2006/3/4

板橋高校藤田裁判第12回公判(3/1)速報その3  W板橋高校卒業式
(2)主尋問続き 加藤弁護人 14:40〜
〔周年行事から異様だと思った〕

 卒業式に先立って、周年行事で「君が代強制」が行われ、新聞等で取り上げられていたことは知っている。異様であり、全国に比べて突出していると思った。
〔3月10日は、挨拶状印刷に行った〕
 挨拶状を印刷しようと思い、卒業式前日に、板橋高校へ行った。校長室に立ち寄ると、校長が「先輩」と握手を求めてきた。大学の先輩という意識はこちらは全くない。承諾を得て、挨拶状を印刷した。
〔『サンデー毎日』の記事のコピーを配った動機〕
 『サンデー毎日』は、2月末に書店で買った。卒業式の4〜5日前、元同僚と会った時、記事を印刷してレターケースに入れてあった、というのを聞き、思いついた。「10・23通達」も資料として載っていて、とても良くできた記事だと思った。
 受け取った保護者が読んでくれたかは分からない。丁寧に受け取ってくれて、横に回すのも協力してくれた。
〔実際の卒業式は〕
 近来になく立派な卒業式だったと聞いた。

〔家宅捜索〕
 5月21日7:55頃、ドアをドンドン叩いて「警視庁だ」。「逮捕するんですか」と聞くと「後で言う」。おろおろしていると、「ドアぶっ壊すぞ」と言われ、玄関を空けたら、外に連れ出され、警察と並んで写真を撮らされた。約2時間、2階の洋服ダンスまで、捜索していった。
 本人が驚いたのはもちろん、家族は頭が錯乱状態になっていた。「卒業式は多くの人が見ているので、聞いて下さい」と頼んだ。
〔警察からの事情聴取〕
 呼び出しを5回受けて、9月17日に応じた。
〔検察からの事情聴取〕
 呼び出しは全くなかった。12月3日に起訴されて、あっけにとられた。検察には何でも話そうと思っていた。
〔起訴されて思うこと〕
 精神的・経済的に大変な打撃。ガードマンの仕事も辞めざるを得なかった。
 目の前で、事実と全く違うことが語られるのを、黙って聞かねばならないのは苦痛。
〔最後に言いたいことがあれば〕
 ショックを受けたのは、事実と違うことを話す人がいたこと。裁判所には、事実を事実と認定して、公正な判決をいただきたい。
 検察に言わせれば、もっと早く退出すればよい、というかもしれないが、抗議をしただけで、妨害はしていない。卒業式には全く関係していない。
<15:00主尋問終了 休憩>

