2015/6/10

「侵入罪」が抗議する市民の前に立ちふさがる  ]平和
  『憲法21条裁判としての9条訴訟』 (法律時報2015年5月号)から
 ◆ 二 立川ビラ事件
蟻川恒正(ありかわ・つねまさ日本大学教授)

 1 防衛庁(当時)立川宿舎は、陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長ほかの管理者が管理する、自衛官及びその家族等が居住する公務員宿舎である集合住宅であったが、立川自衛隊監視テント村(以下「テント村」と略記する。)という団体の構成員らが、自衛隊のイラク派遣に反対するなどの政治的意見を記載したビラを投函する目的で、当該集合住宅の共用部分および敷地に、同宿舎の管理権者の意思に反して立入った行為が刑法130条前段の邸宅侵入罪に問われた事件が、立川ビラ事件である。
 立川ビラ事件で争われたのは、上記のような政治ビラを集合住宅各室玄関ドアの新聞受けに投函する目的で管理権者に無断で当該集合住宅の共用部分および敷地に立入る行為を処罰することが表現の自由を過度に制約して憲法21条1項に違反するか否かであって、憲法9条に違反するか否かではない。

 その意味で、この事件は、そもそも9条訴訟であったものが憲法21条に定位した憲法論を展開するに至ったといえるものではなく、はじめから憲法21条裁判として争われたものである。

 けれども、この事件が帯びている磁場は、9条訴訟のそれと本質的に同質のものであるといえよう。実際、各種のビラのなかでも特に自衛隊のイラク派遣に反対する政治ビラの投函行為に照準を合わせたかの如き本件禁止および処罰は、被告人らの観点からすれば、憲法9条の精神に違背する措置と評しえないものではない。
 これを裏返せば、立川ビラ事件は、元来9条訴訟としての実質を有する訴訟がそこでの法的主張を「具象的」憲法論に昇華させるに当たって憲法論を憲法21条に定位せしめたものとみなすことが可能である。9条訴訟といいうる訴訟で「具象的」憲法論を憲法21条に定位して展開したひとつの例として、立川ビラ事件を挙げることができよう。

 2 そこで、あらためて立川ビラ事件に即して、当該政治ビラの投函行為を禁止し処罰することが憲法21条1項に照らして許容されないものであるか否かを検討する。ここでも、裁判所の判断を見る前に、本件訴訟の事案に肉薄して、本件政治ビラ投函行為に対する禁止および処罰のありようを吟味することとする。
 はじめに注目すべきは、立川宿舎の敷地の案内板等の状況およびそれを含む立川宿舎の管理状況である。
 立川宿舎の敷地には「防衛庁立川宿舎案内図」と題する案内板があり、そこに、「宿舎地域内の禁止事項」として「関係者以外、地域内に立ち入ること」「ビラ貼り・配り等の宣伝活動」等が記載されていた。この案内板の設置は、立川宿舎の管理権のもとに行われているものである。
 そもそも立川宿舎は、自衛官およびその家族等が居住するために国が設置した宿舎であり、国家公務員宿舎法・同法施行令等により、陸上自衛隊立川駐屯地業務隊長等の管理下にある。
 前記テント村による政治ビラの投函後、陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長の職務を補佐する同業務隊厚生科長ら立川宿舎の管理業務に携わっていた者は、管理者の意を受けて、禁止事項表示物を各号棟の一階出入口に掲示した。
 そのころ、テント村による前記ビラ投函行為について、立川宿舎の管理業務に携わっていた者は、管理者の意を受けて、警察に住居侵入罪(刑法230条)の被害届を提出した。これが本件事案以前の段階での立川宿舎の管理状況の概略である。
 こうした管理状況を前提として、本件政治ビラ投函行為が行われた。
 次に注目すべきは、本件についての刑法130条前段の適用にかかる事実関係である。その概要をここに摘記するならば、テント村の構成員である被告人らは、「自衛官、ご家族の皆さんへ、自衛隊のイラク派兵反対!いっしょに考え、反対の声を上げよう!」などと記載したビラを立川宿舎各室玄関ドア新聞受けに投函する目的で、管理者の承諾を得ないで、陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長が管理する同宿舎敷地内に立入ったことを以て、刑法130条前段の罪に問われたというものである。

 以上に、立川ビラ事件における事案と法適用のあらましを瞥見した。テント村による政治ビラ投函行為を禁止し処罰するここでの法的仕組みが二段階から成っていることは見易いところであろう。
 すなわち、立川宿舎における禁止事項の掲示等による政治ビラ投函行為の禁止と刑法130条前段の適用による同行為の禁止および処罰とである。
 この二段階が立川宿舎の管理権ないし管理権者の意思によって接合される関係にあることも見易い理であろう。管理権者の承諾を得ない立入りが正当な理由のない立入りとして刑法130条前段の適用の要件となっているからである。

