2005/6/24

日記6/16〜6/19  [藤田の部屋
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2005年6月16日(木曜日)     謝罪
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 「いつまで謝り続けたらいいんだ」「いい加減にしろ」「他にもひどい国があるではないか」・・・・・日本のアジア諸国に対する侵略行為に関しての意見がある。
 なかには「侵略ではない」との荒唐無稽の議論まである。あれが侵略でなかったら世の中「侵略」という語がなくなってしまう。人を殺して「殺人」でないと言うようなものだ。
 子ども、孫までとして100年責められて当然であろう。まだ60年、いい加減にしてくれと言うには早過ぎる。やられた方は子や孫に語る。害を加えた方は子や孫に語らない。このギャップがまだ数十年続くことであろう。感謝されることを多くすれば良いのだが・・・。
 終戦時、20歳として今、85歳である。惚けていない80代、90代の諸兄姉よ。語ってから彼岸に向かえ。戦争の愚劣さと犯罪性を。
 雑誌、新聞、テレビ媒体は常に体験者を発掘して記事をニュースを流せ。それがかの悲惨さの中で犠牲となった内外の人々に報いる道だ。
 死者は正当に想起されてこそ慰霊される。靖国などという愚劣な陋屋に参拝するなどということは犠牲者を貶める行為である。腐った連中の政治的な利用に他ならない。

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2005年6月17日(金曜日)     崩落
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 「衣食足りて礼節を知る」とはまこと言いえて妙である。食えなくなったら人は、民衆は何を仕出かすか、多く歴史の記すところである。
 1929年の世界大恐慌がファシズム国家を生み出す。日本においての15年戦争の開始であり、ドイツにおけるナチス党の躍進である。食うために魂を売るのである。食うために他者を迫害するのである。
 現在の日本の状況はどうか。危険な水位に近づきつつある。
 弱者を徹底的に搾ることによって既得権益が守られている。リストラによる中高年の放逐であり、正社員を拒否することによる若者からの収奪である。
 多くの弱者が個々として壊されている。礼節を知るに足りない生活状況が出現している。その一方において有り余る衣食があり栄華がある。これで若者に「精神のバランスを逸するな」と説くことは無理である。博打は蔓延り、覚せい剤は瀰漫し、犯罪は多発する。
 多くの官庁、著名な会社ですら内部が腐朽してきた。何が公正な社会であるのか、原点に帰っての早急な改革、法整備が求められている。
 早くに取り組まないと社会全体が崩れ落ちていく。

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2005年6月18日(土曜日)     変装
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 今や小さな録音機が安く売られている。誰でも気軽にポケットの中に忍ばせられる。人と話をすると言うことは録音されていると思わねばならない。
 言葉を発すると言うことは記録されているのだ。事件に巻き込まれたらそれが証拠として法廷に出る。偽造や編集が容易であるからひどくややこしいこととなる。
 今や至る所にカメラがある。密かにかつ公然と撮影されている。盗聴、盗撮の時代である。断わりなしに録音、撮影することは許されない。勝手にテレビなどで放映されたら困る人もいっぱいいるだろう。
 テレビ局はどうしているのだろう。朝の出勤風景や野球の観戦風景など写った一人一人に断わってはいないであろう。密かにその地域を動いている人にとっては放映されることが人生の変事を招くかも知れぬ。となると映されないためには変装するしかない。録音されないためには一言も発しないことしかない。
 これからは放映されて困る時には変装するしかない。
 映像や録音はいつまでも残る。自分の過去の一瞬が他人によっていつまでも保存されると言うことは恐いことである。

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2005年6月19日(日曜日)     頭
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 逮捕する、家宅捜索をする、起訴するというのはそれら関係者及び志を同じくする人々への萎縮効果を狙ってのものである。
 ビラまきという何の変哲もない行為に対してまで、逮捕、家宅捜索、起訴が公然と行われている。それを敢然と批判すべきメディアが沈黙している。明日は諸君達である。マスコミ関係者の逮捕が早晩始まるであろう。敢然たる批判精神を貫いてこその話ではあるが・・・。
 三井公安部長の有罪判決をかの「朝日」は何と書いたのか。妥当であると書いたのだ。「朝日」の戦前回帰である。何が問題であるか分っていない、或いは分っていて権力に尾っぽを振っている。見っとも無い話である。
 マンションビラ撒き逮捕事件で何と書いたのか。「中に入らずに集合ポストに投入すれば良かったのだ」と書いたのだ。アホか。権力に利することを社説で書くとは。
 「朝日」よ、お前もか、と言った感の記事が散見される。社内においては改憲派が幅を利かせつつあるという。
 「朝日」を止めて、東京新聞にしようか。安いしまだ気骨がある。起訴されたら経済的にもその他あらゆる点で面倒極まりない。頭にくる。


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