2006/3/2

板橋高校藤田裁判第12回公判(3/1)速報その1  W板橋高校卒業式
検察側追加証人二人&藤田さん被告人尋問
〜検察側は闇雲に「制止にも関わらず」の立証を試みる
〜これまでの鬱憤を晴らす藤田証言


 冷たい雨と横殴りの風、冬に逆戻りしたような3月最初の日、出足はいまいちでしたが、昼過ぎには久々に傍聴席は満席となりました。お忙しい中、傍聴に駆けつけてくださった皆様に心より感謝します。この雨が、藤田さんの涙雨なのか、土屋・横山・北爪の涙雨なのか、あと1回の法廷で決着が付くことでしょう。本日の法廷も、「威力」「妨害」をめぐって、熾烈な論戦が繰り広げられました。4回に分けて報告します。

1,検察側証人、S教諭(当時板橋2年担任)
(1)主尋問 石嶋検察官 10:00〜

藤田氏とは、担任として3年間、生活指導部で1年間、計4年間一緒の分掌だった。
〔藤田氏のコピー配布を目撃し管理職にご注進〕
 卒業式当日は、2年の担任として、在校生指導が役割だった。
 会場の在校生席で式次第を配っている最中に、藤田氏に気づいた。保護者席でビラを配布していた。
 週刊誌のコピーの見出しが見えて、卒業式のあり方に批判的な内容と分かった。管理職に報告に行った。

〔教頭がビラ配りを制止するのを見た〕
 田中教頭と体育館に戻ると、藤田氏はまだビラを配っていた。教頭は藤田氏のビラ配布を制止した。「何してるんです、止めて下さい」と、穏やかに、時に手をかけながら。
 藤田氏は素直に従う様子はなかった。教頭は概ね藤田氏の横に付いていた。
 (最初の制止から、二人が動いたルートを図面に書く)
 私は、様子を見つつ、自分の席についた。
〔制止を振り切り保護者に訴えて退場させられるのを見ていた〕
 配り終えると、保護者席の前に進み出て、演説のようなことを始めた。非常に大きな声で、「この卒業式は以上だ、教員は起立しないと処罰されます」。
 教頭は、演説を始めた最初から、つかず離れず、制止していた。最初のうちは穏やかだったが、「さわるな、私は一般市民だ」から教頭も大声を出した。
 藤田さんは、「自分は倫理を教えていた」とか「生活指導をやっていた」とか言っていた。教頭も何か言っていたが、内容は覚えていない。
 校長は気づいたら側にいた。校長が何か伝えると(退去命令?)、叫びながら出ていった。素直にスッと出て行くというより、渋々という様子で。

(2)反対尋問 (津田弁護人、只野弁護人) 10:30〜
Q:教頭が制止した時、藤田氏は何をやっていたか。
A:ビラを配りながら、前方に移動していく最中であった。
Q:教頭は、どのように制止したか。
A:穏やかに「藤田先生、何やってるんですか、止めて下さいよ」と言っていた。
Q:証人の動きは?、目を離した時があったか?、どれくらいの時間?
A:目を離さず、事態を見守りつつ、自席に着席した。その間1〜2秒ではなく、かといって30秒も40秒もかからなかった。
Q:自席の位置からも、聞こえたか。
A:教頭の制止の声が聞き取れた。
Q:警察での「供述書」(04/4/30)では、「押し問答」をしながら、という表現がある。
A:言い返していたので、そんな表現を使ったと思う。
Q:ICレコーダを聞いたか。それで証言を変えたのではないか。
A:先月、地検で聞いたが、今日の証言はICレコーダで記憶を変えたわけではない。
Q:藤田氏がビラを撒きながら移動した方向を、図示して欲しい。
A:(一旦)横方向だった(と答えたが)、右か左か自信がない。図示できない。
Q:制止を無視して、平穏に撒き続けるというのは、不自然で奇異と思わないか。
A:教頭が、事を荒立てたくなかったのだと思う。
Q:式場入り口に入った時、OBのK君に声をかけられなかったか。
A:供述調書の時には忘れていたが、いま言われて思い出した。
Q:コピーの「見出し」を見たという、そのコピーがあった位置を、図示して欲しい。
A:保護者席をのぞき込んで見たが、位置を図示することはできない。

