2010/3/29

第5回最高裁要請文  W板橋高校卒業式
  板橋高校卒業式「君が代」刑事弾圧事件 最高裁に口頭審理を要請中
  ★ 立川、葛飾に続く「言論表現の自由」圧殺を許すな! ★
  最高裁は「表現そのものを処罰すること」の憲法適合性を判断せよ!

  ■ 3月25日第5回最高裁要請行動を行い、下記の要請文を提出しました。 ■

  <板橋高校卒業式「君が代」刑事弾圧事件 第5回最高裁要請行動>
  ◎最高裁宛要請文

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「最高裁に隣接する国立劇場前の桜」 《今、言論・表現が危ないHP》

都立板橋高校卒業式の件について
口頭弁論を開き、公正な判断をされるよう要請致します。

 本件は、教育の場における「言論・表現の自由」に対して刑事罰が適用された、憲法が保障する国民の権利に関わる重要な問題です。(略)

 1.実刑(有罪)判決のおかしさ
 藤田さんは、一審で検察官から「威力業務妨害罪」で「懲役8月」を求刑され、実刑(罰金刑)判決を受けました。
 藤田さんは、卒業式開式前に、保護者に短い時間語りかけ、開式の午前10時には校舎からも出ており、卒業式自体はほぼ予定どおり始まり、何時もより早めの時間に終了しております。藤田さんの行為自体、教育活動中の出来事で、生徒や保護者の生命や安全に直接関わることでもありません。それに、「懲役8月」の求刑をし、実刑判決の宣告をするのは異例ではないでしょうか


 藤田さんは、何をしたのでしょうか。卒業式が始まる前の保護者席に、週刊誌のコピーを配り、1分足らずの呼びかけを行いました。誰からも制止されることもなく、平穏に淡々とマイクも使わずに行いました。これは卒業式に出席した保護者や卒業生が見ている前で行われました。
 ところが原判決は、「制止行為」を振り切って大騒ぎをしたかのように認定しました。これは、教頭の証言を基に認定したものと考えられますが、教頭の証言自体、事実と異なります。
 本件は、「10・23通達」が発出された後の最初の卒業式で、しかも卒業生の9割が着席してしまい、かつ「日の丸・君が代」推進者の土屋敬之都議が大声で生徒を叱責し、式が混乱したようにみえる事態とならなければ、「刑事罰」まで問われることはなかったはずです。「日の丸・君が代」強制をする卒業式だったからこそ、行政権の及ばない一市民の表現活動を、弾圧しようとしたのではないでしょうか。

 2.不可侵なものは「基本的人権」
 (1)校長が作成した『実施要綱』は不可侵か

 「言論・表現の自由」は、憲法に保障された「基本的人権」です(憲法21条)。
 戦前の憲法では「天皇は神聖にして侵す可からず」(第3条)とされていました。しかし戦後の憲法では国民が主権者となり、「侵すことのできない永久の権利」は、国民の「基本的人権」だけになったはずです(11条、97条)。
 ところが原判決では、本件とは直接関係のない「ピアノ伴奏拒否事件最高裁判決」を引用しつつ(P39)、藤田さんの呼びかけが「(国歌斉唱時に起立斉唱を求める)本件実施要綱に反する行動」(P27)であったから違法であると認定しています。これではまるで裁判所が「日の丸・君が代」を神聖不可侵として、事実上「表現内容」を規制しているかのようです。今「日の丸・君が代」が、新たな神聖不可侵な存在として甦りつつあるような錯覚に陥ってしまいます。

 (2)校長の「卒業式を円滑に執り行う」職務は不可侵か
 同様に「不可侵」のように扱われているのが、校長の職務権限です。
 原判決では、「『…列席の来賓や保護者にも起立を求める』…実施要綱に基づき本件卒業式を円滑に執り行う法律上の権利を有していたものである。」(P51)と、校長の職務をあたかも不可侵である「個人の権利」と同列に論じています。しかし「公権力の行使」が不可侵ならば、「個人の権利」が成立する余地はなくなり全体主義に陥ってしまうのではないでしょうか。
 また原判決自身「保護者は…法的にはもとより事実上も強制される関係にはなく」(P47)と、藤田さんが呼びかけた「保護者の自由」に関しては校長の職務権限外であることを認めています。職務権限外のことで、犯罪に問われることがあって良いのでしょうか。
 このように原判決は、二重に憲法の適用を誤っています。校長の権限を拡大解釈して「威力業務妨害罪」をこじつけることは許されません。