反対尋問にも冷静に対応

(3)反対尋問 阪井・石嶋・九岡・杉原検察官 15:20〜
Q:卒業式は「学習指導要領」に定める儀式的行事であることを知っているか。
A:そう書いてある。
Q:これまでも、定めに従って、行われてきたことを認めるか。
A:大綱的基準に沿って行われてきた。
Q:週刊誌のコピーを配ろうと決意した理由は。
A:「10・23通達」を保護者の方に知っていただきたいと思いついた。
Q:コピーを用意したのは、いつ?どこで?
A:黙秘する。
Q:卒業式前日、校長に会った時、事前の許可を受けたか。
A:その話で行ったのではない。保護者の方々は毎年来校指定時間から開式まで長時間待たされるので、問題ないと思う。
Q:都教委の管理運営規則第7条に校長の責務が記されているのを知っているか。
A:校長の責務は、まず第一に、皆の意見を良く聞いて調整し、職場を活性化し、民主的職場を作ることにある。
Q:管理運営規則には、校長に施設の管理権があると明記されている。
A:それは書いてある通り。
Q:卒業式で校長に許可なく文書が配布されることはあるのか。
A:校内で配られる文書が一々校長の許可を得ているわけではない。PTAや同窓会、いわゆる謝恩会の連絡など。
Q:(図面を示して)配り終えて最前列に移動した経路は、どの証人も言っていなかった。
A:そのような質問がなかったからではないか。
Q:保護者の着席と、教員に処分が及ばないことと、どんな関係があるのか。
A:あらゆる卒業式で保護者が着席したら、都教委も考え直すだろう。
Q:管理職が止めにはいると考えなかったのか。
A:来賓入場前にパッと終わらせるつもりだった。例年9:45頃に来るのを知っていたから。
Q:本当に教頭は制止に来なかったのか。
A:全くなかった。
Q:保護者席最前列で訴えている時、教頭が肩を叩いたと、弁護側N証人が証言している。
A:肩を叩かれたことに気付いていない。「ご着席をお願いします」と言い終わったら、「止めろ」と二の腕を捕まれて気づいた。
Q:声の大きさの比較。
A:訴えの前半は静かに話していて、最後の締めだけ強く言った。教頭の「ヤメロ」と私の「さわるんじゃない」は、すぐ近くでやり合っているから、声の大きさは同じようなもの。
Q:ICレコーダを聞いて、当初の記憶との違いがあったか。
A:ICレコーダには何故か教頭の「ヤメロ」が入っていない。それから、格技棟で派手な服装の保護者が立ち去ってから、N教諭が大声で飛び込んでくるまで、もっと間があったように思う。
Q:保護者席最前列で訴え中の、校長、教頭との位置関係は。
A:「もう終わったよ」で教頭が苦笑いした時に校長が近づいてきた。正面2〜3mで「退去せよ」と言った。
Q:格技棟でも、校長は「退去せよ」と言ったはず。
A:荒っぽい保護者と一人対応しており、余裕などなく、他のことは聞こえない。
Q:自分が格技棟にいたら、迷惑だとは思わなかったか。
A:生徒がドンドン来てくれた方が、早く片づいたかもしれないと、後になって考えた。
Q:N教諭の「何やってんだ、早く入れ、オラ」は、藤田氏に向けられたのではないか。
A:N教諭は、奥の集団に向かって言っていた。自分に言われはていない。
Q:弁護側U証人は、N教諭が来た時、未だ保護者と応対中と証言していた。
A:U証人の明らかな勘違い。
Q:セーター姿は、厳粛な式にふさわしくないと思わなかったか。
A:300人の中に埋もれてしまう。
Q:参列を決意したのは、土屋都議が来るからか。
A:その時点では、まだ都議の誰か来ることしか分かっていなかった。
Q:卒業式の情報を教えてくれた元同僚とは誰か。
A:名前は言えない。
Q:ICレコーダの証拠能力を否定するのか。
A:解析してデータ偽造の証明がなされない限り、自分の記憶が間違っていたと考えるしかない。
Q:TBSの報道特集はどうか。
A:見た瞬間、編集していると分かった。音声だけ取り上げれば、編集されていないが、映像とは明らかにずれている。
Q:開式前、来賓に気付いたのはいつ?
A:訴えの終わりの方で、気付いたので結びの言葉を言った。
Q:訴えを始める時、来賓がいないのを確認したか。
A:いたら始めない。来賓席に着かなければならないから。
Q:訴え通りになったら、校長が困らないか。
A:保護者がどんな行動を取ろうと、校長が責任を問われることはない。
Q:退場して、相談室に向かう途中、卒業生U君が「ヤバイですよ」「やり過ぎでしょう」と言ったのではないか。
A:相談室の中で、「ヤバイですよ」を聞いた。「やり過ぎでしょう」は記憶にない。部屋の中には、他に誰もいなかったが、どうやって録音に入ったのか。
Q:教職員や生徒には、不起立を促さなかったのか。
A:うながしていない。18歳と言えば、自分の考えで臨める。
Q:国家斉唱時に、立って歌った生徒を「立派な少数者」と誉めたことはあるか。
A:色々インタビューを受けたから、雑誌名など特定してもらえばはっきりするが、その趣旨のことも言っている。
Q:来賓席に、時間が来たら、坐るつもりはあったのか。
A:坐るべき時間が来たら坐るつもりだった。保護者席の様子からみて、まだまだ時間があると思った。
Q:前年の卒業式では、ほとんどの保護者が起立したのではないか。
A:学校側が「起立」しか言わなければ、大半の保護者は立つ。司会が「内心の自由」を言えば坐りやすくなる。
Q:警察では取り調べで黙秘を通したのに、検察では話すつもりだったとは本当か。
A:慣れているわけではないから、警察では、弁護士から一切黙秘と言われるままに従った。検察から呼ばれたら、自分の立場を洗いざらい話をしようと決めていた。
Q:卒業式に参加しようと思った動機は、YIちゃんのピアノ伴奏と都議の出席の2点で間違いないか。
A:それと「10・23通達」後、最初の卒業式であること。先立つ高島の40周年行事で、国家斉唱時に、多数の指導主事が不起立教員を監視して歩き回ったと聞いて、そのような問題が起きることを心配した。
Q:保護者にビラを配布することで、心配が解消すると思ったか。生徒への祝福になるか。セーター姿で祝福できると思ったか。
A:前に答えたとおり、都教委が考え直すきっかけになればと思った。300人の一人だから誰も気付かないだろう。自己満足のささやかな抵抗かも知れない。混乱など思いも寄らなかった。

…検察側の反対尋問は、藤田さんに敬意を表するかのように、穏やかな口調だった。これまで、時には、証人に敵愾心露わに尋問していたのとは対照的だった。主尋問で引き出された教師としての藤田さんの立派さ、また自分の言動に一点のやましさもなく誇りと信念を持っていることの迫力が、検察の尋問姿勢に反映したのではないか。

(続)


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