…証人の顔は、検事の側にねじって向けられ、被告・弁護側から視線をそらしているようだった。答える前に「そーですねぇー」と必ず間をおく。「軍人」というあだ名からは想像の出来ない、おどおどした態度。入廷・退廷の時も、傍聴席に目を向けることなく、そそくさと現れそして去っていった。

2,検察側証人、I元校長
(1)主尋問 石嶋検察官 11:05〜

〔経歴〕
 98年4月から03年3月まで、板橋高校の校長。
〔教頭の制止行動を見た〕
 当日、校長室前に、来賓が出発しようと並んでいる時、連絡が入って、教頭が先に行った。連絡に来たのは数名だが、顔を知っているのはS先生だけ。何の連絡か、聞かなかったし、関心もなかった。
 式場の来賓席に着いてすぐ、セーター姿の藤田氏に気付いた。前を進む藤田氏の後を追うように、教頭の姿が見えた。
〔藤田氏の訴えを全部聞いた〕
 逃げるように足早に、保護者席最前列に出てきて、話し始めた。
 最初は自己紹介のようなこと、「教師は立たないと処分されます」と言っていた。会場の後ろまで聞こえるような、かなり大きな声だった。
 教頭がそばから「止めてください」と言い続けていた。突然藤田氏が「さわるんじゃない」と大声で叫んだ。
〔校長の退去命令を無視した〕
 校長がいつ近づいたのか気付かなかった。
 押しだそうとするのに「なぜ出なきゃいけないんだ」と抵抗していたが、ある時から、トーンが下がった。「退去命令」が出たと思った。
〔開式は遅れた〕
 来賓が着席したら、すぐ卒業生入場なのに、それが始まらなかった。
 時計は見ていないが、定刻通り始まっていないと思う。
 過去の板橋高校の卒業式で、開式が遅れたことは一度もない。

(2)反対尋問 浦崎弁護人、小沢弁護人、加藤弁護人 11:25〜
Q:藤田氏に気付いたのは着席してから何分後か。
A:着席して両隣の人と話などしていて、時間は覚えていない。
Q:検察での「供述調書」には、「3〜4分後」とある。
A:正確ではなかった。「すぐ」が正しい。
Q:検察での「供述調書」には、藤田氏の存在に「保護者席がざわついて気付いた」とある。
A:それも違う。いきなり出てきた、と今証言したのが真相。
Q:警察での「供述調書」の見取図には、司会者席あたりに丸印があり、訂正印で修正されている。教頭がいた位置ではないか。
A:単なる間違いである。
Q:「偽りはない」と署名捺印している「供述調書」を否定するのか。
A:今の記憶が正しい。あの時は、藤田氏との関わりを避けたいという思いから、言わなかったこともある。
Q:避けるために、秘していたこととは、何か。
A:本日、証言したことである。聞かれなかったことにはあえて答えなかった。
Q:校長の証言では、校長が入った時、既に前方で話をしていたと言っていた。
A:…
Q:校長の退去命令を聞いたか。
A:「退去を命ずる」という表現は使わなかった。「出て下さい」とは言った。
Q:訴えを最初から全部聞いたのか。「触るな」が聞いた最初ではなかったのか。
A:調書を取られた時は、言わなかったこともある。今回、もう一度記憶を呼び戻した。
Q:ICレコーダを聞いたか。
A:2月22日に聞いたが、それで記憶を変えたことはない。
Q:在職中に「職務命令」を出したことは。
A:一度もない。
Q:刑事上の手続を取ったことは。
A:刑事事件はなかった。

(3)裁判官から質問 左陪審 12:05〜
Q:式場に入った時の順番は。
A:校長が先導。土屋都議の後、私が2番目。
Q:校長が藤田氏のそばに立っていることに気付いたのは、「触るんじゃない」の前か後か。
A:覚えていない。
Q:校長室に、異変を連絡に来たタイミングは。
A:校長室前廊下に整列して、動き出そうとした時。
Q:複数の報告者が来たのは、同時か、時間差か。
A:何人かが立て続けに来た。

…「目が泳ぐ」という表現があるが、証人の目は落ち着きなく絶えず激しく動いていた、こんなに目が泳ぐ人を初めて見た、と弁護士が言っていた。傍聴席からは、証人の背中しか見えない。


<12:10午前の部終了 13:30まで昼食休憩>
(続)


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