2022/5/14

「競争・強制でなく 命と人権を守る教育を!5・7集会」資料B  X日の丸・君が代関連ニュース
  《2022.5.7 大阪ネット集会資料から》
 ◆ 政治が教育から奪ったもの、そして特別支援教育の今
奥野泰孝(「君が代」不起立者)

 教員離れの原因は、長時間労働などの厳しい環境のせいだけではない。一番大きいのが、仕事を通しての希望を政治が奪ったからだと思う。
 建築家の安藤忠雄が今の日本社会で、「一番問題なのは、希望を感じている人が少ないこと」と言っている。「希望」とは「生きる誇り」とも言っている。

 教員免許更新制度は教員のプライドを奪った。
 研修は主体的にするもの。職業の専門性はどのように維持されるのかということの受け取り方を政治家が間違っていた。
 現在受け持っている児童生徒の課題の必要に迫られてする研修、長期的な教育ビジョンのための研修、など。免許更新制のために大学や教育研究機関などで用意された講座は、一般的、概論的なものが多い。


 実りある内容の講座があっても、多忙な教員は楽な講座を選択してしまう。アリバイ作りのためだけの受講になってしまう。

 職員会議の形骸化は、教員の自主性を奪った。校長の権限を強化したことが職場の「忖度」度を高める。教職員は、「子どもを見て、こうしよう、ああしようと工夫してきた」意欲を失う。

 評価・育成システムは、給与に直結するので、脅しと同じ。管理職が納得する目標設定をし、忖度と面従腹背を進める。
 管理職も高評価を得るための判断と行動をする。目的や目標の審査が不十分になり、言葉の響きの良さが通っていく。プレゼンテーション技術は高まっても、何をプレゼンするのか中身が育たたなくて、借り物になる。
 不服申し立ての制度は、アリバイ作り、空気抜き。当局がまともに動いてくれないので、不服申請する時間が無駄に思えてくる。

 Try(Teacher Recruitment Sistem)システムという、校長が、学校の課題に合わせて求人するシステムは、教員を駒として扱う考えを強める。

 国旗国歌条例と職員基本条例の問題。同調圧力に処分を合わせて、権力に大人しく従う教職員を「育成」しようとしている。従わない教職員の排除(免職と再任用拒否)。

 いろんなことが、後手後手になっているのは、働き手が自分の持ち場で誇りを持って仕事ができなくなっているから。
 その分野で専門家でない政治家などが口出しして、制度や方法が決められていく。
 クレームを恐れて実行するのでアリバイ作りが大事になる。

 天皇制。人を駒扱いすることの根本は、この国では天皇制にある。「君が代」を歌わせられている限り、「主権在民」ではない。天皇主権が生きている。
 信長などが天皇にとって代わろうとしたが失敗、ヒトラーがうらやましがった、神のような特権。天皇以外は「平等」となるから、その壁以外は差別が無くなったような錯覚が起きる。しかし、それは「臣民」として国家に従う限りにおいて。
 映画「拝啓天皇陛下様」(1963)では、不況下で入隊した主人公(渥美清)は「三度の飯が食えて風呂にまでは入れるので軍隊は天国だ」と言う。「国」の言うことを聞き、人殺しもし、自爆攻撃(特攻)もするなら、という条件付き。

 「国歌の起立斉唱」が「慣例上の儀礼的所作」などということはできない。「臣民(奴隷)」にそれと気づかせず、自主的にやっているように勘違いさせる、強制上の悪魔的所作なのである。
 しかも、最近の「国」は「自己責任」などと言って「臣民」のメンテナンス(三度の飯と風呂など)も放棄して、使い捨てにしようとしている。
(延期前に2月11日に用意したものを書き換え)


 ◆ 処分取消の闘いの報告@「2013年3月の減給処分」

 卒業式受付業務終了後に式場に入り、「国歌」の時立たなかったことに対する処分。最高裁は終わっているが、府人事委員会で昨年10月に最終陳述書を提出し、裁決待ち。
 次のような疑問を投げかけた。
 1、式では保護者受付の業務の終了は、担当教員が自分で判断してよいのではないか。処分者は「勝手に判断し」と言っているが、現場における仕事の性質を無視しているのではないか。
 2,教職員が担当する生徒のいる式場に入るのは当然ではないか。
 3,処分理由に「本来式場内に参列すべき教員ではない」とあるが、どういう理由で「参列すべきでない教員」とするのか。
 4,処分理由に「式典の秩序や雰囲気を損なった」とあるが支援学校の卒業式で損なってはいけない「雰囲気」とはどういうものか具体的に事実をあげてもらいたい。
 5,処分理由に、前年度の懲戒処分のことも書いてあるが、これは累積加重であって、最高裁判例違反ではないか。


 ◆ 処分取消の闘いの報告A「2015年3月の不起立に対する戒告処分」

 「合理的配慮」無視の戒告処分撤回裁判。私は、信仰上、「君が代」で起立斉唱はできない。
 処分は、憲法19条、20条違反という考えは変わりないが、2015年3月卒業式では、担当生徒の心身の安定を図り発作を防ぎ、主体的に卒業式に参加する合理的配慮のために、「起立斉唱」時も介助者は車いすに座る生徒の横で座っているべきだと私は判断し、その判断を事前に管理職には伝えた。
 管理職は、職務命令を変更せず私を式場に入れた(前年は2年生付き添いのはずの私に式場外の仕事を命じ、代わりに入った教頭がその生徒の横で起立斉唱している時に発作を起こしている。)。
 2021年5月、大阪地裁に提訴。第5回期日が4月18日にあった。訴状、府の主張(反論)、原告の反論、府の反論まで進み、第5期日で裁判長は被告大阪府に3つ指示を出しました。
  @処分を決めるに至る記録、人事監察委員会(懲戒部会)の記録の提出。
  A卒業式の動画記録、または写真記録の提出(存在すれば)。
  BA君の障害状況など校内で情報共有はされていたのか、養護教諭の判断はどうだったのかなどの記録があれば提出。

 ☆ 第6期日は7月4日(月)11時半809号法廷。弁護士会館で報告集会



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