15日(木)の午後、都内・神宮前にある“世界最小の広告会社”(?)「風とバラッド」のオフィスで、箭内道彦(やない・みちひこ)さんにインタビュー。
箭内さんといえば広告業界関係者はもちろん、CMが好きな若い人たちからも絶大なる人気を誇る、当代屈指のクリエイティブ・ディレクターだ。複数の広告主のコラボによる「ルーレットCM」(どのメーカーの商品が最終的に宣伝されるのか最後のほうまでわからない)とか、社長が屋外看板の前から新幹線に向かって手を振るヒュンダイモーターのCMなど、とにかくパターン破りの破天荒なCMを数多く手がけてきた人なので、言われてみれば「あ、あのCMを作った人?」という向きは多いはずだ。長らく博報堂に務めていたのだが、2年前に同社を電撃退社すると同時に、有限会社「風とロック」を資本金871円(「ヤナイ」に引っ掛けたんだとか)を自宅を拠点に設立。さらに、昨年7月には上記の「風とバラッド」を立ち上げている。「ロック」は個人事務所的な性格だが、「バラッド」はキャリアのあるクリエイター有志たちが参加する、いわば“クリエイティブ・エージェンシー”である
私が箭内さんに取材で会うのは博報堂時代から数えて通算3回目か4回目。「風とバラッド」が発足してからは初めてである。たぶん巨大地震が来たら一発で壊れそうな古いビルかどっかの片隅にさぞかしヘンテコリンな事務所でも構えているんだろう――とか予想しながら訪ねてみたら、やたらゴージャスなビルの上階に広々としたおしゃれなテラスなんぞも備えたピカピカのオフィスだったので驚いた。さすが売れっ子は違う。
もっとも本人は相変わらず金髪にTシャツ、ツギハギ入りのジーパンだったかジャージだったかという、およそ今年41歳(私と同い年だ)の会社社長とは思えぬ装いであった。すぐ近くの竹下通り周辺をよたついてる兄ちゃんたちがそのまま齢をとっちゃったみたいな風情で、この人が2年前まで日本で二番目に大きい広告会社に正社員として務めていた言っても、事情を知らない人は絶対に信用しないだろう。でも2年前の3月上旬、博報堂にまだ在籍していた頃に多摩川沿いのスタジオで初めて取材した時も、この人はこういう格好をしていた。
「独立したいという気はないんですか?」と、その最初の取材の際にもそんな質問をしたことがある。その時は「う〜ん、いや〜、あんまりそういうのは考えたことがないですね〜」といったような答えが返ってきたと記憶するのだが、そのわずか数日後、箭内さんは博報堂にいきなり辞表を提出する。
「いや、あの取材の時はね。ほんとにそんな気はなかったんですよ」と、後日改めての取材で本人に問い詰めたところ、こう弁明された。「それが本当にあのすぐ後、いきなりこういうことになっちゃったんです」
箭内さんに急転直下そんな判断をさせたのは、当時博報堂クリエイティブ部門の大御所格だった黒須美彦さん(プレイステーションやNTTドコモ、ローソンのCMなどでお馴染み)が退社するとの知らせを聞いたことがきっかけだった。ベテランの黒須さんに対しては常に意識しつつもアンチの立場をとってきたという箭内さんはこれに衝撃を受け、「んじゃ僕も」と言いつつ黒須さんと一緒に辞表を提出しに行ったのだそうだ。
ちなみに黒須さんはその後、電通の看板クリエイター・佐々木宏さんが独立(といっても電通の100%出資子会社)して作った新会社「シンガタ」に合流。一方の箭内さんは独りで「風とロック」を立ち上げ、博報堂時代からの仕事をそのまま引き継ぐ形で活動を始めている。従前通り、互いにリスペクトはしつつも別の道を歩むことになったわけだが、事務所は共に青山・神宮前・表参道一帯にあるため、ちょくちょく遊びに行ったりはしているらしい(実際、去年「シンガタ」に取材に行ったら、その場にふらりと箭内さんが遊びに来てたなんてこともあった。「変な広告作ってないかチェックしに来た」と笑っていたが)。
以来はや2年、箭内さんが独りで始めた「風」グループは、今では「風とロック」「風とバラッド」に加え、「風とキック」「風とマック」という関連会社も持つ一大コンツェルン(?)へと発展した。それにしても、なぜ「風」なんだろう? 今回の取材でもその辺の話になったのだが、ようするに「風のように形のない存在でありつつ、一方で誰かの背中を押したり風車を回したりする存在でありたい」といった思いからのネーミングだという。
