2008/10/28

日の丸・君が代 養護学校での「10・23通達」  Y暴走する都教委
 【こちら特報部】
 ◆ 10・23通達から五年、養護学校の子どもらにしわ寄せ


 入学、卒業式での「日の丸・君が代」の徹底のため、2003年に東京都教育委員会が出した通称10・23通達。それから5年、「思想・信条の自由」が法廷でも議論の軸になってきたが、しわ寄せは養護学校(現・特別支援学校)の子どもらにも及んでいた。「君が代」優先から管理職が児童への「おむつ着用」を指示した例も。*誰のための式典か、問題の本質が透けてみえる。(田原牧)

 ■ 誰のため?中座ダメ「おむつ着用」
  /「外すことが夢なのに」保護者


 「連れ出すな。おむつを着けさせればいい」
 通達後、初の卒業式となった〇四年三月。肢体不自由の児童、生徒が学ぶ都立大泉養護学校(現・大泉特別支援学校、練馬区)での式の予行演習後、当時、同校教諭だった渡辺厚子さん(五七)=現在は北特別支援学校(北区)勤務=は副校長からそう指示された。
 「君が代」斉唱の際、小学部の児童が振り向き、渡辺さんの手を叩いた。トイレに行きたいというサインだった。渡辺さんは体育館からこの児童をトイレに連れ出したが、副校長はそれを咎めた
 肢体不自由校には話せない子も少なくない。そこでのおむつの意味は重い。入学時は大半の子がおむつを着けている。自らトイレに行きたいと意思表示し、介助付きで用を足せるようになるまで根気のいる訓練が続く。その子は外せていた。
 卒業式当日。渡辺さんはおむつを着けさせなかった。そして、その子は再び手を叩いた。「もう少し我慢して」と言い続けた。我慢させたことが正しかったのか、渡辺さんはいまも迷う。


 ■ 日の丸・君が代 養護学校での「10・23通達」

 都立校では現在、視覚や聴覚、知的の各障害、肢体不自由などに区分された五十三の特別支援学校があり、幼稚部から高等部までの約九千三百六十人の子どもが学ぶ。
 各校により違いはあるが、渡辺さんは別の知的障害校の教員からも「おむつの着用を上から指示された」と聞いた。10・23通達には「壇上に演台を置き」「児童、生徒が正面を向く」などと式の運営が細かく記されている。これは肢体不自由校での従来の式のやり方を大きく変えた
 それまでは壇上は使わず、卒業生と在校生が平面の床で向き合い、その間に証書の受け取り台が置かれた。だが、通達後は子どもらは対面から一方向に並び、多くの学校で車いす用に演壇までのスロープが設けられた。
 児童、生徒の中には舌のつけ根が沈んで、呼吸困難になりやすい子どももいる。従来は車いすから下ろし、休ませるベッドやマットが卒業生、在校生のそれぞれ後ろに配置されたが、通達後は全体が一方を向くため、見えにくい会場の片隅に置かれがちになった。何より狭い車いす上で子どもたちが長時間、同じ姿勢を強いられる例が増えた。
 ある学校では「君が代」斉唱中、マットで呼吸介助を施す教員に管理職が「(教員は)演壇に向かって正座し、子どもを抱えるようにしろ」と命じた。呼吸困難の子を抱えるのはほぼ不可能だ。別の学校では「子どもを抱えて立て」と言われた例まであった。

 ■ 呼吸器警報でも「起立」 異様な光景
  /都教委「管理職の勘違い」


 こうした中、生命にかかわる事故につながりかねない事態も起きた。昨年三月、肢体不自由校の城北養護学校(現・城北特別支援学校、足立区)の卒業式で「君が代」斉唱中、生徒の人工呼吸器の警報音が鳴った
 保健室の看護師らが生徒に駆け寄り、かがんで様子を確かめていたところ、管理職は彼らに「立ちなさい」と命じた
 幸い、大事には至らなかったが、通常なら「どうした」と聞く場面だ。こんな異様さを都教委はどうみているのか。この通達関連の裁判で今年、特別支援学校の担当職員が提出した陳述書にはこう触れられている。
 「児童・生徒の健康面や安全面に関する緊急対応の際には、起立や国歌斉唱を優先させるのではなく(略)」「決して何が起こっても自席にいるようになどという職務命令は発していない」
 つまり、都教委は強制しておらず、勘違いした管理職の行き過ぎにすぎないと解釈している。

