2007/9/5

こっこちゃんのこと  その他


本サイトでも触れましたが9月2日こっこちゃん永眠。

自宅に5匹、プチポンでお世話した猫多数、こんなに猫と触れ合ってる毎日だけど実は最後の瞬間を見るのは生まれて初めてだった。

うまく・・表現はできないけれど、以前お世話になっている動物病院の先生が死とはあちらの世界にうまれること、みたいなことを言っていたのが頭に残ってた。

前夜、こっこちゃんはヨロヨロしながら玄関までお出迎えしてくれた。
その前日は、触ってわかるくらいに体温が低くてよくワカラナイ恐怖感で一睡もできなかった。
もしかしたら復活できるのかな?ミルクも飲んだし一口ぐらいだけど食べた。

明け方まで私も安心して寝た。こっこちゃんも気持ちよさそうにスヤスヤ眠った。

最後のとき、不謹慎かもしれないけど神々しい出産シーンを見ているようだった。
呼吸が速くなって、よくわからないけど頑張れって思った。

こっこちゃんは、実はおじいさん猫で(小柄なので子猫のようなのだ)口内炎でヨダレも出てたし、いつも決して体調がいいわけではなかった。
でも、実に明るい性格だった。ダッコがとにかく大好きで人見知りせず、目が合うだけでゴロゴロ喉を鳴らしてご機嫌だった。

動物は自分は病気だからと悲観することもない。
もしかしたら違う名前で呼ばれた時期もあっただろうに。
人はそういうものなのかしれないけど必ず後悔がつきまとう。
看取ることを前提に連れ帰ったとはいえ・・・

お盆中は、日中ずっと病院で点滴をして過ごした。
血液検査の数値が改善しないようだったら、自宅で過ごさせると決めていた。
トイレ以外で排泄したり母は老人介護と同じだと言っていたけれど。
それでも亡くなる2、3日前までは普通に動き回って。
黄疸がひどく数値的に先生は「本人は半分あちらの世界に行ってるのを気付いてないんじゃないか?」と、言われるほど不思議に・・・

明るいこっこちゃんらしく、朝になったら さあ行くねって逝ってしまった。
たくさんかわいがったし、覚悟は十分してたけど
もう抱っこもできないんだと思うと やっぱりさみしい。

失った悲しみは時間が癒してくれる「時薬」しかないらしいけど、なんでもない時に突然くるから少しやっかいだ。
人と話してる時だったり、運転してる時だったり、買い物してる時だったり。

こっこちゃんのこと応援してくださった方々どうもありがとうございました。
気にかけてもらったメールうれしかったです。
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