 2008年4月11日の立川ビラ事件最高裁判決は、被告人を有罪とし、そこに憲法21条違反はないとする判断を下したが、それは、以上のような事案に対して下された判断であったことを理解する必要がある。
 判決においてまず着眼すべきは、本件立入りが行われた場所が、刑法130条前段の罪との関係で、「人の住居」、「人の看守する邸宅」、「人の看守する建造物」のいずれに当たるかを検討するとした個所である。
 この点につき、判決は、本件立入りが行われた場所は「人の看守する邸宅」であるとした上で、刑法130条前段にいう「侵入し」とは、他入の看守する邸宅等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうものであると解し、本件立入りは立川宿舎の管理権者の意思に反するものであったとした。
 また、管理者からそのつど被害届が提出されていることなどから見ても、法益侵害の程度は極めて軽微であったなどということもできないとした。
 そうして、本件立入りをもって刑法130条前段の罪に問うことが憲法21条1項に違反するかという点については、「たとえ思想を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである」とした上で、「表現の手段すなわちビラの配布のために「人の看守する邸宅」に管理権者の承諾なく立ち入った」(傍点引用者)本件の具体的規律については、本件で被告人らが立入った場所が「防衛庁の職員及びその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分及びその敷地であり、自衛隊・防衛庁当局がそのような場所としそのような場所として管理していたもので、一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない」ことを指摘し、「たとえ表現の自由の行使のためと言っても、このような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは、管理権者の管理権を侵害するのみならず、そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない」と判示して、本件立入りに対し刑法130条前段の罪を適用することは憲法21条1項に反しないとした。

 以上の論理を辿ることから知られるのは、立川ビラ事件最高裁判決が自衛隊宿舎の管理権ないし管理者の意思を極めて重視しているという事実である。ここにいう自衛隊宿舎の管理権者の意思の重視は、ふたつの方向から光を当てるとき、表現の自由にとって重大な帰結をもたらす。

 ひとつは、管理権者の意思を一元的に重視することによって、居住者の意思を重視しないという契機である。これは、本件立入りが行われた場所を「人の住居」と捉えるか、それとも、「人の看守する邸宅」と捉えるか、の認定によって方向づけられるものであり、最高裁は後者の認定を選んだことにより、本件の規律において、管理権者の承諾の存否とともに居住者の承諾の存否をも重視するという立場をとらないという解釈論的選択を明確にしたということが意識される必要がある。
 なお、判決は、本件につき、「管理権者の管理権を侵害するのみならず、そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するもの」との判断をしており、管理権者のみならず居住者の利益を尊重しているように映ずるかもしれないが、そこで尊重されているものは居住者の「平穏」であって「意思」ではないこと、むしろ「平穏」が害されたかどうかの判定を他者(実質的には管理権者)の「意思」に委ねていること(個々の居住者が「平穏」を害されていないと考えている場合であっても管理権者が居住者の「平穏」の侵害を理由に立入りを禁止できること)に注意する必要がある。

 いまひとつは、自衛隊宿舎においては、管理権者(例えば本件では陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長)が事実上同時に統治権者であり、したがって、管理権ないし管理権者の意思の名のもとに統治権者の意思を実質的に貫徹することが可能であるという契機である。
 一般に、政府の作用には、統治権者としての政府のそれと非統治権者としての政府のそれとがあり、憲法の適用との関係でいえば、統治権者としての政府に対しては憲法の規律が厳格に及ぶとされるのに対し、非統治権者としての政府に対しては憲法の規律は統治権者としての政府に対する関係ほどには厳格には及ぼないとされる。管理権者としての政府は非統治権者としての政府のひとつの発現形態である。
 このふたつの方向から光を当てることにより、立川ビラ事件最高裁判決における自衛隊宿舎の管理権者の意思の重視は、本件立入りを禁止し処罰する根拠として、当該立入りが「そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するもの」との判断を口実にすることが可能となり、そうすることによって、実質的には、自衛隊のイラク派遣に反対する市民らからの政府批判を、宿舎管理権に名を借り、憲法21条による厳格な縛りから免れて、封じ込めることが買うのとなるのである。
 これを覆す違憲論のトポス(場所)は何処にあるだろうか。

