2013/12/26

「基本構想」で村木事件は防げるか。  ]平和
 「取調べの可視化を求める連続市民集会パート2」の江川紹子さんの発言は要旨次の通り。

  =取り調べの可視化 後退を許すな!<2>=江川紹子さんの提言
 ◆ 冤罪なくす原点に返り、制度作れ


 「可視化は遅々として進んでいる」というが、そうか。
 1月公表の「基本構想」は、@裁判員裁判対象事件は原則として義務付ける、A録音録画の範囲は取調べ官の裁量に任せるの2点。
 できるだけ広くという意見は、全く反映されていない。
 可視化の議論のきっかけは、村木厚子さんの事件。「基本構想」で村木事件は防げるかというと、対象事件ではないから防げない。
 取調べ官が都合のいいところだけ出すということでは、全くダメ。

 なぜそういう案が出てくるか。
 検察のありかた検討会議は全員一致だから、元検事総長や元検事総長や警視総監、法務省の有識者会議の常連の学者という人たちも了承できる範囲でしかまとまらない。


 それに加え、一番大きかったことの一つは事務局がみんな検事
 会議で可視化に前向きの意見がけっこう出ても、案を見ると相当後退している。確かに議事録から言葉はピックアップされている。発言から作る側の都合のいいところだけ組み合わせる方法で提言案ができる
 いったん案ができると、それを出発点に議論する。時間も限られているし、これを少しでも良くしていくという交渉になっていく。
 そうなると頼みのツナは、国民の声とメディアだが、あの時は最終盤に東日本大震災があり、関心がみなそちらにいった。

 もう一つの問題は裁判所
 供述が本当に任意か、疑問視される状況があったら、ビデオや録音や、客観的な証拠がなければ調書は採用しないと裁判所が言えばいい。ところが、そうならない。
 言葉はきついが、裁判所は諸悪の根源だ
 例えば、人質司法の元凶だって裁判所。再審をなかなか認めないのも裁判所だ。そういう意味では裁判所の問題は大きい。
 村木事件の後、国民も「これは大変だ」と可視化に関心を持ち、当然と考えたと思う。各メディアも次から次に社説を書いたが、時間が経つにつれて関心が緩んではいないか。ジャーナリズムの関心も、次々に起きる問題に移っていってはいないか。
 私たち自身も、もう一度原点に返る必要がある。
 足利事件で菅家さんが釈放された光景。
 パソコンの遠隔操作事件の誤認逮捕では、4人のうち2人がウソの自白。
 布川事件では桜井さん、杉山さんが29年にわたる獄中生活を送り、雪冤まで43年以上もかかった。
 こういうことを原点とする人もいるかも知れない。

 新しい捜査手法を検討するのもいいが、冤罪を防止しなくてはならないと始まったのだから、まずそれをやれという国民の声を上げること、原点を忘れるな、原点に立ち返れということを、私たち自身にも言い聞かせていく必要がある。

『週刊新社会』(2013/11/26)


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