2006/8/28

改めて教育基本法改悪を問う  ]平和
秋の闘いを告げる第一弾!!「石原・都教委糾弾、8・30包囲デモ」
 8月30日(水)15:00 新宿柏木公園集合。
         16:00 デモ出発。16:30ごろ都庁包囲、
         18:30〜交流集会(新宿文化センター)。


「かわむらひさこ」のHP(リンク)「日記◆8月19日(土)」より

大内裕和さんと高橋哲哉さんの「改めて教育基本法改悪を問う」の学習会に参加する。
 高橋さんのお話のベースになっているのは、「南原繁著作集」第8巻(岩波書店)である。
 教育基本法の策定に関わった氏の著述からは、今日批判、あるいは流布されているような、新憲法同様、教育基本法制定はGHQの指令あるいは強要によるといった誤った臆説があるが、このような介入はなく、自由な審議がすすめられたことが伺える。
 教育の理念を「国民」たる以前に「人間」としての自立−それは国家権力といえども侵すことの出来ない一個の人間としての尊厳を樹立することとされたわけで、これの実現の途にあって、今日これを否定し、過去に向かっての歩みをすすめようとすることを何としても阻まねばという気持ちになる。

 お話を聞いていて思い出したのは、同じ高橋氏がいつぞやの集会で内村鑑三の勅語不敬事件に触れ、その時代になるという主旨のことを言われたが、その後内村鑑三の著作を改めて読む機会があり武家に生まれ育った内村鑑三氏がキリスト者になり、「非戦論」を掲げるまでの変遷も学ぶべきものがあって、渡米した彼は精神障害児の施設で働き、教育の意味、個の尊厳についてを根底から考え直した、そこが内村の精神的転機をもたらした

という著述に接して、私としてはそのころも今も「日の丸・君が代」強制反対に沸騰しているが、この問題も一面的にとらえられる弱さを自省したのだった。
 縦軸と横軸を遺漏なく理論展開していくのは本当に難しいことだ。しかし、今日のお話でまたひとつ本質の部分の確信を深めることが出来たように思う。

 大内さんのお話は、教育基本法「改正」は格差社会の拡大・固定化をもたらす、と題された。
@格差社会を助長する教育基本法「改正」とは具体的には第二条「教育の目標」の二、第四条「教育の機会均等」の1、第五条「義務教育」の2,3にあらわれている。
Aこの間の議論、あるいは報道は「愛国心」のみが注目を集めてはいなかったか。
Bでは格差社会を助長する新自由改革、教育における新自由主義改革
(a.国立大学法人化(授業料値上げ)、
 b.小中学校の学校選択、
 c.高校の多様化、
 d.公立中高一貫校の導入、
 e.習熟度別指導、
 f.義務教育費国庫負担の削減など)
 について見て、2007年度には
 ・教員免許更新制法案提出や、
 ・全国学力テスト(小6・中3、全員約240万人が参加)による小・中学校の序列化、或いは学テに向けての競争激化や地域間格差の拡大、階層の固定化を説かれた。
Cこれらから教育基本法「改正」による新自由主義の推進が、格差社会を拡大・固定化することは論を待たないが、現実には新自由主義と格差社会との関係は社会全般の意識のなかでは不明確と言わなければならない。
 それは例えば
 a.構造改革による雇用の削減の実態のなかで、失業するのは若者の「自己」責任という主張、フリーター、ニート、学力低下といった若者へのバッシング、(社会的病理を秘めた事件の多発に対する評論にみる「家族」像もそうだろう)。
 さらにb.格差問題から分断攻撃にへと進む。
Dしたがって、教育基本法「改正」と格差社会との関係を捉え、広く訴えることが重要だ。
 a.格差社会との関係が愛国心ほど明確になっていない→重要な争点にすることが可能だ。
 b.新自由主義はしかし反対運動を困難にするほど浸透している。
 c.また新自由主義と現代の愛国心(国家主義)との関係を明確にする必要があるという主旨であった。

 Dのa.b.は現実に自分の地域の活動と照らして理解できる。先日も言ったが、ポスターの「格差を生まない区政を」と名刺の「競争と格差、貧困をなくそう」の理論付けをしていただいた、たいへんに心強く思った。なお正月の伊藤誠先生のお話でも、Dのc.新自由主義と国家主義の関係については明確ではなかったと記憶する。意識しつづけよう。
 今日の教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会の学習会は秋に向けて見事な意思統一ができたのではないか、これをしっかり広げることだと思いました。


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