2005/7/15

■事件の経過と詳細  旧目次
 板橋高校元教員の藤田です。3月16日の都議会、都議・土屋敬之の事件捏造質問、それに応じた教育長の「法的措置」発言、3月26日の丸一日にわたる13名の捜査官による高校内の実況見分、都教委・校長連名の被害届け提出と事態は矢継ぎ早に展開していきました。
 都教委にとって、卒業生が司会の「国歌斉唱」の発声直後9割余もさっと着席したことは、許すべからざる犯罪であったということです。「犯人を摘発せよ」との教育長及び石原の子分・土屋の指揮のもと、狂奔が始まったというのがこの間の状況であると考えます。卒業式直後に「産経」に連絡、翌朝、「元教員、卒業式撹乱」なる記事が紙面に踊りました。彼等はこれを公安事件としてとらえ、板橋署警備課が警視庁公安の指揮のもと異例かつ異様な捜査に乗り出したということです。
 5月21日、私の遥か利根川に近い自宅まで5名が乱入、2時間に及ぶ家宅捜索、まさに異様な展開となりました。第1回の呼出しは5月31日、その後8月28日まで5回の呼出し、いずれもあまりに不当でありすべて拒否、その間、逮捕の噂が何回も流れるという状況。結構気が弱いので朝ごとに外を窺ってうろうろしていた日々もありました。8月、お盆前、弁護団、警視庁公安との連絡開始、第5回呼出し日直前に至って、初めて弁護団と署との会話成立、3時間という約束で聴取に応じることとなり、9月17日、出頭、人定尋問以外はすべて黙秘、調書捺印ということで板橋署は終了、その後、新聞によると10月7日、書類送検がなされたということです。
 公安事件は、初めに筋書きがあり証言はそれに合わせるという不当極まりないものです。「市民の警察」ではなく、あいも変わらず「お上の警察」であるということ、公安に絡まれるとそこから脱出することは至難であることを実感しました。なんとか多くの方々のご支援によってここまで持ちこたえてきました。
 何卒、今後ともよろしくお願い致します。
                                  2004年10月13日
 

ことの真相をお知りになりたい方は、下記の過去ログをご覧下さい。

1,卒業式(2004.3.11)のルポ…鎌田慧『週間金曜日』
2,翌日、事件として報じた『産経新聞』(2004.3.12)
3,極右土屋都議と反動横山教育長の都議会質疑(2004.3.16)
4,早朝の家宅捜索(2004.5.21)
5,任意出頭呼び出しに対する弁護団44人の意見書(2004.7.16)
6,5回目の呼び出しに応じた時の黙秘調書(2004.9.17)
7,書類送検(2004.10.7)に対する弁護士の批判
8,在宅起訴(2004.12.3)を伝える新聞記事
9,起訴に対する弁護団声明文
10,起訴状
11,不当起訴抗議集会アピール(2004.12.19)
12,第一回公判における弁護団声明(2005.4.21)
 …これが、事件の本質を一番よく整理してある、分かりやすい文書である。

※藤田氏の出版予定の原稿を、連載中ですが、これを全部読めば詳しくことの真相がわかります。その第一回はここ。



※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