 ■ 「起立逃れ口実」介助にまで疑心

 だが、そうなのか。あるベテラン教員は「管理職は教職員の『君が代』不起立で、自分も責任を負わされることを恐れている。だから、子どもの介助を装った不起立ではないかと教員たちに疑心暗鬼だ。そうした圧力を通達は内包している。かつ『子どもの安全第一』とは一行も書かれていない」と批判する。
 陳述書にはこんな記述もある。「みんなで同じ行動をするという行為を通して(略)集団への所属感を味わえる」「障害のない児童、生徒と同じ経験や体験を平等にさせてあげたい」。これに賛同する保護者もいる。
 しかし、前出の渡辺さんはこう話す。「健常者に負けず、という一部の親の心情は分からないではない。でも、一番困難な人に合わせることが健常者にも優しいというバリアフリーの発想こそ大切なのでは。都教委の姿勢はそれとは真逆だ」
 二十八年以上、養護教育一筋に取り組んできた渡辺さんは通達前の〇二年四月、「日の丸・君が代」に抗議する図柄が描かれたブラウスを着て処分され、その後も不起立で停職処分を受けた。
 保護者の一人は「先生の考えはよく分からないし、親としては子どもか第一で、『君が代』問題は二の次。でも、先生は子どもに手を抜かず、心から信頼している」と語る。
 「『おむつ』の件はひどい話。おむつが外れるようになるのは私たち親にとって夢のような話だ。外出への困難が減り、湿疹も避けられる。都教委や校長たちはその意味を理解しているのか」

 ■ 教員被害者意識 子どもたち犠牲

 10・23通達が養護学校の現場に及ぼした影響について、立命館大学の立岩真也教授(障害学)は「障害者の話というより、何と言っていいのか…」と一瞬、言葉を失った。
 「忠誠を上から求められた人や組織は、それを立派に遂行しようとするし、そうなると『おむつぐらい』になる。そうして一人一人か受け入れなくてはならないものが増え、その重みが省みられなくなる。私は政治的義務そのものは否定はしないが、『君が代』がそれに当たるとは思えない」
 別の保護者は「昔は皆でつくる式典だったのに、ただ与えられる感じに変わった。先生方も以前は頻繁に電話を下さる方もいたが、現在は大過なく事故がなければいいタイプが増えた」という。
 これも通達の"効用"の一つなのだろうが、渡辺さんはこう自問する。「自らも(都教委に)従わされている被害者なんだという教員が多い。でも、私たちのそんな言い訳は子どもたちを犠牲にしてはいないのか」

《10・23通達》 東京都教育委員会は2003年10月23日付で都立高の校長に対し、入学、卒業式の際に教職員の国旗に向けての起立と国歌斉唱を職務命令として徹底すること、違反者を処分対象とすることを通達した。この後、延べ410人の教職員が不起立などで処分された。通達の違憲性に関する司法判断は、教員らが起こした複数の訴訟で二分されている。

▼デスクメモ 「君が代」の「君」は天皇のこと−これが一九九九年の政府見解。そして、天皇陛下は「強制という形でなく」と発言なさった。だから都教委はじめ強制したがる人々の気持ちは不明だ。
 「欧米の学校では国歌斉唱は普通のこと」などという、政府も言っていないウソをつく識者がいることも残念だ。(隆)


『東京新聞』(2008年10月27日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2008102702000086.html
タグ: 再雇用廃止


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