 3.公共の福祉制限は限定的でなければならない
 (1)校長の「卒業式を円滑に執り行う」職務は、「公共の福祉」か

 原判決は「公共の福祉」を、次のように「校長の財産権、管理権」と同義に用いています。
 「憲法21条は,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のために必要かつ合理的な制限に服することを是認するものであって…他人の財産権,管理権等の権利を不当に害することは許されない」(P50)
 この表現は過日の最高裁判決文(「立川事件」2008/4/11、「葛飾事件」2009/11/30)と一見類似していますが、最高裁判決文で「他人の権利」としている部分を、原判決では「他人の財産権、管理権等の権利」と具体的に特定している点が違います。
 「財産権」こそ「公共の福祉」によって制限されうる数少ない対象である(憲法29条)のに、これでは逆転して制限されるべき対象の方が不可侵とされてしまいます。「財産権」=「公共の福祉」で、他の人権に優越するのですか。憲法解釈がおかしいのではないでしょうか。

 (2)国連自由権規約委員会の「公共の福祉」解釈
 私たち「応援する会」は、2008年ジュネーブで行われた自由権規約の日本政府審査の場に「民の声レポート」を提出しました。自由権規約委員会最終報告の中に本件への直接の言及はありませんでしたが、「公共の福祉」制限に関して以下の指摘がありました。
 「『公共の福祉』の概念が曖昧で、無限定であり、自由権規約で許容される限度を越えた制限がなされる可能性があることに対する懸念を再び表明する。…自由権規約で保障されている人権が『公共の福祉』を根拠として制限される場合は、規約で許容される限度を越えてはならないと明記すべきである」(「国連自由権規約委員会最終見解」パラグラフ10)
 この解釈こそ「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(憲法97条)であって、原判決は日本が批准している『自由権規約』第19条「表現の自由」に抵触していると思われます。

 4.事実認定をやり直す必要性
 原判決は「制止行為」の時間認定に、自己矛盾をきたしています。
 教頭が制止を行うためには、藤田さんがコピー配布中に会場に到着していなければなりません。それを立証するために、ICレコーダの記録を使ったり、「図解交通資料集」まで持ち出してあれこれ計算をして見せたのですが、結果として校長室を出たのが9時40分で、その18秒前には体育館に到着していたという整合性を欠く事実認定に陥っています。
 逆に原判決が田中教頭の証言の誤りを証明した形になりました。200人余りの保護者・在校生の誰一人制止行為を目撃していません。藤田さんは一人で静かにコピーを配り終えたというのが真実です。真実に基づくなら「威力」認定の前提も崩れます。この事実は、「当審弁1、2」の写真にも動かぬ証拠として残っています。

 5.『上告趣意補充書』を提出予定であること
 なお本事件の弁護団は、「言論・表現の自由」をめぐるこの間の国内外の判例や論文を研究し、さらに海外の国際人権法専門家による「板橋高校卒業式事件」に関する「意見書」も添えて、『上告趣意補充書』を4月下旬提出を目処に準備していると聞いております。
 上記書面もお読みいただいた上で判断して下さることを、お願いいたします。

 今日の日本に不可侵なものは国民の基本的人権しかないという明確な事実と、本件発生状況の正確な事実認定に基づき、口頭審理を開いて公正な審判をしていただけるよう重ねて要請いたします。
以上 

 最高裁判所 第一小法廷
  櫻井 龍子 殿
  宮川 光治 殿
  金築 誠志 殿
  横田 尤孝 殿
  白木 勇  殿

2010年3月25日
藤田先生を応援する会
タグ: 板橋高校


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