2022/5/16

沖縄復帰50年の日に「県民大会決議を実現させる会」が高校生・若者にアピール  ]平和
 ◆ <紹介>「県民大会決議を実現させる会」による
   『沖縄の未来を切り開く高校生・若者に贈るアピール

   皆さま     高嶋伸欣です


 今、沖縄にいます。15日の復帰50年目の沖縄の様子を確かめたいのと「9・29県民大会決議を実現させる会」による「復帰50年の日に沖縄の未来を切り開く高校生・若者に贈るアピール」発表記者会見に参加のためです。

 沖縄の「復帰」は、講和条約3条を詐術的に悪用した米国政府とその意図に暗黙の理解を示してきた日本政府によって、「本土」の独立以後も憲法無しの無権利統治に置かれていた沖縄県民が、ひるまずに声を上げ続けて、日本国憲法を獲得した歴史的出来事だと、私は思っています。

 *上記の条約3条は詐術的仕組まれたものだったという当時の米国政府関係者の証言が、明日15日21:00からのNHKスペシャルで明らかにされるようです。
 13日の沖縄NHKローカルニュースの特集でその部分が詳しく放送されました。


 私が、沖縄の「復帰」は”虫けら”同然の無権利状態に日米両政府と「本土」社会などによって放置されていた人々が、「人間としての権利を認めろ!」と声を上げ続けて日本国憲法を獲得した歴史的偉業、一種の市民革命ではないか、と思うようになったのは、教員になった翌年に復帰目前の沖縄で現地の人びとから学んだ53年前です。

 以来、「沖縄の憲法記念日は5月15日のはず!」と言い続け、「復帰」を達成した沖縄は、「民主主義の先進県!」と言い続けてきました。

 最近では同様の視点から「復帰」の意味を指摘する報道やコメント類がこれまでになく増えてきているように感じられます。
 53年間言い続けたことは間違っていなかった、と納得しています。

 そして最近は、もう一つ沖縄の人々が歴史的偉業を成し遂げたのは、無権利下でも声を上げ続けたからだという点に注目しています。

 民主主義の一丁目一番地は、誰もが疑問や要求があれば声を上げる権利を認めあう社会であるころとであるはずです。その大原則の意義を実践で証明したのが沖縄の「復帰」だったということになります。

 そのことを、先日の5月3日の「2022年憲法大集会(東京有明)」のメーンスピーカーとしての発言で強調しました。

 そして、明日15日の沖縄「復帰」50年の節目に合せた「9・29県民大会決議を実現させる会」による「沖縄の未来を切り開く高校生・若者に贈るアピール」でも、「声を上げ続けることで歴史を刻んでいる沖縄は『本土』に先んじていることを確認し、取り組みを継承しましょう」と呼び掛けています。
  *『アピール』は添付してあります。

  *明日15日の沖縄と「本土」とではそれぞれどのような報道やコメントがなされるか、注目しています。

 以上 『アピール』の紹介と高嶋の私見です。 ご参考までに。

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2022.05.15
教科書に真実を!検定意見の撤回と「軍命」記述の復活を求める「9.29県民大会決議を実現させる会」から
◎ 復帰50年の日に
沖縄の未来を切り開く高校生・若者に贈るアピール

 今から50年前の1972年5月15日、沖縄戦以後も27年間継続して米軍の支配下にあった沖縄は、県民の強い要求が日米両政府を揺り動かし、日本国憲法が適用される社会の一員としての地位の獲得、日本復帰を実現しました。
 本日2022年5月15日の沖縄では、県民145万の内85万人が復帰後に産まれた50歳以下で占められています。
 復帰以前の異民族支配下、どこの憲法も適用されず無権利の中で人としての扱いを日米両政府に求め、復帰を実現させた先人の努力があって今の沖縄があることを私たちは忘れるわけにはいきません。

 一方で、復帰以後も緊張が続く国際情勢によって、沖縄は様々な外部からの力に翻弄され続け、今も50年前の復帰の際に描いた心豊かに安心して過ごせる社会になったとは必ずしも言えません。けれども私たちはあきらめていません。
 50年前、当時は到底不可能と思われた国際情勢の厚い壁を突き崩して、日本国憲法を素手で獲得した沖縄県民の強い意志と行動力を、その後の世代も引き継いでいると確信しているからです。

 その証拠に、2007年9月29日の県民大会に結集した超党派の沖縄県民による総意に基づいた、私たち「県民大会決議を実現させる会」の活動が今日まで支え続けられ、長年、検定で認められなかった「集団自決(強制集団死)」は日本軍の”強制”だったとする2文字の記述の復活を、この3月に達成できたのです。
 私たちは、このことを誇りに思うと同時に、声を挙げ続けたことが正しかったのだと確信しています。

 沖縄県民は今も、国際情勢や政治情勢がどうあろうとも、人として生きる権利の確立を求めて、声を挙げ続けた歴史を刻んでいます。
 それは、戦前・戦中の歪んだ学校教育によって”飼育された羊”の如くされ、惨禍をこうむった歴史に学んでいるからでもあります。私たちは歴史の事実を大切にし、真実を隠蔽したり、歪める教科書記述を許さない取り組みを復帰以後繰り返してきました。

 そして今、復帰50年の節目に当たり、沖縄のこれからの未来を拓き担う若者の皆さんに呼びかけます。
 皆さんも小さなことであっても”声を挙げる沖縄県民”の姿勢を引き継いで下さい。そうすることでもの言う住民社会が沖縄では存続していると、日本全国そして海外に印象付けようではありませんか。
 こうした呼びかけや活動が可能なのも、50年前の沖縄県民が「日本国憲法」を獲得したからです。さらなる成果を新たな50年間でどのように築くかは、私たち今のおとな世代と皆さん若者との双肩にかかっています。
 私たちおとなは変わらず声を挙げ続けます。皆さんも、もの言うことで沖縄の歴史の立会人になろうではありませんか。
 復帰50年の節目の日に当たり、沖縄の若き世代に心からの呼びかけを贈ります。

  2022年5月15日
9・29県民大会決議を実現させる会 会長 仲西 春雅




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