2011/7/6

核の弔い合戦  ]Xフクシマ原発震災
 【時評自評】
 ▼ 核の弔い合戦
鎌田慧(ルポライター)

 炉心溶融、水素爆発、大事故を起こした福島第一原発と、いまわたしたちは強制的に「共生」させられている。この危険極まりない、次第に放射線汚染が拡大されていく空間から、わたしたちは逃げだすことはできない。
 ヒロシマ、ナガサキ、福竜丸、JCOの人たちの苦痛と苦悩と絶望を、ようやくわたしたちは共有することになったのだ。

 フクシマが、日本最後の原発事故になるのか、それともまだまだ小出しの、あるいは大がかりな事故がつづくまで、「原発絶対体制」に覆われた生活をつづけるのか。このまま抵抗せず絶望の社会へむかうのか、それとも、もう子どもたちを苦しめることのない未来へむかうのか、その重大な分岐点に、いまわたしたちは立っている。

 原発絶対体制とは、政府と財界が一体化した、核産業にむらがる、政治家、官僚、原発関連産業(電力、電機、重機、鋼管、土木、コンピュータ、核処理工場、警備会社など)、学者、マスコミ、そしてかれらの利益を法衣によって覆い隠してきた裁判官たち、これらによる権力構造である。


 この欲望産業の支配から脱するかどうか、それが日本社会の民主化の道である。

 へっぴり腰で虎の尾を踏んだ菅首相を、自民党、民主党、その他の保守党とマスコミが一体化して、猛然と引きずり降ろしにかかったのをみれば、日本の政治を支配している、原発と軍需産業と核武装論者たちの集団の意志を感じさせられる。
 原発社会からの脱出は、カネと陰謀に支配された社会からの脱出である。そのための大胆な運動を起こそう。

 これ以上の放射能汚染は、わたしたちの健康ばかりか、子どもたちの将来を破壊させる。反原発の声を全国から集めて、政府に脱原発を約束させる運動が必要だ。
 それは日本人の健康と子どもたちの将来のためばかりではない。アジアのひとたちへの責任でもあり、北半球全域の生きとし生けるすべての生物にたいする責任でもある。
 福島原発大事故のあと、世界中で集会とデモが行われ、10万、20万の人たちが原発ノンの声を挙げている。その声を受けて、ドイツ、イタリアは脱原発を決定、スイス、台湾も脱却の方針である。

 民主主義が機能する国は、脱原発、自然エネルギーの道をすすむ「原発は民主主義の対極にある」。それが原発地帯を歩いてきた、年来のわたしの主張である。

 「原発にさよなら。こんにちは自然エネルギー。」

 それを合言葉に、9月19日、午後の千駄ヶ谷・明治公園に5万人が集まろう!来年3月11日、政府に脱原発を要求する1千万の署名簿を突きつけよう!

『労働情報』818号(2011/7/1)


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