2010/6/29

学校に自由と人権を!共同アピール  X日の丸・君が代関連ニュース
☆ 学校に自由と人権を!共同アピール ☆
―最高裁は司法の良心を示すよう望みます―

 (よびかけ人)2010.6,23現在
 赤川次郎(作家)、浅井基文(広島平和研究所所長)、荒井信一(茨城大学名誉教授)、
 有原誠治(アニメーション映画監督)、飯島信(NCC総幹事)、石井摩耶子(恵泉女学園大学教授)、
 石川文洋(写真家)、石坂啓(漫画家)、石山久男(歴史教育者協議会会員)、
 市川須美子(獨協大学教授)、 糸井玲子(キリスト者平和ネット事務局)、稲葉当意(真宗大谷派信願寺住職〉、
 乾彰夫(首都大学東京・東京都立大学教授〉、入江曜子(作家)、宇沢弘文(経済学者)、
 梅田正巳(高文研顧問)、梅原利夫(和光大学教授)、江沢洋(物理研究者)、
 大内裕和(松山大学教授)、太田政男(大東文化大学)、大谷昭宏(ジャーナリスト)、
 岡本厚(雑誌『世界』編集長)、小熊英二(社会学者〉、尾山宏(弁護士)、
 勝野正章(東京大学准教授)、鎌田慧(ジャーナリスト)、小林直樹(東京大学名誉教授)、
 小森陽一(東京大学教授)、小山弘泉(浄土真宗本願寺派網取山正念寺副住職)、
 斎藤貴男(ジャーナリスト)、早乙女勝元(作家)、佐高信(評論家)、


 東海林勤(日本基督教団牧師)、新藤宗幸(千葉大学教授)、杉原泰雄(一橋大学名誉教授)、
 関田寛雄(川崎戸手教会牧師)、醍醐聡(元東京大学教授)、高田健(許すな!憲法改悪・市民連絡会)、
 高橋哲哉(東京大学教授)、田中孝彦(武庫川女子大学教授〉、俵義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)、
 洪彰義(ソウル国立大学名誉教授)、辻井喬(詩人・作家)、東郷秀光(慶慮義塾大学名誉教授)、
 中西新太郎(横浜市立大学教員)、なだいなだ(精神科医・作家・老人党)、浪本勝年(立正大学教授)、
 成嶋隆(新潟大学教授)、二宮厚美(神戸大学教授)、野田正彰(関西学院大学教授)、
 林光(作曲家)、日色ともゑ(劇団民芸)、藤田昌士(教育研究者)、辺見庸(作家)、
 堀尾輝久(東京大学名誉教授)、益川敏英(京都産業大学教授)、三上昭彦(明治大学教授)、
 水田全一(臨済宗妙心寺派龍澤寺住職)、三玉宣晃(僧侶)、光延一郎(カトリック司祭・上智大学教授)、
 三宅晶子(千葉大学教授)、三輪定宜(千葉大学名誉教授)、村上義雄(ジャーナリスト)、
 森田俊男(平和・国際教育研究会会長)、森村誠一(作家)、山田朗(明治大学教授・歴史教育者協議会委員長)、
 山田洋次(映画監督)、吉田裕(一橋大学教授)、渡辺治(一橋大学教授)


 学習指導要領が1989年、「国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と改訂されたことに加え、国旗国歌法が1999年に成立し「日の丸」が国旗「君が代」が国歌と規定されたことを受けて、学校に対する「日の丸・君が代」の強制がいっそう強化されてきました。
 とりわけ東京都では、20O3年に都教育委員会が、卒業式・入学式での「国旗掲揚」「国歌斉唱」の実施について「10・23通達」を発して以来、都の公立学校で有無をいわせぬ「日の丸・君が代」強制の嵐が吹き荒れ、ほんらい自由であるべき教えと学びの場を重苦しい空気が覆っています。

 ☆ 壊される教育
 「10.23通達」は、「日の丸」を式典会場の舞台正面に掲げること、教職員は「国歌斉唱」時に指定された席で「日の丸」に向かって起立し「君が代」を斉唱すること、通達にもとづく校長の職務命令に従わない教職員は「服務上の責任を問われる」ことなど、学習指導要領にも国旗国歌法にも定められていないことを事細かに指示しています。
 この通達の後、卒業式・入学式の様子は一変しました。
 学校の創意工夫の余地はなくなり、たとえば、フロアで卒業生と在校生・保護者とが向かい合うスタイルが許されなくなり、それまで自力で卒業証書を受け取ることができた車いすの卒業生も介助を受けて「壇上」にのぼり受け取らざるをえなくなりました。
 とくに重大なのは、教育に対するこのような強制が「不当な支配」として許されず、その最終目的が子どもたちに対する強制にあると考える教師、「日の丸・君が代」が過去における日本の侵略的な国家行動と密接に結びついているとの歴史観や自己の宗教的信念などから「日の丸・君が代」を素直に受け入れることのできない教師、子どもたちの自律的な人格形成を促すために自ら主体的に判断することの大切さを説いてきた教師が、教師としての思想・良心に反して「日の丸」への敬礼と「君が代」の斉唱を強いられているという事実です。
 卒業式・入学式に先立って校長の職務命令が教職員一人ひとりに発せられ、式当日には派遣された都教委職員が「監視」の眼を光らせるようになりました。そして、「国歌斉唱」時に起立しなかった教職員やピアノ伴奏を拒否した音楽科教員に対し、戒告・減給・停職などの懲戒処分、定年退職後の再雇用職の採用・継続の拒否、「再発防止研修」命令などさまざまな制裁・不利益措置がとられてきました。2010年5月現在、これらの処分を受けた東京都の公立学校教職員の数は430名にものぼっています。

