2011/2/27

再雇用拒否撤回2次訴訟第6回陳述<4>  X日の丸・君が代関連ニュース
《再雇用拒否撤回2次訴訟第6回(2011/2/21)陳述》<4>
 ◎ 信念に背くと生徒の自由を奪ってしまう二重の矛盾
原告 泉 健二

 【なぜ国歌斉唱ができないか】

 私は理科の教員として37年間、都立高校に勤務していました。
 退職前に勤めていた目黒高校では、毎年合唱大会を行っていますが、歌っている生徒もそれを聞いている生徒も、また保護者や教員も大きな感動を得ています。誰しもどこかで心にしみいるような歌を聴いた記憶を持っているでしょう。
 歌は、厳しい労働の中で生まれ、あるいは収穫の後の集まりで歌われてきました。疲れた身体に生気をみなぎらせたり、ともに生きることの喜びを与えたりします。歌は人を鼓舞したり、あるいはまた連帯感を生じさせたりするものです
 歌の「カ」は、詩に詠み込まれた内容を、情感に直接訴えることにその特徴があると考えられます。一緒に歌を唱うことによって、人それぞれの異なった日常は背景に隠され、一体感を生み出すことが可能になるのではないでしょうか。言葉で連帯を求めるよりも、より直接的に、より深く、心を結びつける力が大きいと思われます。喜びを分かち合う、あるいはつらい労働に耐える、あるいはまた抵抗の象徴として、歌は求められます。
 高校時代から大学に入るころまで、私はこの歌の力にどれほど支えられてきたでしょう。しかし、この大きなカには、その裏に、「個性の抑圧」という危険性が伴われていることにも気づかされます


 理性を超えた地点での連帯を強要するのです。一人ひとりの個性を心の奥底に沈めさせ、同じような感性によって人の表面を覆い尽くそうとする作用を、否定することはできません。歌を強制されれば、自らの判断は停止され、個性は押しつぶされてしまいます。
 私は小さいけれどたった一つの「自分」を失うことを恐れています。そのために、「自分」の判断を含まない行為は避けるべきであると考えています。「国歌斉唱」を強制されることは「自己」を「無」にするべきだといわれているように思えるのです。

 【卒業式】
 始業式などで行う校歌斉唱においてさえも「強制」にならぬよう、生徒一人ひとりの事情に気を遣ってきました。
 宗教的な教義によって校旗に向かって起立し、校歌を斉唱することに抵抗を覚える生徒には「無理をしなくていいんですよ」と事前に伝えたりしていました。まして、卒業式などで「強制的」に、「君が代」という「国歌」を一斉に唱わせることは、「個人の尊厳」を言い、「個性をのばす」という「教育の本質」にそぐわないことは言うまでもありません。
 「個人」としてある前に「日本人」であれと、有無を言わせず強制的に国家に従わせようとする意図が見て取れます。さらに、学校に勤めている私たちが、生徒を強制的に国家に従わせていく行為に荷担せざるを得ない=道理のとおらない職務命令に従わざるを得ない=とすれば、それは私自身が生徒の「自由」と「個性」を奪う行為をすることに他なりません。
 私は信念を貫く自由を奪われると同時に、生徒の自由をも奪うという*二重の矛盾を抱えることになります。許せない、と同時に許されないことではないでしょうか。

 10.23通達が出された2003年度、私は3年生の担任をしていました。
 多くの都立高校と同じように私の勤めていた目黒高校でも、卒業式の企画は生徒が中心になって行っています。例年と同様、生徒の案は国歌斉唱を含まない式次第でした。2月に入り、生徒案を改変した卒業式の実施要項が校長によって示され、実施要項に沿って業務を行うようにとの「職務命令」が出されました。
 その職務命令には言うまでもなく職員が、国旗に正対し、国歌を斉唱することが記されていました。私は担任として、私自身は無論、生徒自身も望んでいない国歌斉唱を指導・指示しなければならない位置におかれたのです。
 3月のはじめ、私は校長に「君が代」を唱うことができない旨を告げました。しかし、卒業式予行において、卒業生に「内心の自由」はあり、「君が代」を歌うか歌わないかは各自で判断することができると話をすることを条件に、私は「君が代」斉唱時に起立することを約束してしまいました。
 私は卒業式当日、意に反して国歌斉唱時に起立しました。自らの「思い(信念)」と「行為」との矛盾を冒さなければならない、という心の「葛藤」は思いもよらない結果を私の身体に与えました。2月の中旬から不整脈が生じ始め、3月中旬から下旬にかけてはなはだしくなり、その後もしばらく不安・不快な状態が続きました。自らの信念と異なる行為を選択することが、このような形で身体を蝕むということを、はじめて経験しました。
 翌年、2004年度の卒業式の職務命令書には、前年には書かれていなかった、生徒への「国歌斉唱」の指導が明瞭に書かれていました。このようにして、少しつつ都教委による学校の支配という事態が拡大していくのだ、と改めて気づかされました。
 私には前年のような迷いはもう生じませんでした。「国歌斉唱」の「強制」には従えない、拒否するべきだという信念に従い、卒業式当日は『君が代』斉唱時に着席したまま下を向いていました。
 そのために教員生活で初めての戒告処分を受け、さらに2007年度、退職後の嘱託員にも採用されないこととなりました。私は職場から排除されてしまったのです。

 【終わりに】
 私は私の信念と思いにしたがった行為をとることによって、嘱託員への道を閉ざされてしまいました。しかし、わたしの卒業式における行為は憲法や教育基本法によって掬い上げることができるはずです。そしてその実現こそ、私たちが誇ることの出来る憲法を持っていることの証ではないでしょうか。裁判官の賢明な判断に期待いたします。


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