると、沖縄関連の記述は実に粗雑です。

 たとえば、
 1)「地上戦が終わった直後から軍事占領され、そのまま沖縄を40年以上米軍の占領下に置いたことに対して〜」(316p)とあります。沖縄戦は1945年、沖縄返還は1972年ですから「40年以上米軍の占領下」とは明らかな誤りです。

 *『昭和史』は平凡社の編集者などを聴講生とした講座をテープ起こししたものとのことです。講師の半藤氏の事実誤認のお粗末さはもちろん、聴講生たちもその場ですぐに気づいていないというお粗末さを満天下に晒していることに気付いていないのでしょうか。。
 加えて、『昭和史』として編修し出版する際、平凡社ではまるで校閲をしてないことになります。中学生でも気づく事実歪曲の記述です。
 版(増刷)を重ね(『昭和史』32刷、『同 戦後編』29刷、2021年7月現在)ながら、この事態です。

 2)また532pでは、「沖縄はGHQの管轄下に入ったわけです」とありますが、沖縄は米軍の単独支配下に置かれたのであって、「連合軍総司令部GHQ」の管轄外です。GHQは連合国軍の各国政府代表による極東委員会の対日占領政策の枠内で権限行使を認められていた存在でした。それに対して、沖縄は米国単独の占領だったので、米国は一層勝手にふるまえたのです。
 上記1)と同様に、講師・著者の半藤氏の事実確認は杜撰です。それに『昭和史』編修の際の平凡社の校閲は、ここでも無いに等しいように思えます

 3) さらに532pでは、続けて次のように書かれています。
 「さらにそれが講和条約で、『沖縄は米国を施政権者とする国連の信託統治のもとに置かれる』ことが決められ、沖縄はまったく日本の政治権限の及ばないところに存在することになりました」と。
 これも、全くの事実誤認です。確かに講和条約3条では、沖縄や小笠原諸島などについて米国が国連に信託統治領化を提案した時は同条約調印国は賛同する旨を定めていました。けれども3条にいつまでにその提案をすることと明記されていないのをいいことに、米国はその提案をしないまま事実上の軍事占領を続け、日本政府も催促をしないままだったのです。

 *このことは、高校教科書『詳説日本史B』(山川出版)の2003年度用以後の版には明記されています。
 もし「国連の信託統治のもとに置かれ」たのであれば、1972年の沖縄返還は米国からではなく国連からであったはずです。
 聴講生たち世代はともかくとしても半藤氏は現役編集者の時代のことです。「なぜ国連からでなく米国からの返還?」という疑問を持って探求するのが「歴史探偵」の仕事と思えるのですが。

 その他、歴史学などの研究者の精査に半藤氏の自称「講談調」や「落語の人情噺調」の近現代史「歴史探偵」物語がどこまで耐え得るのか、私には極めて疑問です。

 こうした疑問を私は昨年1月の半藤氏没後の同氏賛美の風潮に対して「異議あり!」の声を機会ある毎にあげてきました。けれども、賛否等いずれいずれの反応ともほとんどなく、まるで一人空回りをしているかの如くの状況です。

 それだけ、半藤氏のいう「うそを書ける時代」がすでに見事に出来上がっているのだと認識せざるをえません。

 「戦争だけは絶対にはじめてはいけない」という半藤語録が多くの人々を魅了し、さらに拡散されようとしています。その戦争は、人びとを「うそ」の情報操作で真実に気づかせなくしたことから始まったのだと、歴史は教えてくれています。

 「歴史探偵」も実は「扇動巧者」と五十歩百歩の違いでしかない、とは言いすぎでしょうか。

 ともあれ、半藤氏賛辞が続く時代状況に屈することなく、「異議あり!」の声を今後も挙げ続けるつもりです。
 ちなみにここで指摘したのは、「異議」の一部分です。

 まずは明日12日の同氏没後1年関連報道等の様子に注視していきます。

  以上 高嶋の私見です  ご参考までに      転送・拡散は自由です



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