 ☆ 踏みにじられる<心の自由>
 見過ごすことのできないのは、こうした「日の丸・君が代」強制が、教職員のみならず、児童・生徒やさらには保護者・来賓などにも及んできていることです。
 都教委は2006年、教員が児童・生徒全員に対し「起立・斉唱」の指導をするよう通達を発し、また「国歌斉唱」時に起立しなかった生徒の多かった学校への「立ち入り調査」や「事情聴取」をして「厳重注意」を行っています。
 最近では保護者や来賓の「不起立」状況をチェックするまでに至っています。ある都立高校では、自らの良心に従って起立しない生徒に対し、式の途中であるにもかかわらず、副校長が歩み寄って起立を迫るといった事例も起きています。このような状況のもとで、生徒のなかには自分が起立しないと担任教師が処分されるという懸念から、自らの信念に反してやむをえず起立・斉唱するという不本意な対応も出てきています。
 これは、国旗国歌法の制定時に当時の野中広務官房長官が「起立・斉唱しない自由もある」と答弁したこと(1999年)に反する事態です。
 このように、学校という人間形成の場で、人間にとって最も大切な「心の自由」が理不尽に押しつぶされています。そこではまた、教師と児童・生徒との自由かつ真摯な人格的接触・交流を通じて人間形成を図っていくべき教育の営みそのものが、一方的で強権的な「教化」作用と化しています。この状況は、個人の尊重(13条)、思想及び良心の自由(19条)、学問の自由(23条)そして教育を受ける権利(26条)などを保障する日本国憲法や、教育に対する「不当な支配」を禁止してその自主性・自律性を保障した教育基本法に反する違憲・違法な事態といわねばなりません。

 ☆ 裁かれる「日の丸・君が代」強制
 「日の丸・君が代」の押しつけに対し,人間として、また教育者としての良心から、多くの教職員がやむにやまれぬ行動を起こしています。処分される前に起立・斉唱等の義務が存在しないことの確認を求める「予防訴訟」、不起立などを理由とする懲戒処分の取消を求める訴訟、再雇用職の採用・継続拒否撤回を求める訴訟、「再発防止研修」についての国家賠償を求める訴訟など、「日の丸・君が代」強制をめぐる裁判の提起や人事委員会への提訴が相次いでいます。これらはいずれも、東京都の学校現場に「思想・良心の自由」と「教育の自由」を取りもどすための闘いとなっています。
 「日の丸・君が代」裁判のこれまでの経緯で特筆されるのは、「予防訴訟」において一審東京地裁が、「1O・23通達」や校長の職務命令が改正前教育基本法10条の禁止する「不当な支配」にあたるという画期的な判断を示したことです(難波判決、2006年)。難波判決は、「教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請される」、「子どもが自由かっ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されない」とした旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決(学テ判決、1976年)の考え方を正当に引き継いでいます。
 一方、最高裁(第3小法廷)は、小学校の入学式で音楽科教員が「君が代」のピアノ伴奏を拒否した事件について、ピアノ伴奏の拒否は当の音楽科教員にとってはその歴史観・世界観にもとつく選択であろうが、「一般的には、これと不可分に結びつくということはでき」ないとし、思想・良心の自由の侵害とはならない、との判断を示しました(ピアノ判決、2007年)。音楽教員という専門職であるがゆえによりいっそう強く感じざるを得ない良心の痛みに対する理解を欠く判決といわねばなりません。
 ピアノ判決の後、現在までに「日の丸・君が代」強制に関わる訴訟で多数の下級審判決が出され、いずれも原告が敗訴しています。これらの判決は、ピアノ判決に無批判に追随しており、学校現場で進行している人聞精神の蹂躙と教育の営みの破壊に対する本来あるべき司法判断を放棄しているのが実情です。

 ☆ 最高裁は<人権保障の砦>に!
 いま「日の丸・君が代」裁判は重大な情勢を迎え、いくつかの裁判では舞台を最高裁に移しています。裁判所における審理では、現場で進行している人権侵害・教育破壊の実態を的確にふまえたうえで、その違憲・違法性を明確に示すことが求められます。特に最高裁は、少なくとも、かつて学テ大法廷判決で示した国家的介入の限界や教育の自主性に関する判断に立ち返り、さらにこれを「日の丸・君が代」をめぐる今日的な状況に照らして、より深化・発展させるべきです。
 この「日の丸・君が代」をめぐる一連の訴訟の帰趨は、日本の教育界に教育の自由を保障し、学校が生き生きとその本来の教育的使命を達成できるようになるのか、あるいは現在の憂鬱な雰囲気の学校をさらに萎縮させるものとなるのか、大きな岐路を左右するものです。最高裁判所が,人権の世紀といわれる21世紀に、国内外の世論をしっかりと見据え、学校と教職員を活性化させ子どもの学習権保障に貢献する新しい判例を切り開くような判断をすることを、強く望みます。
 人権保障の最後の砦として、最高裁判所がその名にふさわしい人権感覚のあふれた判決を言い渡し、歴史に残る、国際的に見ても恥じることのない、優れた判決といわれるような判断を積極的に行うよう、期待するものです。
 2010年6月26日

 この共同アピールへの賛同署名とコメントをお寄せください。
 「学校に自由と人権を!共同アピール」事務局
 〒160−0008東京都新宿区三栄町6小椋ビル401号
 E-mailaddress kyoudouappeal@gmail.com
 Fax O3-6423-8420


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