やはり人気の広告クリエイター集団である「タグボート」は広告以外の映画や音楽などにも活動領域を広げているけれど、箭内さんにはそうした志向はほとんどないらしい。むろん、こうしたキャラゆえラジオでDJをやったり、独自のフリーペーパーやら関連グッズの販売やらをやったりはしているのだが「広告の可能性を拡げたいという思いがあるんで、広告と別のことはちょっとやりたくないですね」とのこと。
ただ、「広告」とは多くの場合、広告主である企業が世間に向かって発信しようとするメッセージの代読というか手伝いをする業態である。そういうのとは別に、自分の中にある何かを表現したいとかいう思いはないの? と訪ねた私に、彼は「う〜ん、意外とないですね」と例によって飄々とした調子で答えたものであった。
「何ていうか『触媒』じゃないですけど、基本的に自分がゼロから何かを表現したいってのがあんまりないんですよ。それよりは、すでにある課題に対して、表現のうえで捻ったり膨らませたりしながら、クライアントと消費者なり読者なりとの間を『仲介』したりするのが楽しいなあ、というか。だから今みたいに“CM飛ばし”なんて話が出てくると『じゃあ飛ばされずにみんなが見たくなるCMを作ればいいんだな』ってことで、むしろニヤッとするというか(笑)」
そう、私が今回ひさびさに箭内さんの話を聞きに行こうと思ったのは、少し前にここでも紹介した「CM飛ばし」に関連して『GALAC』でもテレビCMについての特集を組むことになり、そこでぜひ箭内さんの見解を紹介してみたいなと思ったからだ。
“CM飛ばし”機能を備えたHDR(ハードディスク内蔵型番組録画機)がどれだけ普及しようが、肝心のテレビCM自体にコンテンツとしての面白さがあれば、そんなものを気にせずとも相応の影響力を確保できるはずだ。
その意味からも、先に箭内さんが手がけた資生堂「uno」のCMキャンペーン(お笑い芸人52人登場)は面白いなと思ったのだ。8月26日の夜にテレビ朝日系列で集中放映することで「ギネスブック」入りするのを狙った企画だそうだが、結果的には大成功、しかも「CM放送中の視聴率が上がるという現象が起きたらしい」と箭内さんは言う。「だから“CM飛ばし”という話とは逆ですね、これは」
詳しくは、来月6日発売の『GALAC』11月号の記事に書く予定なのでそちらをお読みいただきたいが、
そんな発言を聞くうちに、この人は奇抜な風体とは裏腹に、内実は極めてまっとうに「広告代理業」をやろうとしている人ではないかという気がしてきた。
というのも「自分のこの思いをみなさんに伝えたい!」とか「世の中にとってこんなに大事なことを言ってるのに、どうして見てくれないんですか?」という人たちが、どうも今は多すぎるのだ。確かにそこで言われているメッセージそのものは正しいのだろうが、それを多くの人に伝えようとして、逆にそっぽを向かれてしまっているとしたら、却って逆効果だろうに……と思うのだが。
自分にとってはかけがえのない大切なメッセージだけど、他人が見たら実につまらなく、おもしろくもない主張かもしれない。だったらそれを謙虚に認めたうえで、どうすれば多くの人に説得力をもっておもしろく伝えることができるか――というところから発想の転換をはかっていったほうがよさそうな気がするのだ。
――と、少し話がそれたけど、そんな人と人とを仲介する「代理業」の仕事を、箭内さんは見たところ実に楽しそうにやっている。今回のようにお笑い芸人を50組以上、1週間のうちに一気に集めて集中的に撮影するなんて仕事も「思いついたとしても、やるまえにあきらめますよね普通」と笑っていた。多忙な芸人たちのスケジュールを調整してスタジオに来てもらう作業はさながらパズルのようであり、なおかつ1人あたり5秒という枠の中で彼らが発揮するパフォーマンスの熱気にはやられたそうで、「月〜木で集中的に撮影して、金曜日に倒れました」とのこと。
この「uno」のCM、8月26日に集中放送された後はしばらくテレビでも見かけていないが、何でも放送直後に商品の受注が殺到して在庫が足らなくなってしまい、生産が追いつくまで放送を控えているのだそうだ。今月の下旬からはまた放送される見込みとのことなので、未見の方はぜひご覧ください。って、私が「CMのCM」をここでやるのも変な話なんだけどね。

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