 3 場所
 砂川事件と立川ビラ事件。ふたつの事件は極めて近接した場所一広い意味では同一の場所一で起こった。
 砂川事件当時の東京都北多摩郡砂川町は1963年に立川市に編入され、砂川の町名は廃止されたのである。米軍立川航空基地(立川飛行場)の跡地に現在の陸上自衛隊立川駐屯地は造られた。
 場所が同じというだけではない。立入禁止区域に無断で立入ったという事案の中核そのものが同一といえるのである。本稿は、はじめに、辺野古での拘束事件と砂川事件のパラレリズムを指摘したが、ここに新たに浮かび上がるのは、砂川事件と立川ビラ事件のパラレリズムにほかならない。
 そうして、両事件でともに適用されたのは、あえて総称すれば「侵入罪」とでも呼ぶべき刑罰法規である。
 砂川事件における刑事特別法2条と立川ビラ事件における刑法130条前段は、いずれも、一定の区域への立入りを禁止し処罰する「侵入罪」ともいうべき範疇に属する刑罰法規であるといえる。
 ここで私は想起する。立川ビラ事件についてしばしば聞かれた言葉−住居侵入罪がそれ自体法令違反ということはありえない−という言葉を。この言葉は、だから違憲論を語るとしても適用違憲を語るほかない、という形で引き取られたものである。住居侵入罪がもし表現行為を封じることを目的のひとつに有しているのであればともかく、そうでない(他に正当な立法目的=保護法益がある)以上、法令違憲はありえないというのが、その論法であった。
 たしかに、「人の住居」その他への立入りを罪とする一般的な「侵入罪」は、表現行為を封じることを目的とするものではない。
 だが、だからこそ(米軍施設への抗議活動を抑止できるという目論見をも持って)刑事特別法が立法されたのであり、だからこそ自衛隊宿舎への立入りを(居住者の承諾の存否が問題となる)一般的な住居侵入罪の構成要件で捉えるか、それとも、(自衛隊宿舎の管理権者限りで立入りを禁止しうる)邸宅侵入罪の構成要件で捉えるかが、ビラ投函行為のための立入りを処罰することが許されるか否かを決する上での重要な分岐をなすのではないか。

 「軍」あるいは「軍」に準ずる制度その他政府の実力組織は、一般に、外部からの批判を強く恐れ、外部からの批判が自らに直接向けられることがないよう物理的にも制度的(したがって法的)にも周到に仕組みを張りめぐらせる性向を持つ。かくして、戦後日本の社会では、憲法9条に関して重要な局面を迎える度に、政府の実力組織と市民とは「侵入罪」を介してじかに向き合ってきた
 砂川基地の拡張が断行されようとしたとき(砂川事件)、自衛隊のイラク派遣が実行されようとしたとき(立川ビラ事件)、普天間基地の辺野古移転が新基地の建設として強行されようとしているとき(辺野古での拘束事件)、それぞれ、刑事特別法2条、刑法130条前段(邸宅侵入罪)、再び刑事特別法2条という形で、「侵入罪」が抗議する市民の前に立ちふさがるのである。

 跋

 他人の土地の上で表現行為に従事することは、いかに表現の自由が優越的保障を受ける重要な憲法上の権利とされるからといって一般的に認められるものではない。けれども、対峙し合う市民と政府の実力組織との間にあって、どこまでを市民にとっての「他人の土地」たる政府の管理権の及ぶ範域と捉えるかは、法解釈の戦場である。
 立入禁止の区域を前にした境界線の周囲は、政府組織と抗議活動に従事する市民とが鞘当てする陣取り合戦の中心でもあり、政府の実力組織の施設としての基地(base)と市民の自由で安定的な抗議活動の根拠地(base)としてのパブリック・フォーラム(公道等)との間には緩衝地帯(buffer zone)が設けられなければ一触即発である。
 境界線から一定の合理的範囲の区域をそうした緩衝地帯として設定することができれば、その範囲を限度とする立入りは「侵入罪」による訴追から保護されるとの解釈論的決着を図ることも可能となるはずである。
 この解釈論的決着は、憲法21条論としての決着ではあっても、憲法9条論としての決着ではないと考える向きもあるかもしれない。けれども、自らに直接批判が向けられることを恐れ、これを排除する法的仕組み(「侵入罪」)を張りめぐらせようとするのが「軍」ないし政府の実力組織の本姓であるとしたら、「軍」的なものに対峙するにまずもってなすべきは、緩衝地帯での表現の自由を保障することなのではあるまいか。
 砂川事件・立川ビラ事件・辺野古での拘束事件の三事件を貫く「具象的」違憲論のトポスもまたそこにある。

『法律時報』(2015年5月号)

 ※第130条 (住居侵入等)
 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。



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